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位置情報を活用したバイオロギングの研究を聞く

2017年03月20日

バイオロギング(Bio-Logging)という言葉をご存知でしょうか。野生生物の行動を把握するため、小型の機器を生物に装着し、記録されたデータを回収・取得する研究手法のことで、近年、急速に進化しています。
照度、温度、圧力、加速度などに加え、最近では小型で省エネ型の衛星測位モジュールを装着し、無線でデータを送信することも可能になっています。そして、この研究手法は海洋生物や鳥類・魚類などの知られざる生態を明らかにしてきました。もとは「Bio(生物)」と「Log(記録する)」を組み合わせた和製英語ですが、現在では正式な学術用語として定着しているといいます。

海鳥の位置情報で海上の風向きを推定

当サイトでもニュースとして紹介しましたが、東京大学大気海洋研究所は昨年(2016年)7月、海鳥に装着した記録装置(ロガー)による位置情報データから、海上に吹く風の向きや強さを精度良く推定したと発表しました。
この研究は、野生生物の行動把握のために小型機器を装着するバイオロギングの手法によるもので、そもそも海鳥の生態を知るために行われた研究でした。その過程で得られた海上の風に関する情報は、気象学の研究者が身を乗り出すような魅力的なものだったのです。

東京大学大気海洋研究所

今回は、この研究を主導した東京大学大気海洋研究所の佐藤克文教授を千葉県の柏キャンパスに訪ね、位置情報活用による「ホームラン級の大ヒット」(佐藤教授)と評されるこの事例について話を聞きました。

大学院生の取り組みが発端

佐藤教授には、まず研究を始めたきっかけを伺いました。

東京大学大気海洋研究所 佐藤克文教授

「海鳥の飛翔行動を研究テーマにしている大学院生の米原善成くん(博士課程3年)の取り組みが発端です。オオミズナギドリはダイナミックソアリングと呼ばれる滑空飛行を行いますが、ではどんな時にどの程度滑空し、どれだけ頑張って羽ばたくのか? 加速度計とGPSのデータに加え、風向や風速のデータが欠かせません。探してみると、人工衛星による海上風のデータが入手できることが分かりました」(佐藤教授)

一般に人工衛星による海上風の観測は、衛星から届く電波の海面での反射・散乱波を計測することで行います。風が強いほど海面は大きく波立ち、電波がさまざまな方向に散乱します。この原理を使い、宇宙から海上風の強さを推測する観測手法です。しかしこの方法で得られるデータは、衛星軌道の制約などから1地点で1日2回。しかも沿岸では、陸地で電波が乱されるためデータが手に入りません。

東京大学大気海洋研究所 佐藤克文教授

「オオミズナギドリに取り付けた加速度計やGPS受信機からは、1秒ごとにデータが吐き出されます。生態を調べたい生物学者からすれば、位置情報は高頻度であるより長期間であるほうがありがたいものなんです。オオミズナギドリの採餌(さいじ)行動は多くの場合、日帰りですが、時には北海道沿岸まで1週間ほどの出張に出ることもある。可能ならその全行程を記録したい。ただ、そんなに電池は持たない。ならば全期間は取れなくてもいいから、ファインスケールでデータを取ってみようとしたわけです」
「とはいえ、わずか1日2回の海上風のデータと、毎秒取れる加速度や位置のデータではギャップが大きすぎる。どうしたものかと思案するうち、米原くんが『先生、GPSデータを見ているとそれだけで風速が分かるような気がするんです』と言うのです」(佐藤教授)

推定した風速が衛星データと一致

米原氏の考えは、次のようなものでした。
──
毎秒の位置情報の差分は、1秒ごとの移動距離と向き(極座標変換で対地速度ベクトル)を意味します。一方、短時間で見ると、向かい風でも追い風でも滑空飛行による対気速度は一定と考えられるので、以下の式が成り立ちます(風速は未知)。

・「追い風時の対地速度-風速=向かい風時の対地速度+風速」(=対気速度)
  ゆえに、「風速=(追い風対地速度-向かい風対地速度)÷2」

一定時間の飛翔データを切り出し、速度ベクトルの「大きさ」を縦軸、「向き」を横軸としてプロットすると、グラフはサインカーブの上に乗りました。サインカーブの山が意味するのは、オオミズナギドリが追い風に乗って滑空し、速度が増している状態。逆に谷は向かい風で速度が低下した状態。山と谷の中間の高さは、上式で示される「風速」となり、その向きは谷から山に向かう方向となります。

オオミズナギドリの飛行経路

(左)飛行経路は1秒ごとの位置情報をもとに描いており、点の間隔が飛行速度に相当。それを見る限り、飛行速度が増加するところと減少するところがあることが分かります。(右)この5分間の飛行での飛行速度と進行方向の関係から、風向・風速を推定しました(図版:東京大学大気海洋研究所プレスリリースより抜粋)

東京大学大気海洋研究所 佐藤克文教授

「しかもこうやって推定した風速は、人工衛星によるデータとよく一致しました。風向きが衛星と海鳥でズレることもありましたが、それは風速が弱い時。風速が弱ければ風向が測りにくいのは当然で、逆にそれを見た時に私は『これはホンモノだ!』と感じましたね」
「そして2年前、気象学者も参加するシンポジウムでこれを発表すると大反響でした。このデータを使ってスーパーコンピュータでシミュレーションを行うと、以前に比べ格段に良い結果が出るはずだと期待されています。スパコンが良い結果を出すということは、そこに入れたデータが“良いデータ”であるということ。これを活用した新たな研究テーマも生まれてきました」(佐藤教授)

新しい道具が生まれた時がチャンス

オオミズナギドリは英名で「streaked sheawater」、波を薙ぎ払うかのように水面すれすれを飛翔する様子が名前の由来となっています。体重500g前後で翼開長(よくかいちょう)は120cmに達します。研究者は、オオミズナギドリの繁殖地である三陸沿岸の無人島でキャンプ生活を送りながら、巣穴に出入りするところを捕まえては装置を装着・回収しデータを取得します。

ドローン用に開発された「Ninjascan」という製品名の超小型ロガーを防水化し、海鳥に装着する計画や、リコー製の全球画像を連続取得できるカメラを樹脂含浸しウミガメに装着する計画なども進行中。「新しい道具が生まれた時がチャンスなんです」(佐藤教授)と“ブルーオーシャン(未踏の分野)”に挑みます。

生物学の研究領域も拡大

大学院生の米原氏は、今回の研究論文で2016年度の岩手県三陸海域研究論文知事表彰で岩手県知事賞を受賞しました。また、昨年暮れには国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)で、佐藤教授が研究代表を務める「サイバーオーシャン:次世代型海上ナビ機構」という研究課題が新たに採択されました。これは海上航行の安全に資するため、風や波浪や海流など時々刻々変化する海象を「海のダイナミックマップ」として提供するための技術基盤構築に取り組むもので、新たな成果が期待されています。

東京大学大気海洋研究所 佐藤克文教授

デジタルとは一見、無縁に思える生物学の世界でも、新たな道具の登場で格段に研究領域が広がっています。電子デバイスの小型化高性能化で得られるデータ量が爆発的に増加し、そのビッグデータを新たな視点で分析することで、有益な情報を引き出すことができるという一例です。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

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