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東大・海津准教授に聞く「GNSSで実現する小さく賢い農業機械」

2017年07月17日

東京大学大学院准教授の海津裕氏(農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 生物機械工学研究室)は、自律移動する農業ロボットを研究テーマの1つとしており、衛星測位技術の農業機械への応用にも積極的です。そんな海津氏が特に力を入れて取り組んでいるのが、ニッチな場所で利用される“小さく賢い農業機械”だといいます。東京大学弥生キャンパス(東京・文京区)の研究室を訪ねて、その研究のねらいや開発コンセプトなどを伺いました。

東京大学の海津裕准教授

ハスの茎をどんどん刈り払う小型ボート

下の写真は、両舷のパドルを交互に動かして航行しながらハスの群生に入り込み、水中に降ろしたバリカン状の刃で、ハスの茎をどんどん刈り払っていく小型ボート。これは海津氏が代表者を務める「フィールド調査とロボット・センサ・通信技術をシームレスに連結する水域生態系モニタリングシステムの開発」(環境省・平成28年度「環境研究総合推進費」新規採択研究課題)で試作されたロボットボートです。

水草管理用ロボットボートのテスト航行

2016年9月に内沼で行われた水草管理用ロボットボートのテスト航行。この時はラジコンによる手動操作だったが、最終的には自律航行となる(研究で撮影された動画より)

宮城県の栗原市・登米(とめ)市にまたがるラムサール条約登録湿地「伊豆沼・内沼」では、生物多様性維持のためブラックバスの繁殖を抑える「バス・バスターズ」などさまざまな試みが行われています。近年ではハスの過剰な繁茂も問題として浮上してきています。
ハスが増えすぎることで水中の酸素量が低下、水棲生物が減り、多様性が失われてしまいます。また水面が葉に覆われることで、広い水面をねぐらにしていたマガンも寄り付かなくなってしまいます。

ラムサール条約の正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」。森林の維持に手入れが必要なように、水鳥の存在に象徴される生物多様性を維持するためには、湿地にも人が手を入れる必要があります。しかし生い茂ったハスの茎を人力で刈り払う作業はかなりの重労働です。そもそも湿地ですので喫水(=船底から水面までの垂直距離)の浅いボートしか入れず、その不安定なボートの縁に寄りかかって鎌を振る作業を延々と続けることになるからです。そこで登場するのがハス刈り払いロボットボートです。

東京大学の海津裕准教授

「ロボットなら時間をかけて広い水面をカバーできますから、常時稼働させ、ハスが大きく育つ前にどんどん刈り払うという運用スタイルが可能になります。家庭用のロボット掃除機も、吸い込み力は電気掃除機に大きく劣りますが、ずっと稼働するので家の中はキレイに保たれるじゃないですか。それと同じコンセプトの、いわば“水上掃除機”なんです」(海津氏)

位置センサーに1周波RTK-GNSSシステム

研究の概要解説図

東京大学のほか、酪農学園大学、北海道大学、公益財団法人宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団らが共同で取り組む研究の概要解説図

研究の概要説明図には、「宮城県伊豆沼・内沼をベースに最新ロボット技術を用いて、水鳥を軸とした生態系の監視に有用な、低コストかつ高ユーザビリティを有する総合的モニタリングシステムと管理用ロボットを開発。マニュアル・ガイドラインを整備し本技術を全国の湿地に普及可能なものとする」と説明されています。

推進には電動車椅子のパワートレインを利用。リチウムイオンバッテリーで2機のモーターを動かし、両舷のステンレス製パドルを制御します。航行コントローラーには、廉価なワンボードコンピュータ(Raspberry Pi 3)にフリーウェアのドローン用制御ソフトを導入して利用。自船の位置センサーにローコストの測位モジュール(u-blox社製)による1周波RTK-GNSSシステムを利用することで、シンプルながら高性能のシステムが実現しています。

アイガモ農法に学び、「水田の草取りロボット」のデコイ型試作機を検討中

アイガモ農法に学び、「水田の草取りロボット」のデコイ型試作機を検討中

「農業分野では『機械化にはお金がかかりすぎるから、手間がかかっても人間がやるしかない』という作業が結構あるんです。たとえば田圃の畔の斜面の草刈りなども、なかなか機械化できない重労働。しかしシステムの費用を低く抑えられれば、ロボットの活躍の場はもっと広がります。そのカギになるのが低コストな位置センサーとしての、1周波RTK-GNSSだと思っています」(海津氏)

同研究室の芋生憲司教授(左)と海津准教授(右)

草刈りロボットの試作スケールモデルを検討する同研究室の芋生憲司教授(左)と海津准教授(右)

ハス刈払いロボットボートに関しては、基本的な動作検証は昨年度中に終え、今年度から、より効果的な刈り方や刈る時期などの検討を進めています。日本農業の課題として語られる、担い手の高齢化や人口減少対策にも大きな力となってくれるような、小さく賢い農業機械の登場が期待されます。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

参照サイト

※ヘッダの画像は、東京大学弥生キャンパス。研究関連の画像・図版は、海津裕氏提供

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