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「はやぶさ2」のスイングバイを支えた衛星測位技術(後編)

2016年01月21日

地球スイングバイとは、地球の公転運動と重力を利用して「方向転換」と「加速」を同時に行う、高度な宇宙航行のテクニックです。これを成功させるには、きわめて精密に軌道をコントロールする必要があります。昨年12月に行われた小惑星探査機「はやぶさ2」の地球スイングバイには、高精度で位置を知ることができる新技術「デルタDOR(Delta Differential One-way Range)」が役立てられました。

VLBIの原理図

VLBIの原理(「国土地理院VLBIグループ」ウェブサイトより)

この技術のベースには、精密な測量に使われる「VLBI(Very Long Baseline Interferometry、超長基線干渉法)」という手法があります。数十億光年の彼方にある「電波星」からの電波を2つのアンテナで同時に受信した信号を重ね合わせ、電波の到達時間を100億分の1秒以上のオーダーまで正確に計測し、その差を読み取って2点間の位置関係を算定します。その結果「はやぶさ2」は、目標に設定したハワイ沖上空3,090kmの地点からわずか300mズレただけの場所を通過することができました。

必要な精度を得るには、前処理や補正が必要

探査機の位置(軌道)を知る手法として従来から使われていた「レンジ&レンジ・レート(Range & Range Rate)」で扱うデータはキロバイト(KB)単位でした。しかし、新技術の「デルタDOR」で扱うデータは、数時間の受信で数十ギガバイト(GB)に上ります。その膨大なデータを、オーストラリアやスペインの局から伝送してもらうのも大変ですし、コンピュータ上で重ね合わせる処理をするのも大変です。

また、必要な精度を得るには、そのデータをただ重ね合わせるのではなく、さまざまな前処理・補正が必要になります。中でも特に重要なのが「対流圏補正」です。対流圏とは、地表から高度11km程度までの濃い大気が存在する領域の呼び名です。

「大気の状態」にも左右される

電波や光などの電磁波は、真空中を一定速度で進みます。しかし、その波動が伝わる場所(=媒質)が真空でなくなれば、速度は変わってきます。身近な例で言えば、プールの底がゆがんで見えるのもこの作用です。水中では光速が小さくなるため、屈折が起きるからです。

地上の受信アンテナは"深い大気の海の底"に置かれているので、宇宙の遠方からの電波も最後に大気の影響を受けます。その影響の多くは大気中の水蒸気によるものです。そして水蒸気量によって数値が変わるというのは、天候・気象の変化で時々刻々と変動するということを意味します。

したがって惑星探査機の運用には、受信した際の大気の影響(水蒸気の影響)がどれほどであったかを正確に知り、それをキャンセルする演算処理が必要になってきます。

国際GNSS事業で受信状況を公開

JAXA臼田宇宙空間観測所の直径64m大型パラボラアンテナ

JAXA臼田宇宙空間観測所の直径64m大型パラボラアンテナ(JAXAウェブサイトより)

そこで、探査機と通信を行う深宇宙局には、受信時の測位衛星の電波を継続して受信する設備が併設されています。IGS(International GNSS Service、国際GNSS事業)と呼ばれる国際的なボランタリーのネットワークに参加し、その地点での測位衛星の受信状況をリアルタイムで公開しています。正確に位置の分かっている地点で継続してGNSSの電波を受信することで、水蒸気による影響を正確に見積ることができるわけです。

NASAの深宇宙局(DSN、Deep Space Network)

NASAの深宇宙局(DSN; Deep Space Network)(NASA「ジェット推進研究所」ウェブサイトより)

約300万km離れた地球と、月

「はやぶさ2」はスイングバイ直前の11月26日、地球と月を視野に収めた写真を撮影しました。この時の「はやぶさ2」から地球までの距離は約300万km。

中央が地球、その右に小さく見えるのが月

中央が地球、その右に小さく見えるのが月(JAXAウェブサイトより)

いくら数千kmを隔てたアンテナ2基を使って「超長基線の観測」をするといっても、小さな地球上での話にすぎません。しかし、その小さな地球からでも何億kmも先の探査機の位置を正確に把握し、ターゲットである小惑星の近くへ誘導する技術は、すでに確立されています。

衛星測位の技術を始め、いくつもの技術や成果を積み上げて築いた「高い塔」から、われわれは未知の世界に手を伸ばそうとしているのです。
 

参照サイト

※ヘッダ画像提供:JAXA、本文画像提供:国土地理院、JAXA、NASA