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「はやぶさ2」のスイングバイを支えた衛星測位技術(前編)

2016年01月19日

昨年12月3日、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球スイングバイに成功したニュースが大きく報道されました。あまり知られていませんが、その成功の背後で、衛星測位の技術が重要な役割を果たしていました。地球上で位置を知るために使われる衛星測位の技術が、宇宙空間の「はやぶさ2」にどのように役立ったのか。その詳細を紹介します。

宇宙を旅して、誤差わずか300m

地球スイングバイとは、地球の公転運動と重力を利用して「方向転換」と「加速」を同時に行う、高度な宇宙航行のテクニックです。これを成功させるには、きわめて精密な軌道のコントロールが必要となります。

今回のスイングバイに当たって、仮想の衝突平面上にある特定の位置(ターゲット)が目標として設定されました。その"的"がハワイ沖上空の3,090kmの地点で、実際に探査機が通過した位置とのズレはわずか300mでした。

スイングバイ精度を示す模式図

スイングバイ精度を示す模式図(出典:「小惑星探査機「はやぶさ2」地球スイングバイ結果に関する記者説明会」資料、2015年12月24日、JAXA)

「はやぶさ2」が種子島宇宙センターから打ち上げられたのは、ちょうど今回のスイングバイの一年前の同じ日、2014年12月3日でした。太陽の周りを周回する人工惑星として約10億kmを旅し、最遠で6,500万kmの地点まで行き、戻ってきました。

6,500万kmと言えば、電波での通信に往復で7分以上かかる距離です。それほどの遠くから戻ってくる探査機を精密に誘導し、その誤差を300mに抑え込みました。単純に縮尺すれば100kmで0.5mmの誤差であり、すさまじい正確さと言えるでしょう。初号機「はやぶさ」も同じように地球スイングバイを行いましたが、その際の誤差は約1km。改良を重ねて精度が一桁アップしています。

「はやぶさ2」の軌道概念図

「はやぶさ2」の軌道概念図(出典:「小惑星探査機「はやぶさ2」地球スイングバイ結果に関する記者説明会」資料、2015年12月24日、JAXA)

衛星測位の技術が不可欠

初号機に比べ、「はやぶさ2」では格段に高精度で位置を知ることができる新技術が導入されています。「デルタDOR(Delta Differential One-way Range)」と呼ばれる技術です。

この技術のベースにあるのは、精密な測量に使われる「VLBI」という手法。VLBIの最初の3文字は「Very Long Baseline」(超長基線=何千kmも離れた2点間を対象に行われる計測手法)で、最後の「I」は「Interferometry」(=干渉法)を意味します。数十億光年の彼方にある電波源(「電波星」と呼ばれます)からの電波を2つのアンテナで同時に受信した信号を重ね合わせ、2つのアンテナへの電波の到達時間を100億分の1秒以上のオーダーまで正確に計測し、この差を読み取って2点間の位置関係を導き出します。

この技術を使えば、地球のプレート運動を把握したり、地球の自転の"ゆらぎ"を知ることもできます。これを宇宙を飛ぶ探査機に応用したのが「デルタDOR」です。

「デルタDOR」観測の解説図版

「デルタDOR」観測について(出典:「小惑星探査機「はやぶさ2」地球スイングバイ結果に関する記者説明会」資料、2015年12月24日、JAXA)

電波星と探査機を同時に捉える

「デルタDOR」の原理は次のようなものです。

地球上の遠く離れた2つのアンテナ、たとえば日本とオーストラリアのアンテナを探査機に向け、探査機とそのそばにある電波星からの電波を同時に受信します。得られたデータには「探査機からの電波」と「電波星からの電波」とが混ざり合って記録されています。

日本のデータとオーストラリアのデータを重ね合わせることで、探査機からの電波が2つのアンテナに届いた時間差を精密に把握できます。そして2つのアンテナ間の距離(位置関係)は、VLBIの技術でミリ単位まで正確に把握されているので、電波の到達時間差から探査機の"方向"を非常に正確に求めることができます。

その精度はナノラジアン、すなわち10億分の1ラジアンのオーダーです(ラジアンは弧度法における角度の単位で、180度がπラジアン)。JAXAの資料には「東京都心から富士山頂のダニ(体長0.1~0.7mm)を見分ける精度」と表現されていました。

「デルタDOR」で革命的な精度アップ

この方法が導入される以前から、探査機の位置(軌道)を知る手法は磨かれてきました。主に使われてきたのがレンジ&レンジ・レート(Range & Range Rate)。探査機までの距離を電波の折り返し時間で知り、探査機の速度をドップラー(周波数の変化)から知る方法です。ただし、この手法で分かるのは視線方向の距離と速度のみ。時間をかけてレンジ&レンジ・レートの計測を繰り返し、想定したいくつかの軌道の中から、もっともよく適合する軌道を帰納的に絞り込んで最終的な軌道を決める、という時間のかかる手法でした。

ここに「デルタDOR」は革命的な精度アップをもたらしました。探査機が天球上のどの位置にいるかを直接知る手段を与えてくれたのです。レンジ&レンジ・レートと組み合わせることで軌道決定の精度は1~2桁向上しています。そうした技術の導入で「地球スイングバイ」時の精密な探査機の誘導が実現していたわけです。

「はやぶさ2」が撮影した地球

スイングバイの後に「はやぶさ2」が撮影した地球。中央の白い部分が南極大陸(日本時間2015年12月4日13時09分、地球中心から約34万kmの距離にて撮影、JAXAウェブサイトより)

後編では、こうして得たデータを地上でどのように処理して精度を高めたかを解説します。

参照サイト

※ヘッダ・本文画像提供:JAXA