コンテンツです

避難訓練アプリによる水害危険度可視化システム

2017年07月11日

国立大学法人静岡大学の鈴木康之氏(大学院工学研究科事業開発マネジメント専攻、工学部次世代ものづくり人材育成センター教授、地域連携部門長)は、ランダムなタイミングで自然水害の避難訓練を行うシステムを考案し、スマートフォンのアプリとして社会実装しようとしています。システムに込められた意図や、併せて行われた技術開発について伺いました。

「ポケモンGO」みたいな防災アプリ

鈴木氏は避難訓練に関するアイデアを「自然水害に対する住民の避難シミュレーション方法、システム、携帯端末及びプログラム」という発明としてまとめ、2014年12月18日に特許出願しました(特許登録は2015年5月1日、特許番号第5737683号)。水辺の土木や防災を研究テーマとする福岡工業大学社会環境学部教授の森山聡之氏との対話を通じて練り上げたアイデアで、両氏と福岡工大の共同出願となっています。

システムの概念図

鈴木氏の発表資料「避難訓練アプリによる水害危険度可視化システム」(2016年10月、日本災害情報学会 第18回学会大会)より

静岡大学の鈴木康之教授

静岡大学の鈴木康之教授

そのアイデアの核にあるのが、「実際に集団避難訓練を実施することなく、各住民が個別に、所望のタイミングで避難訓練に参加できる」点です。つまり、この避難訓練アプリをひと言で言うと、利用者自身がスマホを持って動きまわることで状況が変わる「位置情報アプリ」の一種ということになります。
「ポケモンGOの登場(日本では2016年7月22日)で説明がたいへんラクになりました。“ゲームアイテムがもらえるポケストップを目指すように、安全な場所に移動し自分が生き残るのが、このアプリの目的です”と言えば、たいていの人に理解してもらえます」(鈴木氏)

具体的には、どういうソフトなのでしょうか。

「ある日、スマートフォンに“避難訓練開始!”の通知が届きます。あらかじめ自分が登録した実施可能な時間帯内のことではありますが、始まるのは突然です。津波や洪水のための訓練ですので、所定の時間内に一定以上の高さの場所に到達できれば避難成功、できなければ避難失敗となります。日常生活の中でつねに“今ならどこに逃げるか”を意識してもらおうという狙いがあります」(鈴木氏)

アプリの概念図

アプリの概念図(前出発表資料より抜粋)

災害を忘れないための避難訓練プログラム

集団で一斉に行う避難訓練では、その効果にも限界があります。事前に告知された訓練であれば、なおのことです。「津波てんでんこ」といった言葉もあるように、自然災害からの避難ではそれぞれ個別に具体的なアクションが求められます。ランダムなタイミングで実施される、パーソナライズされた避難訓練には、個人の防災意識や避難スキルを高める上で、大きな効果が期待できるというわけです。

中田島砂丘に面した静岡県営の遠州灘海浜公園

中田島砂丘に面した静岡県営の遠州灘海浜公園

公園内の情報案内板には避難場所も記載

公園内の情報案内板には避難場所も記載

公園各所に注意喚起の標識を設置

公園各所に注意喚起の標識を設置

前方の丘は、津波避難マウンド

前方の丘は、津波避難マウンド

たくさんの人にゲーム感覚で避難訓練を行ってもらうことで、サーバー側にデータが蓄積されていきます。そのデータを地図に重ねた時に浮き彫りとなるのは、ある場所が高台への避難に適した場所かどうか、という情報です。
「その土地の危険度を“見える化”することにより、防災インフラ整備の参考にもなります。行政に求められるのは、限られた予算の中で、より効果が見込めるインフラ整備ですから、優先順位付けに役立つデータとなるはず。まさに“可視化から価値化へ”が期待できるデータを集められます」(鈴木氏)

衛星測位+気圧+加速度で、高さ方向の精度アップ

鈴木氏は、このシステムを機能させる上での“弱点”についても言及します。

「衛星測位もデジタル地図も、現状のままでは高さ方向の測位が弱点となってしまいます。水害からの避難には標高の情報が非常に重要です。たとえば津波であれば高さ20〜30cmでも足をとられてしまうことを考えれば、メートル以下の精度が必要になります」(鈴木氏)

パドラックの杉本社長

パドラックの杉本社長

鈴木氏は、アプリ開発に協力する株式会社パドラック 代表取締役社長の杉本等氏らと共に、スマートフォンの衛星測位機能と加速度センサや気圧センサの出力値に適切な重み付けを行うことで、精度の良い標高の情報を取得するシステムを開発中といいます。

「スマートフォンの個体差を吸収し精度を上げる仕組みの開発にメドが立ちました。これを使うことで、避難訓練アプリから得られるデータの価値が、さらに高まるものと考えています。RTK(Realtime Kinematic、固定点の補正データを移動局に送信してリアルタイムで位置を測定する方法)による高精度測位の普及やみちびきの4機体制の整備が進むことで、こういった“小細工”を用いなくとも精度が出せるようになればと、関連する技術の発展に大きく期待しています」(鈴木氏)

パドラックの杉本社長と鈴木教授

パドラックの杉本社長(左)と鈴木教授(右)

携帯電話インフラに依存しないシステムも考慮に

遠州浜の中田島砂丘で進められている防潮堤工事の様子

遠州浜の中田島砂丘で進められている防潮堤工事の様子

デジタル簡易無線を使う位置情報システム。

デジタル簡易無線を使う位置情報システム。左3点が試作機、右がアマチュア無線のトランシーバー

加えて鈴木氏は、こうしたしくみを生かすための、万一の備えについても検討しています。

現在、浜松市では天竜川河口から浜名湖に至る約17.5kmで大規模な防潮堤の整備が進められています。津波防災に対する意識の高いエリアですが、いったん津波が起これば沿岸に配置された携帯電話の基地局が被災し、通信が不能になる事態も考えられます。
そこで基地局インフラに依存せずとも利用できる、免許不要のデジタル簡易無線を、位置通報システムに活用できるかどうかを検討したものです。

“アマチュア無線仲間”と練り上げたアイデア

こうした一連のシステムの開発は、京都大学防災研究所地域防災実践型共同研究の一環として進められており、避難訓練アプリは今年度中の公開を目指し開発中といいます。

ちなみに、アプリのアイデアを特許として共同出願した鈴木氏と福岡工大の森山氏は、中学生時代からのアマチュア無線仲間です。そもそもアマチュア無線は法律で「金銭上の利益のためでなく、もつぱら個人的な無線技術の興味によつて行う自己訓練、通信及び技術的研究の業務」(総務省令電波法施行規則第3条第1項第15号)と規定されており、アマチュア無線そのものを防災目的に使うことや、プロの研究者が業務としての研究活動に使用することはできません。しかし、アマチュア無線の活動を通じて得られた知見や視点がこうした研究開発に生かされているのは、間違いなさそうです。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

参照サイト

※ヘッダの画像は、国立大学法人静岡大学浜松キャンパス。本文中の図版提供:静岡大学 鈴木康之教授