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国土地理院のミニドラマ映像、制作の背景とねらいを聞く

2018年12月25日

大きな地震によって地面が大きく動くという事実はよく知られていますが、実は地震がなくてもプレート運動によって日本列島は常に複雑な地殻変動にさらされ続けています。日々の動きはわずかですが、高精度な測位手段が普及することでそのわずかなズレを意識せざるを得ないシーンが出てくるかもしれません。国土地理院は先ごろ、高精度測位が当たり前となった少し未来の日本を舞台にしたミニドラマを制作し、その映像をYouTubeで公開しました。制作の背景やそこに込められたねらいを、国土地理院測地部の矢萩智裕(としひろ)・物理測地課長に聞きました。

矢萩氏

国土地理院の矢萩氏

セミ・ダイナミック補正とは?

まず、どうしてこのミニドラマ制作が必要となったのか、その前提となる地殻変動とセミ・ダイナミック補正について、矢萩氏に伺った話を踏まえ説明します。
そもそも地図とは、地形や地物の相対的な位置関係を正確に記録した上でそこに座標を与えたものです。その座標を手がかりにさまざまな情報や機能が結び付けられ、位置情報を利用するサービスが成り立っています。たとえばスマートフォンで衛星測位を行って地図上に現在位置を表示させる場合、衛星測位で得られた座標と地図に埋め込まれた座標の両方が正確でないと正しい位置は表示されません。
米国政府はGPS公式サイトの冒頭で「あなたの端末の現在地表示が間違っていたら、それはGPSではなく地図ソフトの問題です」と訴えます。これは地図の側に誤りがあることを示唆するもので、同サイトでは地図事業者への修正依頼のリンクを設けているほどです。

一方、日本では、どれほど正確に位置座標を設定したとしても、時を追うごとに「地図が間違っていってしまう」という日本ならではの事情があります。その要因が活発なプレート運動です。日本列島はオホーツク、太平洋、フィリピン海、ユーラシアの4つのプレートの境界に位置しており、複雑な地殻変動が起きています。また大地震で急に大きな変位が生じる場合もあります。
日々動き続ける国土に位置座標を与える際には、ある共通の時刻における位置として日時付きのスナップショットとして座標を記録する必要があります。地図の世界ではその共通の日付を「元期(げんき)」と呼びます。日本では1995年の阪神・淡路大震災後に電子基準点の本格的な整備が加速しました。そして電子基準点によるGNSS連続観測網GEONETが稼働した後の1997年1月1日が、元期と定められました。
公共測量に用いられる基準点や水準点の座標値は、この時点にさかのぼっての位置として提供されてきました。さらにそこからどれほど動いたかについては、毎年度の補正パラメーターを提供する形で運用が進められています。これがセミ・ダイナミック補正という手法です。

提供:国土地理院

GPSやみちびきによる位置と地図のズレ(提供:国土地理院)

2011年の東日本大震災では東日本一帯が大きく動きました。たとえば電子基準点「牡鹿」は東南東方向に5.3m移動、鉛直方向に1.2m沈下しています。これに伴い東北・関東甲信越と中部地方の一部の県で、基準点・水準点の座標値が改められました。この際のスナップショットの日付は2011年5月24日。半端な日付となっているのは、世界の中での日本の位置を決める際に利用されるVLBI局による国際協調観測のスケジュールによるものです。
つまり日本の基準点の位置は、西日本と北海道で1997年1月1日、東日本が2011年5月24日という2本立ての元期が使われており、それぞれに阪神・淡路大震災と東日本大震災という2つの自然災害が深く関わっている訳です。

高精度測位により、補正の必要性が一般化

提供:国土地理院

(提供:国土地理院)

ミニドラマでは、転校する友人への贈り物を託したドローンが隣家に降りてしまうシーンが描かれています。
「日本にいる限り地殻変動の影響は避けられません。その蓄積で生じる『地図上の位置』と『衛星測位で得られる位置』の不整合を放置した場合、どのような不都合な事態が起こり得るかを制作に関わったメンバーで考えてみました」(矢萩氏)

制作メンバー

今回の映像制作に関わったメンバー。右手前が矢萩氏

企画段階では次のようなシチュエーションも検討されたそうです。誇張はあるもののいずれも起こり得る事態であると言えます。総合的な検討を経て最終的に「少女がドローンに贈り物を託す」という舞台設定が選ばれ、シナリオも制作メンバーによって作られました。

 <不採用アイデアの一例>
 ・土地の境界線を巡る泥仕合
 ・自動走行ビークルのトラブル
 ・魔女が宅急便を誤配達
 ・ミニロケットがラブレターを誤配達
 ・「ボーッと測ってるんじゃないよ!」と伊能忠敬に叱られる

制作に当たって設定した視聴対象層は「スマホ等で地図アプリを使ったことのある中学生以上」でした。「一般の方に地図や衛星測位の役割と重要性を知っていただきたい、特に次世代を担う若い世代の方に興味を持ってほしい」というねらいがあったそうです。
「伝えたいことを詰め込み過ぎないように。短いドラマなのでメッセージを削ぎ落とし削ぎ落とし、最後に残った私たちがもっとも伝えたいメッセージは何か?という答えが、『地面の動きを補正する』ということでした」(矢萩氏)

提供:国土地理院

地殻変動を補正(提供:国土地理院)

現実にはプレート運動による地殻変動で生じた位置のズレ量は最大で約1.9m(沖縄県西表島)、本州ではもっとも大きい仙台で約1.0m程度となっています。測量の世界ではこうしたズレを吸収するセミ・ダイナミック補正の手法が使われてきました。補正量算出に使われる5kmメッシュのパラメータは国土地理院から提供され、現在は年1回の頻度で更新が行われています。しかし高精度の位置情報を誰もが容易に得られるみちびきの登場で、この補正手法を一般の測位サービスまで拡大するニーズが高まりつつあり、更新頻度の短縮化やメッシュの細分化による精度向上を実現する必要性が生まれています。

図版提供:国土地理院

地殻変動によるズレの補正方法(イメージ、提供:国土地理院)

国土地理院では新しい地殻変動補正システムの構築に向けたロードマップを示し、研究開発をスタートしています。高精度測位社会に対応し位置情報の高度利用を促すこのシステムは未来の日本へと託された贈りものとなることでしょう。

提供:国土地理院

(提供:国土地理院)

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

参照サイト

※記事中の図版・画像は国土地理院提供

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