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みちびき対応の超小型GNSS受信機、宇宙空間での安定動作を確認

2018年03月12日
打ち上げの様子

SS-520-5号機打ち上げ(2018年2月3日、画像提供:JAXA)

中部大学は2018年2月27日、同大学の海老沼拓史講師(工学部電子情報工学科)が開発し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型ロケットで打ち上げた超小型・省電力の宇宙用GNSS受信機「fireant(ファイアアント)」が、打ち上げから1カ月近く経過した後も正常に動作していることを確認したと発表しました。
fireantはみちびき/GPS/GLONASSに対応しており、東京大学が開発した超小型衛星TRICOM-1R(トリコム-1R、愛称「たすき」)に組み込まれて、2月3日に鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から観測ロケットSS-520-5号機で打ち上げられました。同ロケットは通常は弾道飛行による高高度での科学観測を目的にしており、人工衛星の軌道投入に成功したのは今回が初めてです。

TRICOM-1R

超小型衛星TRICOM-1R(縦12cm×横12cm×高さ35cm)。地球撮像のほか、広域のセンサデータ収集などデータ中継の実証実験も行うために「たすき」と名付けられた。右側面の黄色いカバーの下にfireantが取り付けられている。経済産業省委託「宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証)」の一環として、打ち上げをJAXA、衛星の開発・運用を東京大学が担当した(画像提供:東京大学)

大幅な省電力化とコストダウンを実現

超小型衛星に搭載される機器やモジュールには、大型衛星とは異なる制約が課せられます。まず、衛星が小さいため、太陽電池を装着できる表面積が限られ、省電力動作が必須となります。今回のGNSS受信機の消費電力は約150ミリワットと小さく、全体でも1ワット以下という超小型衛星のシステム成立に大きく貢献しました。
また、ローコストであることも必須です。超小型衛星はそもそも、少ない費用で宇宙利用の機会を増やすことを大きな目的としています。それには民生品に宇宙特有の設計ノウハウを盛り込み、ほどよい信頼性を実現するという設計思想(=東京大学・中須賀真一教授が提唱する「ほどよし信頼性工学」)が求められます。
fireantのベースとなっているマルチGNSS受信機「firefly」は、海外受信機メーカーのカーナビ用民生品をメーカーの協力を得て海老沼氏自身が改良し、耐放射線環境試験などもクリアしたものです。これにより従来品に比べ大幅な省電力化とコストダウンを実現しました。

fireant

宇宙用GNSS受信機「fireant」。左は小型受信機を組み込んだ基板(縦22mm×横17mm×厚み3mm)。衛星は秒速数kmで高速移動するため、電波の大きな周波数ずれ(ドップラーシフト)に対応する必要があった。右は基板の表面(左)と裏面(右)。表面中央部がアンテナ、裏面上部が受信機(画像提供:中部大学)

以前から衛星やロケット搭載の利用実績

海老沼氏が開発したfirefly/fireant受信機は、TRICOM-1Rに搭載される以前からローコストの宇宙用GNSS受信機として利用実績を重ねてきました。地球再突入時に大気で機体を減速する実験を行った展開型エアロシェル実験超小型衛星「EGG」では、衛星の位置(高度)を連続記録する上で大きな役割を果たしています。

EGG落下のGPSデータ

EGG落下のGPSデータ(2017年6月23日、東京大学/日本大学/JAXAの記者発表資料より)

また、2015年9月打ち上げのJAXA観測ロケットS520-30号機や、2017年7月打ち上げのインターステラテクノロジズ株式会社の観測ロケットMOMO初号機にも搭載され、高い速度、加速度、加速度の変動(ジャーク)が加わる過酷な環境でもロケットの飛翔軌跡を記録しました。

MOMO初号機の飛翔軌跡

Google Earth上に表示されたMOMO初号機の飛翔軌跡。fireflyと慣性航法装置によって取得された軌跡が、KMLファイルのオープンデータとして公開されている(データ出典:インターステラテクノロジズ株式会社)

ロケット打ち上げでは、万一に備え飛翔経路を監視する飛行安全業務のため、追尾用の地上レーダが用いられてきました。海老沼氏は、「飛行安全において、レーダ局を廃止してGNSSを利用するのは世界的な流れでもありますし、自前のレーダ局を持つことが実質不可能なMOMOなどの小型衛星向けロケットには必須の技術と思います。超小型衛星だけではなく、現在競争が活発化している民間の小型ロケットでも、fireflyのような小型GNSS受信機の活用が期待されます」と語っています。
また、fireantはJAXAのイプシロンロケットで打ち上げられる革新的衛星技術実証1号機の実証テーマとしても採択されています。海老沼氏によれば、「宇宙空間でみちびきの信号を受信し、測位に利用したことが確認できる」のは、受信機内部の詳細なデータが得られる革新的衛星技術実証1号機が初めてとなる見込みです。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

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