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GNSSの精密な軌道情報の算出体制を構築した国土地理院とJAXAに聞く

2023年09月19日

2023年6月30日、国土交通省国土地理院と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同でプレスリリース「国内初!衛星測位分野の国際事業に国土地理院とJAXAが共同で参画 ~高精度な軌道情報の提供を通じた測位基盤の強化へ~」を発表しました。

その内容は国土地理院とJAXAがGNSS衛星の精密な軌道情報を算出する体制を構築し、その情報を定常的に国際機関に提供することになったというものでした。これがどういう意義と重みを持つものなのか、国土地理院の髙松直史氏(測地観測センター電子基準点課長補佐)、大野圭太郎氏(測地観測センター電子基準点課 精密暦解析係長)、阿部聡氏(測地部 計画課 計画第一係長)、そしてJAXAの秋山恭平氏、河手香織氏(いずれも第一宇宙技術部門 衛星測位システム技術ユニット)の5氏に話を伺いました。皆さんからお話しいただいた内容をもとに今回の発表の意義について解説します。

担当者の顔写真

左から国土地理院の髙松氏、大野氏、阿部氏、JAXAの秋山氏、河手氏

高精度な精密暦を提供するIGS

目印のまったくない洋上でも、“天体暦”があれば天測で自分の位置を知ることができます。天体暦とは太陽、月、惑星、惑星の衛星などの運行を記したもので、英国のグリニッジ天文台による書物“The Nautical Almanac and Astronomical Ephemeris”(航海暦と天体暦、1767年~)に始まっています。現代のGNSS衛星の軌道情報もそれにちなみ「暦(れき)」と呼ばれます。
暦を参照すれば、ある時刻における衛星の位置を求めることができます。また、正確な時刻情報もGNSS衛星から取得できます。衛星の位置と信号の到達時間から算出される距離が、衛星測位の基盤となっており、暦の精度は、測位衛星の利用のすべての面での精度向上につながります。
暦には、衛星からの測位信号に含まれる放送暦と、地上観測や解析を経て導かれる精密暦があります。それぞれが入手の容易さやリアルタイム性、精度の高さという特徴をもち、用途により使い分けられます。

IGSのウェブサイト

そうした中、もっとも高精度な精密暦を提供しているのが、国際GNSS事業(IGS)と呼ばれる国際機関です。IGSは世界中のCORS(GNSS連続観測点。日本の電子基準点もその一種)のプラットフォームとして観測データの流通・活用を調整しています。IGSに参画する世界12機関の解析センターは、この観測データをもとにそれぞれ独自の手法で精密暦を算出し、IGSはそれらを統合して約2週間後にIGS最終暦を公表します。
秒速3~4kmという高速で地球を周回するGNSS衛星を、高速で自転している地球上から観測し、地球自転のゆらぎなども加味して得られるIGS最終暦の精度は、例えばGPSでは2.5cm以内と驚くべき水準に達しています。この精密暦の精度が、高精度な測位補強サービスや、測量に用いられる基準点などの維持・管理に役立てられています。

解析センターの一覧

IGSに参画する世界12の解析センター(出典:https://igs.org/acc/)

JAXAが2011年から開発した「MADOCA」

みちびき初号機を打ち上げた翌年の2011年からJAXAが開発に着手し、衛星運用の知見などを反映させながら磨き上げてきたアプリケーションが「MADOCA(Multi-GNSS Advanced Demonstration tool for Orbit and Clock Analysis)」です。これは、複数の GNSS に対応して個々の測位衛星の正確な軌道とクロック(搭載原子時計)の誤差を高精度に推定するためのプログラムの名称であり、ある瞬間における測位衛星の正確な位置を求めるツールと表現することもできます。
なお、みちびきのユーザーにとってMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)は、L6信号で放送される測位補強信号の名称としてなじみ深いのですが、これもMADOCAの開発成果を活用したものなのです。

国土地理院とJAXAが共同で発出した今回の発表資料では、両機関の連携によるMADOCAを使った精密暦の生成・活用が謳われています。具体的には、MADOCAによる精密暦の生成を国土地理院が担い、MADOCAの継続的な改良をJAXAが担う体制を整え、この精密暦を提供する13番目の解析センターとしてIGSに参画を見込むというものです。

「国土地理院は、1300点もの電子基準点を25年以上にわたって管理してきた実績・実力があります。そのため、定常的に安定したプロダクトを出していく上で、大変心強い味方です」(JAXA秋山氏)

MADOCAのソースコードは、それを目にした国土地理院の担当者が「これを最初から組み上げたのかと感慨を覚える巨大で精緻な構築物」というほどのプログラムでした。しかしそれは完成品ではなく、絶えざるアップデートも欠かせません。一例を挙げれば、2021年10月に打ち上げられた「みちびき初号機後継機」では、軌道推定の精度向上に向けた研究開発の一環として、衛星の各部に多くの温度センサが配置されています。

「宇宙空間で衛星の姿勢や軌道を乱す要因の一つに太陽輻射圧がありますが、さらにそれより一桁小さいながら、物体自身が発する赤外線による熱輻射圧も加速度を発生します。その加速度を計算するために、衛星の表面温度をできる限り正確に把握することが狙いです。このような取り組みは世界的にも恐らく例がなく、みちびきだからこそやる必要のある、みちびきがあるからこそできる挑戦だと思っています」(JAXA秋山氏)

みちびき含むGNSS精密暦の公開環境を整備へ

図版(報道発表資料)

出典:国土地理院 報道発表資料(2023/6/30)

発表資料では「今後の展望」として、次のように記載されています。
「今回の取り組みにより、精密暦を国内で独自に算出できるようになります。また、提供する精密暦の品質がIGSによって定常的に評価されることにより、精密暦の品質を継続的に維持、改善することができます。これにより、より自律的・安定的な位置の基準の維持・管理が見込まれるほか、測地・測位分野の研究活動の促進が期待されます」(発表資料より)

これまでは生成された精密暦を利用する立場だった日本が、対等な1プレーヤーとして世界大会に参戦する時のような、誇りと期待に満ちた一文に思えます。

「位置の基準を自律的に維持・管理する上で、日本が独自に開発したプログラムで精密暦を得て、測位を行えるようになることは、大変大きな一歩です」(国土地理院 髙松氏)

これらを踏まえて「みちびき」を含むGNSS精密暦(MADOCA暦)の公開環境が整えられることで、これまで着実に進められてきた「高精度測位時代における位置情報の基盤の整備・更新の取り組み」の一層の高度化が期待されます。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

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