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時刻同期セミナー「GNSS TimeSync 2025」にみちびきが参加

2025年12月03日

インターネットサービスの草分け的存在として知られる株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)は2025年10月22日、GNSS時刻同期に特化した技術セミナー「GNSS TimeSync 2025」を都内で開催しました。
GNSSは位置情報と共に正確な時刻信号を提供しますが、この時刻信号はエネルギーや情報通信ネットワークを下支えしており、近年「インフラの中のインフラ」との認識が広まりつつあります。一方でGNSSに対する妨害電波(ジャミング)や欺瞞信号(スプーフィング、なりすまし)による攻撃が現実の危機となっており、特に欧州においては脆弱性の克服や代替手段の整備が喫緊の課題となっています。
こうした問題意識のもと、セミナーには株式会社精工技研、セイコーソリューションズ株式会社、古野電気株式会社、丸文株式会社、Calnex Solutions plc、株式会社IIJエンジニアリングの6社が共催として参加しました。
GNSS時刻同期に特化した技術セミナーの開催は国内では過去に例がなく、当日は通信、放送、金融、電力、ITインフラ、データセンター運用などの第一線で活躍する技術者や研究者が多数集まり(会場104名、オンライン参加154名)、GNSSが提供する時刻の信頼性(レジリエンス)確保に向けた最新の知見や技術動向が共有されました。

会場全景

セミナー前半は、セイコーソリューションズ、古野電気、精工技研の3社がそれぞれの視点から時刻同期に関する講演を行いました。

1)社会インフラを変えるPTPと時刻同期の進化
── セイコーソリューションズ 鈴木氏
鈴木氏

セイコーソリューションズ株式会社の鈴木康平氏(戦略ネットワーク本部 戦略ネットワーク営業統括部 タイミングソリューション営業部長)は、マイクロ秒からナノ秒(1/100万~1/10億秒)単位の超高精度な同期を実現し、放送局、5G通信、金融インフラなどに不可欠な時刻同期プロトコル「PTP」の進化と、時刻源のGNSS依存の現状について解説し、地上系時刻網の構築が進む諸外国の事情なども紹介しました。日本では、みちびきが高仰角から信号を降らせており、測位信号だけで安定した時刻配信が可能である点も説明しました。

2)GNSSによる高精度時刻同期とその脆弱性対策
── 古野電気 橋本氏
橋本氏

古野電気株式会社の橋本邦彦氏(システム機器事業部 開発部 主任技師)は、GNSS時刻同期の信頼性を損なう都市部のマルチパス、LTE干渉、ジャミングやスプーフィング攻撃などについて説明した後、それらに対する具体的な対策や、ノルウェーで行われた世界的な妨害干渉フィールド試験「Jammertest2025」への参加報告、LTE基地局干渉試験のデータなどを紹介しました。その上で、サービスを停めないためには干渉や攻撃を高精度に「検出する能力」が重要であると指摘しました。

3)試みてわかる。GNSS受信システム構築の課題とその対策
── 精工技研 藤浪氏
藤浪氏

株式会社精工技研の藤浪 圭氏は、GNSS受信システム構築における課題として「屋上のアンテナから同軸ケーブルを引き込めない問題」を指摘しました。その解決策として、GNSS信号をアナログのまま光信号に変換し、光ファイバーケーブルで伝送する「A-RoF技術」を紹介し、この技術により単に長距離でも低損失な伝送が可能となるだけでなく、雷やノイズからの絶縁も実現でき、アンテナの離隔化・多点化でジャミングやスプーフィング対策にもなるとしました。

休憩を挟んでセミナーの後半は、内閣府宇宙開発戦略推進事務局の三上参事官と国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の井戸氏が講演しました。

4)みちびき/時刻を提供する社会インフラとしての役割
── 内閣府 三上参事官
三上参事官

内閣府宇宙開発戦略推進事務局の三上建治参事官(準天頂衛星システム戦略室長)は、日本のほぼ真上に衛星が長時間留まる「準天頂軌道」を周回することで、都市や山間部での測位精度の劣化を緩和する「みちびき」の特徴を紹介し、2025年度中の5・7号機の打ち上げにより、現在の4機体制から2026年夏頃には7機体制に移行するロードマップを示しました。その上で、7機体制が実現すれば、みちびきの信号のみで位置と時刻を決定できる「持続測位」が可能となり、経済安全保障の観点からも極めて重要であると強調すると共に、日本が独自の「位置・時刻情報インフラ」を獲得する歴史的な転換点になるとしました。

講演風景-1

GNSSは信号の仕様が公開されており、第三者によるスプーフィング攻撃が可能になるという脆弱性が避けられません。ドローンの操縦乗っ取りや金融取引のタイムスタンプ改ざんなどの危険性が存在するだけでなく、電力網、通信網、放送網といった重要インフラにとっても大きな脅威となります。三上参事官は、日本には世界に先駆けて2024年から開始したみちびきの「信号認証サービス」があり、対応する受信機を使えば、秘密鍵と公開鍵のペアを使う電子署名技術を用いて、受信機側で測位信号が本物であることを検証できると解説しました。そしてセキュアな測位信号が自動運転、農機・建機の自動化、そして金融機関のタイムサーバなど、様々なユースケースでの活用を強力に後押しすることになるとアピールしました。

講演風景-2

三上参事官は最後に、単なるGPSの補完に留まらないみちびきの役割を紹介しました。GPS単体での測位誤差がテニスコート半面程度あるのに対し、みちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)を使うことで誤差数cmオーダーという「テニスボール級の測位精度」が実現すると説明しました。このサービスは無償で提供され、アジア・オセアニア地域でも受信可能であり、自動車の運転支援、農業トラクターの自動走行、除排雪作業の自動化(i-Snow)などに活用されます。深刻な労働力不足など日本の社会課題を解決する「Society 5.0」の実現に不可欠な基盤インフラであると述べました。

講演風景-3
5)高精度時刻配信の現状と国際動向、NICTの取り組み
── NICT 井戸氏
井戸氏

最後に登壇したNICTの井戸哲也氏(電磁波研究所 電磁波標準研究センター 時空標準研究室 室長)は、まず「究極の高精度」を目指す時空標準研究室の活動と、ジャミング/スプーフィングや太陽フレアなどの脅威、そして各国の対策などを紹介しました。また、東京大学の香取秀俊氏が提唱した、現状のセシウム原子時計をはるかに上回る精度の新しい原理の原子時計である「光格子時計」を日本標準時(JST)の生成に活用し成果を挙げている点も説明しました。そして超高精度時刻情報の光ファイバー伝送試験などのデータを示し、GNSSのバックアップとなる高精度な時刻同期配信インフラに向けた将来像を提示しました。

山本氏

主催者を代表して挨拶したIIJの山本文治氏(ネットワークサービス事業本部 放送システム事業部 事業推進部 プリンシパルエンジニア)は、「GNSS時刻同期というテーマに対してこれほど多くの皆様に集まっていただき、たいへん熱く盛り上がったことを感謝したい」と謝辞を述べてセミナーを締め括りました。

展示ブース

会場内で行われた主催・共催企業によるブース展示

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

参照サイト

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