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北アルプス“氷河”の学術調査にGNSS測量が貢献

2019年11月14日

自然地理学を専門とする新潟大学理学部の奈良間千之(ちゆき)准教授を団長とする唐松沢氷河調査団は、学術的定義に基づき、長野県の唐松沢雪渓が「氷河と確定した」と発表しました。調査にはGNSS測量が大きな役割を果たしています。調査の詳細とその意義について奈良間氏に聞きました。

夏から秋の短期間に落石を避けながら調査

氷河は「厚みのある氷体(ひょうたい)のうち長期間にわたり連続して流動するもの」と定義されています。越年する雪渓が氷河かどうかを判定するには、表面を覆う積雪が融け氷体が露出し始める夏の終わりから、降雪が始まるまでの短い期間の間に現地で調査する必要があります。北アルプスの唐松沢雪渓は、長野県白馬村にある岩岳スキー場からも一望できる場所にあります。冬場には20~30mの積雪となるだけに、調査は容易ではありません。

「沢を下って現場に行くわけですが、朝4時半に山小屋を出発しても到着は10時頃。絶えず落石があるので監視役は欠かせませんし、ガスが出ると落石が見えなくなるので作業を中止しなければなりません。帰りはずっと登りになるので、午後2時前には現地を出発します。それでも山小屋に戻れるのが夜7時すぎというスケジュールです」(奈良間氏)

氷河であることが確定した唐松沢雪渓

北アルプス北部の唐松岳(標高2696m)北東側に広がる唐松沢雪渓。今回、氷河であることが確定した

1カ所40分のGNSS観測を6カ所で実施

2018年の調査は、次のような手順で行いました。
1)地中レーダーで氷の厚みを測定
2)最厚部付近に、谷筋に沿って約50m間隔でポールを5本設置
3)基盤岩を開削し、GCP(Ground Control Point、地上基準点)を設定
4)ポール5本の位置とGCPの計6カ所にアンテナを静置し、1カ所当たり約40分のGNSS観測を行う
5)取得データをスタティック法で解析し座標を求める。電子基準点「白馬」を基準局に使用
6)約1カ月後に現地を訪れ、同じ手順でデータを取得
7)5)と6)のデータを比較

地中レーダーで氷体の厚みを測定 

地中レーダーで氷体の厚みを測定 

ポール設置のための削孔作業

ポール設置のための削孔作業

上流側は岩壁が迫るが下流側(北東側)は開けており、各地点で10~13機の衛星を捕捉できた。解析はL1+L2、仰角マスクは15度に設定

上流側は岩壁が迫るが下流側(北東側)は開けており、各地点で10~13機の衛星を捕捉できた。解析はL1+L2、仰角マスクは15度に設定

ポールの移動を解析したところ、約1カ月間で最大約25cmの流動があったと分かりました。奈良間氏は、GNSS測位による流動量の判明が氷河であることの決定的な証拠の一つだと言います。

「人工衛星を用いた干渉SAR*や、ドローンを用いた画像解析なども研究に取り入れていますが、GNSSによる高精度側位はセンチメートルオーダーの精度が容易に得られるため、そうした解析の検証データにも使えるなど大変頼れる手法です」

*干渉SAR:人工衛星に搭載された合成開口レーダーによる複数(異なる日時)の観測データを重ね合わせて地表面のわずかな変化を読み取る手法。衛星からの視線方向にのみ感度を持つ

「氷河学の教科書」も改訂が必要な成果

2012年以降に発見された日本の氷河は、今回が7件目です。

「そもそも日本のように温暖な中緯度地域の、それも標高の低い2千m前後の場所に氷河が存在するのは、世界的に見て非常に珍しいことです。珍しい生き物の新たな生息地が見つかったというのに似ているかもしれません。生物の場合なら生活環境や繁殖プロセスに関する新たな知見が期待できますが、氷河に関しても同様です。氷河の生成過程や流動のメカニズムなどで、新たな知見が期待できますし、そもそも“ない”と思われていた中緯度低標高の氷河ですから、氷河学の教科書も改訂が必要になってきます」

新潟大学の奈良間准教授

新潟大学の奈良間准教授

奈良間氏の調査隊は、今年秋にも現地を訪れました。

「落石で曲がったポールもありましたが、5本全てが何とか残っていました。曲がったものは氷の中で鉛直な部分を残して切断、継ぎ足すなどしてGNSS測量を行いました。データは解析中ですが、1年を通した流動量が分かれば流動のメカニズムを知る貴重なデータになります」(奈良間氏)

奈良間氏は、来年11月に出国する第62次南極観測隊の夏隊に加わり、氷床と氷河の調査を計画しています。

「大陸の上に載る溢流(いつりゅう)氷河の末端付近には棚氷があります。氷河末端である陸地と海洋の境目がどこなのか、つまり南極の“河岸”はどこなのかは大まかにしか分かっていません。この“接地線(grounding line)”と呼ばれる、陸地と海洋の境界を確定する調査を、昭和基地から約20km離れたラングボブデ氷河をベースに約1カ月かけて行います。接地線より下流の棚氷は潮汐により上下しますが、棚氷~接地線付近に簡易なGNSS測量機器を10~20個ばらまいて潮汐による鉛直変動を観測し、接地線を見つけられればと思っています。現在はそのような用途でデータを取得・回収できるシステムやデバイスを探しています」(奈良間氏)

奈良間氏は、天頂から補強信号を降らせて単独測位でセンチメートル級の精度を可能とするみちびきにも期待を寄せています。

「今回の調査ではまだみちびきを使用していませんが、その場で正確な座標が分かるなら研究ツールとして大変有用です。そもそも到達するのが困難な場所なのでモバイルネットワークもつながったりつながらなかったり。これまでは持ち帰って解析してやっと分かったことが現場ですぐに分かるなら、さまざまな発見が期待でき、その場で調査計画を変更するという決断も可能になるかもしれません。アジア地域一帯で利用できるとすれば、もっと助かります」

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

※ヘッダ及び本文画像提供:新潟大学理学部 奈良間千之准教授

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