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衛星による防災シンポジウムでCLAS活用した取り組みを発表

2024年02月28日

2024年1月29日、みちびきなどの人工衛星を活用した防災の取り組みについて事例紹介や討論を行うイベント「衛星による防災シンポジウム ~特に衛星測位システムを活用した防災の現状と今後の可能性~」(主催:一般社団法人クロスユー、共催:東京大学、三菱電機株式会社)が、東京・日本橋室町にあるX-NIHONBASHI TOWERで開催されました。主催したクロスユーは、宇宙ビジネスの拡大を目的としたイベントやプログラムを開催している組織で、このイベントは内閣府宇宙開発戦略推進事務局、気象庁、海洋研究開発機構、防災科学技術研究所の後援により行われました。その中から、みちびきと衛星測位に関連した部分を紹介します。

多数の来場者で満席となった会場

宇宙が防災に貢献できる技術や取り組みを議論

中須賀教授

中須賀教授

講演に先立ち、クロスユーの代表理事を務める東京大学大学院工学系研究科の中須賀真一教授が主催者を代表して挨拶し、元旦に起きた能登半島地震で亡くなられた方々へ黙祷を行った後、このシンポジウムで「宇宙が防災に貢献できる仕組みや技術、取り組みについて議論する」という開催趣旨を説明しました。

三上参事官

三上参事官

続いて内閣府宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室長の三上建治参事官が挨拶に立ち、みちびきにはGPS補完だけでなく、センチメータ精度で測位できるサービスやメッセージを発信できる災害対応のサービスもあり、「こうしたサービスを最大限に活用して今後も必ず起きるであろう災害に対して備えていくことが大切で、それがビジネスとしてできれば“なお良し”だと思います」と、みちびきを活用した実証への参画や応援を呼びかけました。

災害時の衛星活用について解説する三上参事官

準天頂衛星システム センチメータ級測位補強サービス(CLAS)の最新状況

── 三菱電機 藤田征吾氏

藤田氏

藤田氏

三菱電機株式会社 鎌倉製作所の藤田征吾主席技師長が、CLAS(センチメータ級測位補強サービス)の概要、サービス性能評価状況、同社における今後の構想などを次のように解説しました。

『CLASに対応した低価格GNSSモジュールが発売されたことにより、運転支援や農業、ドローンなど、さまざまな分野へのCLASの社会実装が進行中です。サービス性能評価状況は、2018年11月のサービスイン後、仕様を上回る精度を実現していますが、2022年には太陽活動の活発化により電離圏(電離層)の擾乱による影響が見られたため、同年8月にパラメータ最適化を実施して精度が改善しました。今後も電離層の状況変化を注視しながら、さらなる改善を検討する予定です。

今後の展開としては、現行CLASの高度化に向けた開発を進めており、補強対象衛星数の増加や、打ち上げ予定のみちびき5号機からのCLAS配信による利便性向上や、CLAS信号認証機能によるセキュリティ向上を図る方針です。また、現行のCLASでは、ローカル網で全状態量を同時に推定し、各網で推定した衛星起因の状態量を統合する「ボトムアップ方式」を採用していますが、この方式は大気圏の擾乱などにより精度の安定性が低下するという課題があり、三菱電機では将来に向けてグローバル網を用いて衛星起因の状態量を先に推定し、それらを固定してローカルな大気圏遅延(電離圏遅延/対流圏遅延)の状態量を推定する「トップダウン方式」の採用を検討しています。これにより電離圏と対流圏の状態量の推定が可能となり、ゲリラ豪雨予測などに利用することで新たな付加価値向上につながります。

さらに、三菱電機ではみちびきからの地殻変動補正パラメータの配信も検討しています。CLASでは地図座標への正確な測位結果を表示するためには、受信機側で地殻変動補正を行う必要がありますが、現状では受信機側で地殻変動補正パラメータを定期的に入手する手間が発生するため、地殻変動補正パラメータを圧縮したデータをみちびきから配信することで利便性が向上します。』

みちびきの概要を説明する藤田氏

基調講演「次世代CLASとその防災利用」

── 三菱電機 佐藤友紀氏・赤間慶氏

佐藤氏

佐藤氏

基調講演では、まず三菱電機株式会社 先端技術総合研究所の佐藤友紀主席研究員が登壇し、前セッションで藤田氏が紹介した同社の構想についてより詳しい概要を説明しました。

『現行のCLASは日本各地で個別に推定したGNSSの誤差を結合する形で全国の補正データを生成しますが、次世代CLASではグローバル網を使って衛星に起因する誤差を先に決定した上で、それらを固定して電離圏や対流圏に関するローカルな状態量を推定します。これにより、たとえば日本国内において電離圏や対流圏の擾乱が起きている場合でも、局所的な影響を受けずにグローバルな補正データを生成することが可能となり、測位の安定性に寄与します。

それに加えて、グローバル網で衛星に起因する誤差を決定することで、より物理量に近い対流圏と電離圏の状態量を推定でき、防災など他の分野への応用において利便性が向上します。対流圏では水蒸気を直接観察することになるので、線状降水帯などの発生を予測しやすくなります。電離圏では、津波の兆候を察知するなどいろいろな種類の自然現象に対応することができます。

ボトムアップ方式とトップダウン方式は、生成方式は異なるものの補正データには互換性があり、CLASLIB(CLAS Test Library)による測位で検証しました。現在のところ、現行CLASと次世代CLASでは同等の精度が実現できることを確認しています。また、次世代CLASではグローバルな補正データを先に生成するため、アジアやオセアニアでの高水準なPPP(高精度単独測位)が実現できる可能性があり、さらにオーストラリアの一部など、基準点が密な地域では日本同等のPPP-RTK測位を実現でき、防災・減災に使えるインフラを海外に輸出できる可能性もあります。』

CLASに関わるデータの防災活用について解説

佐藤氏に続いて同じく三菱電機株式会社から情報技術総合研究所の赤間慶研究員が登壇し、衛星の視線方向の対流圏遅延量を気象の予測モデルに同化して降雨予測を行う取り組みについて発表しました。

赤間氏

赤間氏

『次世代CLASで推定した視線方向の対流圏遅延データをXRAIN(高性能レーダ雨量計ネットワーク)の画像と比較したところ、線状降水帯が発生している場所で視線方向湿潤遅延量観測値(SWD)が多いことが確認できました。衛星バスごとの対流圏遅延量の差を気象モデルの水蒸気水平分布に反映させることで、従来と比較して利用可能な観測値が増加し、広範囲に観測できるようになるため、降雨予測精度の向上や豪雨の早期予測が期待できます。数値シミュレーションでも降雨予測精度が有意に向上することが確認されており、今後もこの分野での可能性を追求し、実用化に向けて取り組んでいく方針です。』

対流圏遅延データの気象分野での利用に取り組む

「地球みまもりプラットフォームにおける宇宙技術の活用」

── ソニーグループ 木村学氏

木村氏

木村氏

ソニーグループ株式会社 テクノロジープラットフォーム Exploratory Deployment Groupの木村学氏(Deputy General Manager, Planetary Boundary IoT System)は、ソニーがプロジェクト推進する「地球みまもりプラットフォーム」について次のように紹介しました。

『地球みまもりプラットフォームは、これまでソニーが培ってきた民生品の技術を使って地球全域を見守る仕組みを構築する取り組みです。その構成要素は、センサー技術を使って「変化を捉える」、センシングした情報を超高域通信ネットワークに載せて「変化を伝える」、集めたデータを駆使して予兆分析やシミュレーションを行い「変化を理解する」の3つです。ソニーグループは、非常に優れた省電力性を備えるみちびき対応のGNSSチップや、長距離安定伝送と低消費電力が特長のIoT向け無線通信規格「ELTRESTM」のネットワークサービスなどを提供しており、こうした技術を組み合わせて、たとえば災害発生やSOSの信号を位置情報と共に送信して救援や消火活動を行うなど、地球規模の災害予兆センシングの実現を目指していきます。』

地球規模の災害予兆センシングの実現を目指す

「準天頂衛星の高精度測位を用いたハザードマップ作成」

── 茨城大学教育学部附属中学校 鈴木泉輝さん

鈴木さん

鈴木さん

茨城大学教育学部附属中学1年の鈴木泉輝さんが、みちびきのCLASを活用した測量によるハザードマップ作成の取り組みについてオンラインで発表しました。鈴木さんは小学生の頃から水準測量を始め、これまでに地盤工学学会関東支部や土木学会全国大会のほか、昨年(2023年)10月に富山市で開催された第67回宇宙科学技術連合講演会でも講演しています。ハザードマップにおける現状の課題は、見やすさと更新頻度の2点だと考え、自分が見やすい「マイハザードマップ」を作成したといいます。そして、マイハザードマップに要求される項目は、水の流れが推測できる数cmレベルの精度と、年1回程度の更新を可能にするため、手間がかからない仕組みを模索する中でCLASを活用したとして、次のように発表しました。

『初めにひたちなか市内の各所において水準測量により高低差を調べたところ、精度が高いものの、測定に非常に時間がかかるため、高い頻度で更新するのは難しいことが分かりました。そこで、より簡便にセンチメータ精度での高度分析を調べるためにCLASに注目しました。CLASであれば垂直方向の誤差は、静止物体の場合で12cm程度のため、ハザードマップ作成には十分であると考えました。
実際に、三脚にCLAS対応受信機を設置してスマートフォンで計測するシステムを作り、計測したデータを水準測量の結果と比較したところ、計測に疑問が残る異常値を取り除くと、差が非常に小さくなることが確認できました。10ポイント計測するのに水準測量では多くの時間がかかりましたが、CLASでは約1時間で完了し、CLASによるハザードマップ作成は効率がいいことが分かりました。』

計測システムについてオンラインで説明

パネルディスカッション

「宇宙は防災に貢献できるか?」

左から中須賀教授、別所氏、木村氏、藤田氏、佐藤氏、赤間氏

講演の後は、東京大学大学院の中須賀真一教授がモデレーターとなり、「宇宙は防災に貢献できるか?」をテーマにパネルディスカッションを行いました。パネリストは、オンラインで参加した鈴木さんを除くこの日の講演者、ソニーグループ株式会社の木村学氏、三菱電機株式会社の藤田征吾氏、佐藤友紀氏、赤間慶氏に加え、気象衛星による観測について講演した気象庁 情報基盤部 気象衛星課 衛星運用事業管理官の別所康太郎氏の5人が登壇しました。
現在の防災に向けた宇宙の利用活動において「さらにこれがこうなるとより効果的である」というものはあるか? との議題について、三菱電機の藤田氏は「将来的にはCLASを使って位置を高精度に求めるだけではなく、対流圏や電離圏の遅延データを公開することで広くユーザーに利用してもらい、いろいろな使い方を提案していただくことで防災に貢献できるようになる」と語りました。また、中須賀教授からの「高精度測位を使って地面の小さな動きから地すべりの兆候を把握したり、海上に浮かべたブイの上下運動を測定して津波警報システムを作るのはどうか」と問いかけに対しては、ソニーグループの木村氏が紹介した「地球みまもりネットワーク」などで情報を収集するシステムと上手く融合することで新しい利用方法が生まれるのではないかとの回答がありました。

講演した方々の知見を今後の開発に活かしたい

廣川氏

廣川氏

最後は三菱電機株式会社 鎌倉製作所の廣川類主管技師長が閉会の挨拶を行い、世界で初めて国家インフラとしてセンチメータ級測位を日本が実現できたのは、もともと地震が多い日本において、国土地理院が全国的に高い密度でGNSSによる観測を行っていたからとした上で、「対流圏や電離圏の影響を知るための仕組みができて、大気の湿度を調べられる技術が初めて実証ができるようになりました。我々は台風や地震と戦い続ける運命にありますが、そのピンチをチャンスに変えるためにも、今日講演していただいた方々の知見をこれからの開発に活かしていきたいと思います」と締めくくりました。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

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