コンテンツです

宇宙からの電波で地球と日本を測る、石岡測地観測局

2017年05月16日

田園地帯から小高い場所に続く一本道を登り切ると、樹木を伐採し整地されたサッカー場ほどのエリアが現れ、その真ん中に白い人工物が据えられています。国土地理院が茨城県畜産センターの一角に設置し、2015年2月から稼働している石岡測地観測局(茨城・石岡市、無人運用)のパラボラアンテナです。

石岡測地観測局。左手奥が観測局舎

石岡測地観測局。左手奥が観測局舎

常陸風土記の丘から望む筑波山。アンテナの一部も

常陸風土記の丘から望む筑波山。アンテナの一部も

茨城県畜産センターの手前を右へ進み現地へ

茨城県畜産センターの手前を右へ進み現地へ

今回は、この施設がどういう仕組みで運用されているかを国土地理院測地部宇宙測地課長補佐の川畑亮二氏(肩書は取材時)と同課調査員の石本正芳氏に伺いました。

国土地理院の川畑氏(左)と石本氏(右)

国土地理院の川畑氏(左)と石本氏(右)

国土地理院 測地部の石本氏

特色その1:素早く動く巨大アンテナ

直径13mのパラボラアンテナ

直径13mのパラボラアンテナ

直径13mで可動部分の重量は80トン。昨年末で運用を終えたつくばVLBIアンテナ(同32m、550トン)に比べると数字の上では小ぶりに思えますが、実物を目にすると圧倒的な存在感です。VGOS(VLBI Global Observing System、VLBI次世代観測システム)に対応しており、世界で4番目に稼働を始めたVGOSアンテナとなります。

観測室の操作端末からアンテナを操作

観測室の操作端末からアンテナを操作

特筆すべきはその回転速度。室内の操作端末から目的の仰角・方位角を打ち込むと、素早く首を振って天空の一方向を指向します。80トンという重さを感じさせない、なめらかでスムーズな動きです。移動速度は毎秒12度(=時計の秒針の倍の速さ)になります。
「多くの対象天体を素早く切り替えながら観測することが、測地精度の向上につながります。能力としては24時間で3000個の天体を観測できます」(川畑氏)

アンテナの足元に近づいて耳を澄ますと「チュン、チュン、チュン...」という鳥のさえずりのような音も聞こえてきます。
「受信機を約20ケルビン(マイナス253度C)の極低温に維持するための冷凍機の動作音です。徹底的に冷やすことで、熱によって生じる電気的な雑音を極限まで減らします」(川畑氏)
観測データはパラボラの副鏡のすぐ下にある受信機で光信号に変換され、光ファイバーで建屋内のデータ処理室に送られます。

特色その2:同じ敷地にある電子基準点

パラボラアンテナとその手前の2つの電子基準点

パラボラアンテナとその手前の2つの電子基準点

パラボラアンテナに対面して建てられた2本の金属柱はGNSSの連続観測を行う、いわゆる電子基準点です。向かって右側の点は、測量に使える正規の電子基準点で、国際GNSS事業(IGS)の観測点として登録される予定です。左側の点は、並行観測等を行う試験用の設備です。

アンテナの手前にある電子基準点

アンテナの手前にある電子基準点

このほか敷地内には、コロケーション(co-location)測量のための金属柱(コロケーションピラー)4本が、電子基準点とパラボラアンテナを取り囲むように設けられています。測量機器(トータルステーション)をそれぞれの金属柱の頂部に設けられたネジ穴に固定し、パラボラアンテナとGNSSアンテナの正確な位置関係を測ります。

このVLBI-GNSSコロケーション測量により、VLBIで測った日本列島の正確な位置を、GNSS基準点網や三角点・水準点などの基準点網に反映させることができるのです。

特色その3:電波源はブラックホール

VLBI(=Very Long Baseline Interferometry、超長基線電波干渉法)は「遠方の天体からの電波を地球上の複数地点で受信し、その精密にその時間差を測る手法」と説明されていますが、観測の対象は、どのくらい遠方の、どんな天体なのでしょうか?
「試験観測やキャリブレーション(機器調整)では、NGC5675やCasA(カシオペアA)といった天体をよく使います」(石本氏)

異なる2点で受信しても、到来方向は同じ

異なる2点で受信しても、到来方向は同じ(国土地理院ウェブサイトより)

NGC5675は活動銀河核、CasAは超新星残骸と呼ばれる天体で、いずれもその中心にはブラックホールがあると考えられています。SFでおなじみのブラックホールは、あまりに強い重力のため光すら脱出できないので、それ自体を観測することはできません。しかし、周囲の物質がとてつもない重力で引き寄せられるため、呑み込まれる物質が持っていた位置エネルギーが電磁波となって放出されます。いわば断末魔の悲鳴です。ブラックホールが巨大であるほどその電磁波は強くなり、長い距離を隔てても地球に届くわけです。

天体データベース"Simbad"によれば、NGC5675までの距離は60.86Mpc(メガパーセク)とありますから約2億光年(=仮に地球を微粒子状のPM2.5のサイズに縮小しても、地球の公転軌道の直径に相当する約3億kmになる膨大な距離)。一方、CasAは、われわれと同じ銀河系に属しておりもっと近くにありますが、それでも約1万1000光年。とてつもなく遠くにある電波源であることには変わりなく、異なる2点でそれを受信しても、その到来方向はまったく同じ(厳密に平行)とみなすことができます。これがVLBIという観測手法を成立させる要件の一つです。

特色その4:超ハイレゾ・超広帯域でデジタル録音

光ファイバーで送られてきた観測データは、データ処理室で電気信号に変換され、デジタルデータに置き換えられます。受信機は数十億光年彼方の天体が出す電波を幅広い周波数範囲(2G~14GHz帯)でカバーしており、それをダウンコンバート(情報を保ったままより低い周波数に変換)して必要な帯域を選び、サンプリングレート1GHzで量子化します。
「通常の観測データの記録レートは256Mbpsで、データ量としては毎分約2GBになります」(川畑氏)

データ処理室で電気信号に変換

データ処理室で電気信号に変換

ソースが電波か音波かという点が違うだけで、やっていることはデジタル録音と同じです。VLBIの256Mbpsという観測データは、身近なデジタル音源であるコンパクト・ディスクの約180倍のビットレート。最高音質のハイレゾ音源(192KHz/24bit/2ch)と比較しても、30倍近く高速なデータストリームです。この観測データは、宇宙の彼方から届く“悲鳴”を、超広帯域・超ハイレゾ録音したものだ、と例えることもできます。

ちなみに、受信機を極低温に保ち、機器や配線に細心の注意を払っても、「記録されるデータの99%以上がシステム固有の雑音(ノイズ)です。それほど微弱な信号を扱っているわけです」(川畑氏)とのこと。

特色その5:GPSで同期された原子時計

この施設において、巨大なアンテナに劣らないか同じほどの重要性を持つのが水素メーザ周波数標準器、つまり原子時計です。周波数標準室の分厚い扉の向こうには、コンテナ型の物置のような恒温室が設置され、その中に主副2台が置かれています。室内の温度は年間を通して約23度Cに保たれており、この時計が供給するタイムスタンプを受信データに付与して初めて、利用可能なVLBI観測データとなります。

恒温室に置かれた原子時計

恒温室に置かれた原子時計

ドイツ、アメリカ、中国などから持ち寄られたデータを重ね合わせ、それぞれのタイムスタンプをもとに時間差、すなわち局間の距離の差を読みとるのが、VLBIという手法の核心部分となります。

ちなみに、各国の原子時計の時刻合わせにはGPSの時計が使われています。またVLBIの観測成果を取りまとめて、閏(うるう)秒実施の発表を行う国際機関IERS(=International Earth Rotation and Reference Systems Service、国際地球回転・基準系事業)の副事務局は、GPSのマスタークロックを運用する米国の海軍天文台(USNO=United States Naval Observatory)に置かれています。つまりGPS/GNSSとVLBI観測網は密接に関わっているというわけです。

みちびきやGPSなどの測位衛星には必ず原子時計が搭載されていますので、測位衛星=「正確なタイムスタンプ付きの電波を放送する人工の電波天体である」ということができます。「GPSのアイデアの源流の一つにVLBIがある」と言われるのには、こうした背景もあるのです。

特色その6:ミリ単位の大陸の動きを解析

地球の姿勢を正確に知ろうとすると、月や太陽系の天体は近過ぎて役に立ちません。自転軸のブレ、軸の歳差・章動(みそすり運動、さらに細かなブレ)、自転速度のゆらぎなどは、宇宙の彼方の電波天体を基準にしたVLBI観測で初めて判明します。一方、地球のプレートの動きを知るのにも、同じ手法が活躍します。

「1時間だけ行う短時間の観測では、他のパラメータを一定とみなし、自転速度のゆらぎだけを調べます。24時間通しで行う観測では、自転軸や位置などに関わる複数のパラメータを同時に推定することができます」(石本氏)

VLBI観測局の平均的なプレート運動

VLBI観測局の平均的なプレート運動(国土地理院ウェブサイトより)

そのためには観測データ同士のわずかな時間差を読みとる必要があります。日常で使われることはまずない「ピコ」という単位は、マイクロ(100万分の1)、ナノ(10億分の1)よりさらに下の1兆分の1を意味する接頭辞で、1ピコ秒の間に光(電波)は約0.3mm進みます。VLBIでは観測データをピコ秒に迫るオーダーで解析することで、ミリ単位の大陸(プレート)の動きを把握することができています。

「光格子時計(*)のような、画期的な原子時計も登場しています。VLBI観測には、時計の誤差のほか、電離層や大気や、電波の混信など、観測データの質を乱す要因がありますので、これらを軽減することも重要ですが、将来的には、より精度の高い光格子時計を導入することで誤差が軽減され、観測精度の向上に貢献することが期待されます」(川畑)

(*)東京大学の香取秀俊教授が開発した、宇宙年齢(137億年)を経ても1秒以下の誤差しか生じない究極の原子時計。1cmの標高の違いで生じる重力の差を、相対論効果による時間の進み方の違いとして計測可能。

つくば市から遠くなく、石岡という市名からも想像できる通り安定した地盤の土地であることから選ばれたこの場所が、VLBI観測とGNSS連続観測の交わる地点となり、今後の日本の位置の基準としての役割を果たします。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

関連ページ

参照サイト

※取材協力および本文中の図版提供:国土地理院