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ブリ稚魚の生態に迫る、長崎大の「流れ藻GPS観測システム」

2017年08月07日
長崎大学の河端准教授

長崎大学の河端准教授

長崎大学水産・環境科学総合研究科の河端雄毅准教授らの研究グループはこのほど、海面を漂う「流れ藻」にカメラやGPS機能を備えた観測システムを取り付け、その下に集まるブリ稚魚などの連続観測を行い、その行動を明らかにしました。

カメラモジュールなどを筏に固定し、観測システムを準備

カメラモジュールなどを筏に固定し、観測システムを準備

日本は世界最大の養殖ブリの生産国

市場に出回るブリやカンパチ(スズキ目アジ科ブリ属の大型回遊魚)は半数以上が養殖魚で、国内生産量は14万トン超と養殖魚の中では最大です。しかも日本は世界最大の養殖ブリの生産国となっており、そのほぼ全量が、海上で採集・捕獲した稚魚を「天然種苗」として生簀(いけす)で成長させたものです。
こうした稚魚は、海面を漂う流れ藻の周辺で群れをなしていることからモジャコ(藻雑魚)とも呼ばれます。近年の資源量は安定しているものの、沿岸開発や温暖化等によって流れ藻の減少が懸念されており、天然稚魚の漁獲量、ひいてはブリ養殖魚の生産量低下も心配されています。

流れ藻の周辺で群れをなすモジャコ(藻雑魚)

流れ藻の周辺で群れをなすモジャコ(藻雑魚)

GPSを使った漂流型の観測システム

河端氏らの研究グループは、これまでよく調べられていなかった稚魚の行動に迫るため、流れ藻+カメラ+GPSによる漂流型の観測システムを構築し、以下のように運用してきました。

1)沿岸で海藻のアカモクを予め採取しておく。
2)採取しておいた海藻を筏(いかだ)に固定する。
3)筏には、1時間のうち2分間だけ動画撮影を行うよう設定した小型広角のアクションカメラと、静止画用のデジタルカメラを装着。マリンスポーツ用の耐水ケースに入れて水面下の様子を撮影する。
4)さらに、GPSで取得した位置情報を衛星通信回線(イリジウムのショートバーストデータ)で送信するブイ(ゼニライトブイ社製)を備える。ブイの位置情報は電子メールの添付ファイルとして30分ごとに通知される。
5)漂流観測開始からおおむね1週間後に筏を回収する。
6)動画像データや水温、塩分濃度等のデータを取得し解析する。

観測システム

観測システムの構成:a)インターバルカメラ2基(映像・静止画)、b)電波発信機、c)GPS衛星送信ブイ、d)照度データロガー、e)水温データロガー、f)海藻(アカモク)

2012年から運用し、試行錯誤を繰り返す

2012年から漂流型観測システムの運用を始め、これまでに21回試行し、21回とも回収成功という特筆すべき成果を上げています。
「ただ、毎回スムーズに回収できたわけではありません。通知される位置情報から座礁上陸と分かったケースや、地図を見たらその場所に漁協があり、電話してみると『網にかかって持ち込まれた』というケースもありました。常に位置情報が把握できているので、多くの場合は鶴洋丸(同大学の練習船)を予約し、座標を頼りに回収に向かいましたが、試行錯誤の段階では観測航海中の長崎丸(同大学の観測船)に迂回をお願いして回収してもらったこともあります」(河端准教授)

観測システムの輸送経路図

観測システムの輸送経路図(出典:Hasegawa T, Takatsuki N, Kawabata Y, et al., "Continuous behavioral observation reveals the function of drifting seaweeds for Seriola spp. juveniles", "Marine Ecology Progress Series", Volume 573, 2017-06-21, pages 101-115.)

一方で筏の回収率こそ100%ながら、観測データの取得は困難の連続といいます。
「操作ミスやカメラの不具合という苦い失敗もあれば、大波で筏が反転し、水中を撮るはずのカメラに海鳥が羽根を休めている様子が映っていたケースなどもあります。ただ、いずれにせよ映像記録による豊富な情報を、洋上の筏からリモートで取得する手段は、いまのところありません。測位衛星と衛星通信システムのおかげで筏の位置が常に把握でき、洋上でも回収可能であることが、この観測システムの要となっています」(河端准教授)

内水面~洋上と幅広く魚類の調査研究に関わってきた河端准教授(左の写真はデンマークでの調査時)

内水面~洋上と幅広く魚類の調査研究に関わってきた河端准教授(左の写真はデンマークでの調査時)

筏の骨格は浮きと塩ビパイプ。「鶴洋丸」船上で作業中の河端准教授(右)と研究チームの大学院生(当時)、長谷川隆真氏(左)、高月直樹氏(中央)

筏の骨格は浮きと塩ビパイプ。「鶴洋丸」船上で作業中の河端准教授(右)と研究チームの大学院生(当時)、長谷川隆真氏(左)、高月直樹氏(中央)

昼間は周囲を遊泳(左)し、夜間は流れ藻の下で密着して眠る(右)

昼間は周囲を遊泳(左)し、夜間は流れ藻の下で密着して眠る(右)

そもそもブリ属の稚魚がなぜ流れ藻に集まり、どう暮らしているのかも定かではありませんでしたが、今回の研究で「昼間には流れ藻周囲を遊泳するが、夜間には流れ藻直下に滞留し、体を密着し合って眠る」「群れの大きさにより、滞留・遊泳や、天敵回避のための行動が異なる」などの行動が明らかになりました。
こうした知見が将来的に隠れ家や群れ場となる浮き魚礁の運用に寄与し、ブリ属稚魚の安定供給や持続可能な利用につながるものと期待されています。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

参照サイト

※ヘッダおよび本文画像・資料提供:国立大学法人長崎大学/同大学水産・環境科学総合研究科 河端雄毅准教授

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