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東大と三菱電機が準天頂衛星シンポジウムを開催

2022年11月21日

2022年9月28日、東京大学本郷キャンパスの福武ホールにて、東京大学国際オープンイノベーション機構と三菱電機株式会社の主催による「準天頂衛星が拓く安全・安心社会の実現に向けた高精度測位技術及び応用に関するシンポジウム」が開催されました。当日の講演の模様はオンラインでも配信され、会場及び配信を合わせて約200名の参加となり、盛況のうちに終了しました。その概要をご紹介します。

東京大学 中須賀教授

冒頭、主催者を代表して挨拶した東京大学の中須賀真一教授(工学系研究科 航空宇宙工学専攻)は、「みちびきのユニークな強みは6cmの精度を誇るCLAS(センチメータ級測位補強サービス)にある。これをどう応用していくかはワクワクする課題であり、三菱電機との共同研究を通じ、CLASの技術をより高め、応用範囲をより広くする上で「防災」「気象」「安全・安心」というキーワードが浮上した。それらのテーマを中心に、CLASの可能性を議論しさらなる利用拡大への契機にしようと、このようなシンポジウムを企画した」と主旨を説明しました。

「準天頂衛星システムの最新状況 ~防災への活用可能性~」

内閣府 上野室長

続いて内閣府の上野麻子室長(宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室)が基調講演を行いました。上野室長は、準天頂衛星システムの概要、応用事例、防災・減災への取り組みなどを解説し、「これまでネックと言われてきた受信機の価格も徐々に低下しつつある」として、CLASの普及の加速に期待を示しました。防災用途において衛星測位技術は重要なツールであるとした上で、GIS(地理空間情報システム)による地物の管理だけでなく、救難救助や物資輸送に関わる移動体の効率的な運用などにも役立てられると述べました。また、東南アジア・オセアニア地域の上空で、みちびきがその地域の災害情報をメッセージングサービスの一環として放送する計画にも触れました。

上野室長講演の様子

「次世代CLASとその防災インフラ利用」

三菱電機 佐藤氏

三菱電機株式会社の佐藤友紀氏は、現行のCLASを発展させた次世代のCLASについて講演しました。次世代型CLASとは、IGS(International GNSS Service; 世界規模で行われているGNSS観測事業)網など全球で取得した観測データと、MADOCA等のシステムが生成する軌道の予報値(超速報暦)を利用し、リアルタイムで軌道時刻情報をまず推定し、CLAS補強対象エリアのローカルな観測情報と統合することで補強情報を生成するものであると説明し、現行CLASのボトムアップ型に対して、トップダウン型でアプローチするものと位置付けました。その上で「この時に推定される電離圏遅延や対流圏遅延量は、軌道時刻情報とは同時に推定しないため、誤差が相関しない、分けて推定しやすいものであり、実際の物理量をより正確に反映したものになる」と説明しました。次世代型CLASの補強情報生成は、日本周辺の電離圏の状態や可降水量(大気中の水蒸気量)の変化を推定し続けるのと同じであり、「CLASは自然災害の早期警戒を可能とする電離圏対流圏監視システムになる」としました。
防災・減災への活用の可能性については、「2022年1月のトンガ海底火山噴火で生じた津波の到達前に発生していた電離圏擾乱の可視化事例」「可降水量データの反映により線状降水帯の発生を予測できる可能性を示した事例」などを紹介しました。また、ローカルな基準点群を追加することによるアジア・オセアニア地域への海外展開や、欧州Galileoの高精度サービスHAS(Galileo High Accuracy Service)との連携、補強情報の送信形式Compact SSRの国際標準化などを進め、自然災害のリアルタイム監視を重要なアプリケーションにしていきたいと述べました。

「GNSSの気象利用の概要と将来について」

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の藤田実季子氏は、観測された測位信号を解析すると、大気中の水蒸気量の全積算値を意味する「可降水量(PWV; Precipitable Water Vapor)」を精度よく求めることができ、国土地理院のGEONET(GNSS連続観測システム)の観測で得られたPWVが気象予測に活用されている現状を説明しました。気象予測の精度向上につながるPWV観測網の拡充や稠密(ちゅうみつ)化、補強信号を用いた広域リアルタイム監視への期待を語りました。

「宇宙天気現象とその高精度測位に対する影響」

NICT 津川氏

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の津川卓也氏は、大規模な太陽フレアで生じるX線放射や高エネルギー粒子による地球電離圏・磁気圏の擾乱(じょうらん)が衛星や通信に影響を及ぼす「宇宙天気現象」について説明しました。NICTの宇宙天気予報業務や、総務省の検討会が出した「最悪シナリオ」を紹介し、高精度測位の安定運用のために予報の重要性が高まっていると話しました。

ENRI 齋藤氏

続いて登壇した国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 電子航法研究所(ENRI)の齋藤享氏は、宇宙天気現象が衛星測位に与える影響や機序を解説しました。電離圏現象の統計的性質を把握した上で測位方式を設計すること、電離圏のリアルタイム監視情報を活用して近未来予測の精度向上につなげることが重要であると述べました。

「安全・安心な測位のために:位置情報のインテグリティ」

ENRI 坂井氏

電子航法研究所(ENRI)の坂井丈泰氏は、測位信号からだけではその信号の健全性を知り得ないという本質的な問題を提示しました。実際に起こったGPS信号異常の事例などを紹介しながら、インテグリティ(完全性)について「ある高い確率で測位誤差が一定値以内であることを保証する機能であり、航空分野ではむしろ精度よりも重要な要素となっている」と説明しました。インテグリティを確保するために航空分野でどのようなシステムや考え方がとられているかを解説し、防災分野等における位置情報利用のために参考となる話題を提供しました。

「CLAS Support on Septentrio receivers(セプテントリオのCLAS対応受信機)」

Septentrio デターク氏

Septentrio(セプテントリオ)のJan De Turck(ヤン・デターク)氏は、受信機メーカーの立場から見たGNSSの性質と特徴について説明した上で、測地や斜面・インフラ監視などのアプリケーションを紹介しました。基礎杭施工不良により入居後に傾いた横浜市のマンション事例を取り上げ、「こうした事象の監視や保証に、データ偽造が困難なGNSSを役立ててほしい」と解説しました。ダム堤体監視やMMS(モバイルマッピングシステム)への適用事例なども紹介し、防災分野では「衛星から補正データを受信するCLASは災害に強い」と位置付け、ドローンを使った応急GNSS基準局を提案するなど、コモディティ化している高精度測位のソリューション開発が重要だと話しました。

「サステナブルプラネットの実現に向けた高精度測位情報活用の取り組み ~ソニーの地球みまもりプラットフォーム~」

ソニーグループ 木村氏

ソニーグループ株式会社の木村学氏(R&Dセンター Tokyo Laboratory 14)は、センサで地球の変化を知り、人類の行動変容につながる情報を得ようという「地球みまもりプラットフォーム」のコンセプトを紹介しました。超広域センシングネットワークでのデータ収集・処理においてはGNSSによる時空間情報が基盤になるとして、異常事態の通知にはみちびきの災危通報(災害・危機管理通報サービス)も有効であり、測位衛星が果たす役割が大きいと説明しました。同社独自の低消費電力広域(LPWA)通信規格である「ELTRES(エルトレス)」による宇宙実証事例や、タイでの森林火災モニタリング事例などを紹介し、みちびきは、こうしたコンセプトの実現に欠かせないピースであると期待を語りました。

「みなモニター(水位計測)」

三菱電機 矢田氏

三菱電機株式会社の矢田進氏は、水面に浮かべたGPS受信機の観測データをクラウドに送信してCLAS信号で処理することで、3cm(RMS誤差)の精度で水位を把握する「みなモニター」を紹介しました。全国に15.4万カ所も存在する農業用ため池は、農業用水供給の一方で、自然災害による決壊で犠牲者を出す被害をもたらしてきました。水位センサに相当する浮体式のGPS受信機は、従来の定置型水位計に比べて設置が非常に簡単であり、自治体等のため池管理者はほぼメンテナンスフリーで水位モニタリングができるメリットがあります。まず法律で指定された約5.5万カ所の防災重点農業用ため池を対象にしつつ、それ以外の用途にも普及を目指したいと話しました。

パネルディスカッション

シンポジウムを総括するパネルディスカッションでは、パネリストとして登壇した6名の講演者(三菱電機 佐藤氏、JAMSTEC 藤田氏、ENRI 齋藤氏・坂井氏、Septentrio デターク氏、ソニーグループ 木村氏)に、司会を務めた東京大学の中須賀教授から「参加者の理解を深め、議論を広げられるような質問」が投げかけられ、それに対して次のようなコメントがありました。

・「水蒸気量観測においてはラジオゾンデ(気球に付けて高層気象を観測する機器)による観測を電子基準点が補完しているが、民間基準局で間を埋めることで、さらに時系列で詳しく見ることができるようになる」(JAMSTEC 藤田氏)
・「現状の宇宙天気情報は、測位結果を現在使っていいのかどうかというバックグラウンドの情報を与えることができる。予測はこれから。位置情報だけでなく時刻同期への影響も社会的には重要。極端な宇宙天気現象は、社会生活に深刻な影響を与える恐れがある」(ENRI 齋藤氏)
・「究極的には、ユーザーの観測データをすべて採り込み、移動体か固定点かなどで重み付けすれば、非常に高密度な基準点網が構築できる。これを極端な気象変化の早期警戒につなげられないだろうか。かなり先の将来の話になるが」(三菱電機 佐藤氏)
・「超広域のセンシングネットワークは、他己利益のために情報流通を促すボトムアップ型意思決定を促進するため、従来のトップダウン型の意思決定プロセスを補完するものになり得る」(ソニーグループ 木村氏)
・「GNSSのジャミングやスプーフィング検知は単独では難しいが、多くの受信機があると矛盾が生じて検知しやすくなる。皆でネットワークを組めば、安全性が高まっていく」(ENRI 坂井氏)
・「CLASへの期待として、オープンスカイでの100%のFIXが確立すれば、オーストラリアなどへの展開において、大きな可能性が広がる」(Septentrio デターク氏)

パネルディスカッション
三菱電機 廣川氏

最後に主催者である三菱電機株式会社の廣川類氏が、「このシンポジウムは、CLAS生成でもたらされる情報を何かに活用できないかという問題意識から企画したもので、実り多い議論を行うことができた。今後とも各方面との連携を続けていきたい」と閉会の挨拶を行いました。
シンポジウムを終えた東京大学の中須賀教授は、「この場だけで議論を終えるのでなく、皆が当事者であるとの意識をもって、今後の取り組みにつなげていくことが大事だと思っています」と話し、引き続きの議論の継続を促しました。

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

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