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みちびき初号機の開発から運用終了までを関係者に聞く(前編)

2024年03月04日
みちびき初号機

みちびき初号機(画像提供:JAXA)

みちびき初号機は2023年9月に所定軌道からの離脱を完了して運用を終了しました。JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)が開発し、2010年9月11日にH-IIAロケット18号機で種子島宇宙センターから打ち上げたみちびき初号機は、約2週間後に準天頂軌道へ投入され、同年12月に定常運用へ移行した後、技術実証・利用実証を開始しました。2018年11月からは、その後打ち上げられた2~4号機と共にみちびき4機体制を構成する1機として、正式に準天頂衛星システムとしてのサービス提供を開始しました。2022年3月、みちびき初号機後継機が正式運用を開始したのに伴い、信号送信を停止し待機運用に移行していましたが、1年半後の2023年9月15日をもって13年間に及ぶ活動を終えました。
この企画では、まずみちびき初号機のプロジェクトが発足した2007年からJAXAで開発に携わったJAXA第一宇宙技術部門 高精度測位システムプロジェクトチームの明神絵里花ファンクションマネージャと、同じくプロジェクトメンバーとしてJAXAで開発・運用を担当し、現在は内閣府宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室に在籍する岸本統久企画官、初号機打ち上げ後にみちびきの利活用推進に取り組んだNECソリューションイノベータ株式会社の神藤英俊・主席プロフェッショナルに初号機の開発から打ち上げを経て運用終了に至るまでを聞きました。前編では、プロジェクト発足から衛星開発の部分を紹介します。

明神氏・岸本企画官・神藤氏

左から明神ファンクションマネージャ、岸本企画官、神藤主席プロフェッショナル

岸本企画官

── みちびきの開発プロジェクトに加わった経緯をお聞かせください。
岸本:私は2003年にNASDA(宇宙開発事業団、現JAXA)に入り、測位ミッションの概念設計が始まるタイミングでプロジェクトに参加しました。測位ミッションには衛星に搭載される測位ペイロード(測位関連の機器)から地上の管制局までさまざまな機器や設備、施設が含まれるので、最初からその全体を見ることができました。2006年3月末の政府決定で、それまでの「通信・放送ミッションを有する衛星システムに測位が相乗りする」計画からJAXAが衛星バスやペイロード、追跡管制局も含めて初号機全体を開発する形に変わり、急いでプロジェクトチームが立ち上げられました。2007年1月に正式に開発プロジェクトがスタートし、それから測位ペイロードを中心に測位ミッションシステムの開発を担当し、打ち上げ後は運用にも関わりました。

明神氏

明神:私も岸本さんと同じ2003年にJAXAに入りました。最初は筑波宇宙センターで人工衛星の試験設備を扱う部署に配属されました。その後、2007年2月頃からみちびきのプロジェクトに関わり始めて、その年の4月に熱制御の担当として正式にメンバーとなりました。

── プロジェクトメンバーは若い世代が多かったのでしょうか?
岸本:14~15名ぐらいで、プロジェクトマネージャ(寺田弘慈氏、現JAXA理事)が40代だったので全体的に若めのチームでした。週に一度、会議室に集まって各担当から開発状況やスケジュールなどの情報を共有し、各担当間で連携しながら進めていきました。メンバーの方たちは仲良かったです。私と明神さんがいちばん若くて、しばらく下の世代が入ってこなかったので、私たちはずっと新人扱いでした(笑)

みちびき初号機

みちびき初号機と寺田プロジェクトマネージャ(当時)(画像提供:JAXA)

── みちびきと他の衛星開発とはどんな点が違いましたか?
岸本:みちびきの衛星バスは、その直前に打ち上げが行われた技術試験衛星VIII型「きく8号」と同じバスを使用したので、プロジェクト発足から打ち上げまでの期間を大幅に短縮できました。ただ、測位衛星ということで衛星バスでも工夫を行う必要がありました。測位衛星で、衛星バスに関わるもっとも大事な指標はアベイラビリティ(稼働率)です。従来の人工衛星は、内部でリアクションホイールというコマのような部品を回して姿勢を制御しますが、ずっと回し続けるとモーメントが蓄積され飽和状態になるので、それを解放するためにスラスタを噴射して回転数を調整するアンローディングを、ほぼ毎日行います。測位衛星は常に正確な軌道と時刻を提供する必要がありますが、スラスタを噴射すると軌道が乱れ、噴射してからしばらくの間はサービスを提供できなくなり稼働率が下がります。いかにアンローディングと軌道制御を行わないかが課題で、そのために左右のバランスを良くしたり、バランスウェイトで調整したりして質量の中心が衛星の真ん中に位置するようにしました。結果として軌道制御は約180日に1回で済むようにして、アンローディングもそれに合わせて行うことができました。初号機を打ち上げて最初の約1年間は軌道制御の合間に数回のアンローディングがありましたが、少しずつパドルの角度を調整して蓄積する運動量を減らしたりとアンローディングの頻度を下げていき、最終的には軌道制御と同じ約半年に1回の頻度で済むようにしました。日本の衛星でこれほど軌道制御の頻度が低く、アベイラビリティがよいものは初めてです。

── “8の字軌道”も当時としては画期的でしたね。
岸本:測位衛星は上空の高い仰角に見えることが大事で、しかも複数の測位衛星を静止衛星のようにすべて同じ方向に並べてしまうと幾何学的配置が悪くなり精度が出ません。少なくとも1機は常に真上に位置させる必要があり、そのために8の字を描く準天頂軌道を採用しました。みちびきの準天頂軌道は、もっとも地球から遠いところで高度4万kmあります。GPSは約2万kmですがみちびきはその倍なので、電波は4倍の出力が必要です。その上、新しいL1C信号など多種類の電波を出さなければならず、いかに高い利得で電波を出すか工夫しました。特にL帯の電波を出すヘリカルアレイアンテナの設計に苦労しました。アンテナは普通に作ると凸型になりますが、地球は丸いので上空からあまり強い電波を出すと中央から送信される電波が強すぎて周辺が弱くなるため、地球の形に合わせて凹ませた形状のアンテナパターンにしました。カバーを開けるとヘリカルアレイというトゲのような小さなアンテナがあり、中心の7素子と外側の12素子の両方のアンテナを組み合わせてアンテナパターンが最適になるよう試行錯誤しました。

軌道図

みちびきの軌道

── 測位ペイロードの開発では他にどのような点で苦労しましたか?
岸本:きく8号にHAC(High Accuracy Clock:高精度時刻基準装置)という測位信号を送信する実験用機器が搭載されていたので、その成果を活用しながら測位ペイロードのシステムの設計を進めました。それまでの地道な実証の積み上げがみちびきで花が開いた形です。みちびきの概念設計は2003年にスタートしましたが、そこから7年で打ち上げまでたどり着けたのは宇宙開発の世界では早いほうだと思います。設計段階では米国のGPSとの相互運用性を図ることについてJAXA内でいろいろと議論し、ユーザーの要望なども調査しました。その結果、最初はL1C/A信号とL1C信号を切り替えて使用することも検討しましたが、最終的にはもっとも新しい信号であるL1Cも含めて、既存のL1C/AやL1S(当時はL1-SAIF)などの信号を同時に送信することになりました。苦労したのは、測位衛星はL帯で信号を出さなければいけないので通信・放送衛星に比べると周波数が低く、波長が長いので地上試験をやると放電が起きやすくなることでした。放電が起きると機器が損傷します。放電による損傷は何度も起きて大変でしたが、設計上の工夫や試験の工夫で何とか乗り越えました。

明神:試験ではスペースチャンバーを真空引きして熱真空環境を作ります。スペースチャンバーを真空にしても、衛星自体からガスが出るため、ガスを出し切って衛星内部が真空状態になるまで時間がかかります。みちびきの少し前の衛星から衛星内部の真空度の把握は課題となっており、測位ペイロードの機器単体でも放電する真空度を把握することや、熱真空試験時のアウトガスを予測したり熱真空試験では衛星内部に真空計を入れたり、試験設備の担当部署とも連携しながら進めていきました。

明神氏と岸本企画官

── 開発期間が短かったことでスケジュール調整に苦労したことはありましたか?
岸本:測位ペイロードの開発はとても難しいのでスケジュールはどうしても遅れがちでした。開発中にコンポーネントの中で使っている部品に不良品が見つかりましたが、それを交換するために分解して取り出して良品に代えると3カ月くらい遅れてしまいます。出来上がったコンポーネントの技術試験も並行しながら、試験が終わったものを順番に渡して衛星を組み上げていくことで、衛星バスの担当にスケジュールを吸収してもらいました。そんな形でペイロード開発の遅れをバス側に協力してもらいながら、「2010年の夏に打ち上げる!」という共通の思いをスタッフ全員で共有して乗り越えました。一時期は胃が痛い時期もありましたが、苦しみながらギリギリ間に合ったという感じです。

小暮氏と松本氏

明神氏、岸本企画官と共に当時のJAXAみちびきプロジェクトの中核を担った第一宇宙技術部門 衛星測位統括の小暮聡氏(左)と高精度測位システムプロジェクトチーム プロジェクトマネージャの松本暁洋氏(右)

── 開発で他に苦労したことはありますか?
岸本:原子時計と水晶発振器を組み合わせたタイムキーピングシステムの製作にも苦労しました。原子時計は長期安定度がよく、水晶は短期安定度が高いので上手く組み合わせて所定の安定度を作り出さなければいけませんが、原子時計を取り扱うのは初めての上、空調などで周囲の温度が少し変わるだけでも変化してしまうので大変でした。衛星機器の内部で干渉が起きると良好な安定度にならないので、何回も試作しながら所望の安定度となるようにしました。

明神:原子時計の精度確保のための熱制御も大変でした。人工衛星の表面は太陽光を浴びる部分の温度が100℃くらいまで上昇しますが、原子時計は温度管理が非常に厳しく、1日の間に温度の変動幅を±1℃に抑えなければいけないという要求があり、それを維持するために原子時計専用の温度制御エリアを衛星バスの中に作り、搭載するパネルも他のペイロードとは完全に切り離して周囲から影響を受けない形にして、太陽光が当たらない面に熱を送るヒートパイプも配置しました。みちびきの準天頂軌道はそれまで経験のなかった軌道で、太陽電池パドルに太陽光が十分当たるようにみちびきの姿勢を回転させるヨーステアリングを行う必要があります。そうするとアンテナが搭載されているエリアの一部に常に太陽光が当たるため、中の機器の温度が上がらないよう太陽光を反射する鏡のような放熱板を付けるなどの対策を実施しました。(以下、後編に続く)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

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