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電子基準点を巨大地震の地震計に使う、国土地理院の「REGARD」

2018年07月13日

国土地理院は2016年4月から、全国の電子基準点の1秒ごとの動きを把握するREGARD(=REal-time GEONET Analysis system for Rapid Deformation monitoring、電子基準点リアルタイム解析システム)の運用を開始しています。全国に約1300点ある電子基準点のうち約1200点を対象としたもので、世界にも例がない大規模な地殻変動モニタリングの仕組みとなっています。測位衛星の信号を受信する電子基準点を使って、大規模な地殻変動をリアルタイムで把握するというのは一体どういうことなのか。REGARDの運用を担当する国土地理院の川元智司氏(測地観測センター 火山情報活用推進官)に話を伺いました。

国土地理院の川元氏

巨大地震のエネルギーを正確に推定できる

── GEONET(=GNSS Earth Observation Network System、GNSS連続観測システム)は、地殻変動の精密な把握を通じて地震や火山の研究にも役立てられています。REGARDは、その「GEONETを構成する全国の電子基準点の変位を、リアルタイムに把握するシステム」という理解でよいでしょうか?

川元:その通りです。ただ、変位を把握するシステムは、REGARDを構成する3つのサブシステムの、最初の一つにすぎません。これに続くのが「イベント検知サブシステム」です。大きな変位があった場合、それが地震によるものかどうかを、気象庁が提供する緊急地震速報などと併せて判定します。地すべりなどの局所的要因や機器エラーなどを排除し、地震による変位であることを確定させます。さらに3つ目のサブシステムが「断層モデル推定サブシステム」で、電子基準点の変位から、その地震を引き起こした断層の位置や大きさを推定し、地震そのものの規模(エネルギー)を推定します。

REGARD の仕組み

REGARD:1)リアルタイム計測サブシステム(大きな変位を観測)、2)イベント検知サブシステム(変位が地震に起因するものかを判定)、3)断層モデル推定サブシステム(地震と判定したら、それを引き起こした地下断層がどんな位置、規模かを推定)(図版提供:国土地理院)

── 地震の規模を正確に推定するのは難しい?

川元:地震の規模は、各地の地震計が示す数値をもとに推定しますが、M8を超えるような巨大地震では、地震計から推定される地震規模は頭打ちとなり、推定値が低く出ることが指摘されていました。東日本大震災では緊急地震速報の数値をもとにM7.9の推定値を出し、それに基づいて津波警報が出されました。しかし現実に東日本大震災でも津波の規模が過小評価されていました。こうした反省を踏まえ、“巨大地震でも飽和しない地震計”として開発されたのがREGARDです。

── 電子基準点を地震計に使うわけですか?

川元:地震の規模は、地震計だけでなく、地殻変動量からも推定できます。特に巨大地震の場合は、地震計よりも信頼度の高い推定が期待できます。東日本大震災でもっとも大きく動いた電子基準点は、宮城県石巻市にある「牡鹿」(960550)でしたが、その動きは東南方向に5.3m、上下方向でマイナス1.2mでした。地震計なら針が振り切れてしまうような大きな変位でも、こうして測ることができるのです。

── 地上で得られた情報を使って、地下の断層を推定する訳ですね。

川元:東北大学の太田雄策准教授と共同開発した「インヴァージョン解析」を用いた断層モデル自動推定手法で、直接見ることはできない地下の断層の規模や向きなどを推定します。この手法では、電子基準点の変位が検知された場合、まず、そうした変位をもたらす断層はどのようなものかを推定します。そして逆に、推定された断層モデルが地震を引き起こしたとしたら、地上にどんな変位がもたらされるかを推定します。これを何パターンも繰り返し、実データとの一致度が高いモデルを「推定断層モデル」に採用する訳です。

── 例えると、日本語の文章を何人かに英訳させ、それぞれを別の人が和訳し直し、その中で元の日本語にいちばん意味が近くなった英文を、正しい英訳文として採用する仕組みと考えればよいでしょうか?

川元:分かりやすい例えだと思います。加えて、大きな地震の震源となる場所はある程度決まっていますので、過去に地震を起こした断層の位置や向きをもとに、断層モデルの属性に拘束をかけることで、短時間で結果が得られるようにしています。

「日々の座標値」とは異なるアプローチで解析

国土地理院が提供する電子基準点の「日々の座標値」は、それぞれの電子基準点における観測データと、「精密暦」と呼ばれる測位衛星の軌道や衛星の原子時計の誤差に関わる情報とを併せて解析し、求めています。精密暦はIGS(International GNSS Service)と呼ばれる組織が、測位衛星の観測データをもとに作成しており、公開まで2週間かかる最終暦(Final orbits)、2~3日後の速報暦(Rapid orbits)、数時間後の超速報暦(Quick orbits)の3種類が公開されています。これらは観測データをもとに作られるため、時間と精度がトレードオフの関係にあります。ただ、もっとも速い超速報暦でも入手に2~3時間を要するため、リアルタイムの解析には間に合いません。

大阪府北部の地震に伴う地殻変動

地震から約3週間後の7月11日に発表された「平成30年6月18日7時58分の大阪府北部の地震に伴う地殻変動(第3報)」。地震直後は分からなかった、震央を挟む電子基準点の間での1cm以下の動きが、この段階で見えてきた

── リアルタイムの解析には「日々の座標値」とは異なる仕組みが必要ですね?

川元:REAGRDの「リアルタイム計測サブシステム」では、RTK(=リアルタイム・キネマティック、固定点の補正データを移動局に送信してリアルタイムで位置を測定する方法)による精密測位を使っています。

── 測量でも多く使われている、高精度測位のスタンダードな手法です。

川元:RTKでやればできることは、専門家ならみな分かっていました。しかしこれほど大規模に行う場合は、どの程度の計算機リソースが必要になるのか、どのくらい時間がかかるのか。さまざまな観点から実現可能性を見極める必要がありました。

── 具体的にはどのように?

川元:REGARDでは、北海道の「稚内」(970778)、石川県の「小松」(950255)、佐賀県の「北波多」(960770)を既知点(座標の分かっている場所)としました。既知点の選択は、想定される海溝型の巨大地震においてもなるべく変位が小さいと思われる、日本海側の電子基準点を、日本列島を均等にカバーできるよう選択しています。これら3点と他の約1200点との間でRTK法により1秒ごとに基線解析を行っています。

REGARDの運用モニタ画面

全国の電子基準点のリアルタイム変位を示す、REGARDの運用モニタ画面。「初動を速くするため、関係者はスマートフォンからでも確認できるようにしています。大阪府北部の地震などでも役立っています」(国土地理院 測地観測センター 電子基準点課 解析係長 阿部聡氏=右画像)

解析のコアにはRTKLIBを使用

── 解析に使うソフトウェアはどのようなものを?

川元:解析を担うのはGSILIBと呼ばれるソフトウェアです。東京海洋大学の高須知二氏が作成したソフトウェア「RTKLIB」に、いくつかの補正項目を取り込めるよう私たちで改良を加えたものです。

── RTKLIBは世界中にユーザーが存在する、業界では定番のソフトと聞いています。

川元:RTK法の解析ソフトウェアは商用を含め何種類かありますが、いくつか比較してみたところ、RTKLIBの計算スピードが圧倒的に速かった。

── つまり少ない計算機リソースで実現可能ということですね。

川元:(プログラムの設計図が公開されている)オープンソースであることも強みでした。計算処理においてブラックボックスの部分がなく、細部まで確認・検証が可能です。注意書きには「◯◯に配慮が必要」と1行で済まされていても、ソースコードを読めば、具体的にどう配慮が行われているのか分かります。GSILIBでは独自の補正情報を取り込む仕組みなども加えていますが、核となる部分はRTKLIBそのものです。

サーバ室に立つ阿部氏(左)と川元氏(右)。この部屋で全国の電子基準点から送られてくるBINEX形式の1Hz観測データをRINEXに変換、RTKによる解析を行い、結果を蓄積する。運用開始からストレージされたデータは数百テラバイトのオーダー

いちばん重要なのは、検証

── 開発ではどのような点に注意が必要でしたか?

川元:いちばん重要なのは検証でした。開発の過程では、電子基準点の1Hz観測データが存在する2003年の十勝沖地震と2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で検証を行いました。いずれも地震規模や変位分布が実データとよく一致し、システムの限界を知ることもできました。また、実データの存在しない南海トラフ地震では1707年の宝永地震のシミュレーションデータを使った検証も行い、一定の成果を上げることができました。

── 運用開始は2016年4月からでしたが......

川元:巨大地震が対象なので、運用開始後は、ある程度の規模の地震が来ないとシステムの検証はできません。システムが稼働しても、成果が出せるのはしばらく先だろうと思っていたのですが、運用開始からまもなく熊本地震が起こってしまいました。

── 国土地理院のウェブサイトでは当日のうちに電子基準点の変位の様子が速報されていて、その迅速なアクションに驚きました。

川元:九州地方の広範囲の地殻変動が、電子基準点の観測データから観測され、特に4月16日のマグニチュード7.3の地震では、熊本県阿蘇郡南阿蘇村の電子基準点「長陽」が南西方向に約1m移動するなど、非常に大きな地殻変動が捉えられました。さらに地震後5分程度で推定した断層モデルとマグニチュードは、気象庁による推定と概ね一致していました。

REGARDが捉えた電子基準点の変位

REGARDが捉えた電子基準点の変位。2016年4月16日、熊本地震(M7.3)に伴うリアルタイム解析による地殻変動(水平成分)。★は震央

── はからずも、ということだったんですね。

川元:REGARDの解析結果は、防災・減災への活用のため、津波被害軽減を目的とする内閣府の「津波浸水被害推定システム」などにも情報提供する体制となっています。新たな用途の広がりも期待しつつ確実な運用を続け、さらに固定点を必要としないMADOCA暦を使ったリアルタイム単独測位など、一層の高度化を目指して研究開発に取り組んでいきます。

(インタビュー/構成:喜多充成・科学技術ライター)

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