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[実証2025-4] 東京海洋大:即時津波予測システムを目指した、AISの任意メッセージ項目を利用する海洋表層流れの高精度データの取得

2026年10月05日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2025年度に国立大学法人東京海洋大学が、古野電気株式会社の協力を得て実施した「即時津波予測システムを目指した、AISの任意メッセージ項目を利用する海洋表層流れの高精度データの取得」の取り組みを紹介します。東京海洋大学の稲津大祐教授(学術研究院 海洋資源エネルギー学部門/海洋資源環境学部 海洋資源エネルギー学科)、久保信明教授(学術研究院 海事システム工学部門/海洋工学部長)、福田厳准教授(学術研究院 海事システム工学部門/海洋工学部 海事システム工学科)、小林海斗研究員(海洋工学部 海事システム工学科)の4氏に話を聞きました。

取材写真

左から久保氏、福田氏、稲津氏、小林氏

国際海事機関(IMO、国連の専門機関)の規定により、所定の仕様を満たす船舶には、船の名前や種類、大きさ、位置情報、進む方向や速度、目的地などを発信する「船舶自動識別装置(AIS)」が搭載されており、その数は全世界で数十万隻に上ります。AISで発信されるメッセージのフォーマットは国際電気通信連合(ITU、国連の専門機関)で規定されています。各船舶からVHF帯(特に161.975と162.025 MHzの2つの周波数帯)の電波で発信された情報は、主に周囲の船舶間で直接共有されるほか、地上局での交通管制や衛星を介した広域の船舶動静把握にも活用され、船舶の安全・効率的な運航や海難救助などの目的に利用されています。また、世界中の航行船舶から得られたAISの情報はビッグデータとして蓄積され、貿易統計の作成や海運市況の予測など様々な用途に活用されています。

AISメッセージは1~27のIDに分類されており、もっとも主要なメッセージであるID 1、2、3(Message 1-3、以降Msg 1-3)では、緯度・経度や対地速度、対地方位、船首方位など、安全に関わる基本的なデータを提供します。

稲津氏は、Msg 1-3に含まれる基本情報を解析することにより、2011年の東日本大震災を引き起こした津波の沖合での流れが10数隻の航行船舶で定量的に測れていたことを発見し、2018年に論文を発表しました。AISデータに含まれる位置情報と船首方位の時間変化をもとに、船首方位に垂直な方向の速度成分(スウェイ)を抽出した上で、船体の長さや幅などの情報を使って補正し、流れに対する船体の応答を加味して計算することで、船首方位に垂直な方向の海水の流れ速度を推定したのです。航行中の船舶は津波や表層海流によって水平方向にドリフトし(船体がずれて)揺らぎが発生するため、それを分析することで津波の流れを検出することが可能となります。

稲津氏

「3.11(東日本大震災)とその後では海底ケーブルによる地震津波観測網が注目されましたが、AISで取得されたデータを確認したところ、こちらにも津波の流れの影響が顕著に現れていました」(稲津氏)

Msg 1-3のフォーマットでは緯度・経度が0.0001分(数十cm精度)までしか入れられず、船首方位も1度刻みですが、稲津氏は、高精度な位置情報や方位を利用することで、より小さな津波の流れを沖合で検出できると考えました。これにより、沿岸部の潮位観測所や海底ケーブルによる地震津波観測網が整備されていない海域においても、沖合船舶のAISを利用した安価で実用的な即時津波予測システムが実現する可能性があります。

そこで今回の実証では、任意の短文を一斉送信するために設けられているMsg 25(通常はほとんど使用されない)に、みちびきの高精度測位で得た位置情報や船首方位などを挿入して発信することで、これを遠隔地で受信して適切に利用できることを実証すると共に、どの程度の精度や有用性をもって津波の流れを検出できるのかを検証しました。

実証では、事前にみちびきによる測位とAIS装置を統合した計測・処理システムを準備して、東京海洋大学の練習船「神鷹丸」に実装しました。AIS装置にはClass A(大型船舶向け)とClass B(小型船舶向け)の2種類があり、神鷹丸にはClass Aに対応した古野電気製「FA-150」が搭載されています。実証の際は、必要に応じて古野電気の技術者からアドバイスを受けながら進めました。

神鷹丸は全長64.55 m、幅12.10 mの船で、ブリッジ上にあるコンパスデッキ前方(船首より19 m後方位置)の船体幅中央付近に、みちびき対応のアンテナ「GPS-703-GGG」(ノバテル製)を設置しました。さらに、GNSSコンパスとして船首方位を取得するために、測位用アンテナの左舷側にもう1台のみちびき対応アンテナを設置しました。

図版-1

神鷹丸の全体とコンパスデッキ

図版-2

ブリッジ内に設置した機器とAIS装置

集合写真

実証のための機材設置後にコンパスデッキにて集合

GNSS受信機には、みちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)に対応した受信機「mosaic-CLAS」(セプテントリオ製)と、MADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)に対応した「Cohac∞Ten++」(コア製)を使用しました(CLASを優先して使い、沿岸から離れてCLASがFIXしない時はMADOCA-PPPを使用)。また、GNSSコンパスには、CLASに対応した受信機「mosaic-H」(セプテントリオ製)を使用しました。

このほか測位の評価用リファレンスとして、RTK(リアルタイムキネマティック)測位に対応した受信機「X20P」(ユーブロックス製)を設置し、さらにPPK(後処理キネマティック)測位に対応した「NetR9」(トリンブル製)を使用してログも取得しました。また、船首方位を含む姿勢のリファレンス用としてIMU(慣性計測装置)の「Ekinox Micro」(SBG製)も使用しました。

2025年10月15日に神鷹丸は、東京湾から浦賀水道を抜けて相模湾、駿河湾を航行し、清水港(静岡県)へと至る航路においてデータを取得しました。AIS受信局は千葉県南房総市の海岸にある東京海洋大学の実習場「富浦ステーション」に臨時で設置しました。

図版-3

神鷹丸の航路(東京~清水)

東京から清水港への航海において、富浦ステーションのAIS受信局で受信した複数の船舶のAISメッセージの中から神鷹丸に相当するものを抽出したところ、神鷹丸が浦賀水道を抜けて相模湾に到達するまでの午前7時45分~10時5分(世界標準時)の時間帯においてデータを受信できました。Msg 1-3とMsg 25の受信率はどちらも約85%と、東京湾近傍の輻湊海域にも関わらず、安定して受信することができました。

図版-4

富浦ステーションでの受信の様子とシステム構成図

みちびきの測位精度は、mosaic-CLASで取得したCLASの位置情報と、Cohac∞Ten++で取得したMADOCA-PPPの位置情報の精度を、リファレンスとなるNetR9で取得したPPKの精度と比較して評価しました。CLASのFIX率は99.7%で、PPKの座標を真値とした場合の誤差の95%値は水平で5.31 cm、垂直で18.40 cmとなり、CLASの仕様上の精度は移動体の95%値が水平で12 cm、垂直で24 cmとなるため、いずれも仕様を満たしました。

図版-5

CLASの精度評価(座標)

一方、MADOCA-PPPのPPP成功率は100%で、誤差の95%値は水平で13.04 cm、垂直で21.48 cmとなり、MADOCA-PPPの仕様上の精度は移動体の95%値が水平で30 cm、垂直で50 cmとなるため、こちらも基準を満たす結果となりました。

図版-6

MADOCA-PPPの精度評価(座標)

mosaic-HによるGNSSコンパスの精度は、Ekinox MicroによるIMUの船首方位を真値として評価しました。SBG社の仕様では、Ekinox Microによる船首方位の計測は、PPK環境下では0.05度以下であり、mosaic-HとEkinox Microの誤差の平均は0.012度、標準偏差は0.138度となり、想定より高い精度で計測できました。

図版-7

GNSSコンパスの精度評価(船首方位)

このようにして得られた測位データと船首方位データをMsg 25に挿入して発信し、みちびきの高精度測位で得られた位置情報を含むMsg 25のデータが、Msg 1-3に比べてどれくらいの有用性があるかを評価しました。Msg 1-3では緯度・経度が0.0001分と小数点以下4桁までの値でしたが、Msg 25には小数点以下6桁までの値を挿入しました。また、船首方位(HDG)は、Msg 1-3が1度刻みであるのに対し、Msg 25は小数点以下1桁まで示しました。

津波の流れを算出するためには、船首方位(HDG)、対地方位(COG)、対地速度(SOG)が必要で、これらの変数をもとに船のスウェイ(揺らぎ)速度が求められます。スウェイ速度にはHDGを時間微分した値である回頭角速度(ROT)に相関する影響が含まれるため、津波の流れを抽出するには、この影響から生じる“ノイズ”をスウェイ速度から取り除く必要があります。

「船首方位が変わる際に船がどの位置を中心に回頭するかは、船が移動する速度によって変化します。これは、自動車の運転において速度が速くなると、遅い時と同じ角度でハンドルを切っても上手く曲がれない現象が起こるのと同じです。速度変化による回転軸の位置の変化を考慮しないと津波の流れを正しく抽出できないので、ノイズの除去が重要となります」(稲津氏)

この影響は対地速度が速くなるほど大きく現れ、回転軸の位置は速度が速くなるほど前方へと移動します。これを踏まえてスウェイ速度を補正したところ、Msg 25のRMS(二乗平均平方根)残差は0.052 m/秒から0.041 m/秒へと減少しました。RMS残差の約3倍を検出限界の目安とすると、約0.12 m/秒の津波の流れが検出できる見込みとなります。Msg 1-3で同様の処理を行うと、約0.20 m/秒の検出限界となり、Msg 25に挿入したみちびきによる測位データの優位性が確認できました。

図版-8

津波流れを算出するための計算式

図版-9

ノイズ除去によりスウェイのRMS残差が0.052 m/秒(黒)から0.041 m/秒(紫)へと減少

稲津氏は、通常AISで発信されているMsg 1-3のデータと、みちびきの測位データを挿入したMsg 25のそれぞれの場合において、津波の流れの検出レベルを分析した結果は今後のリファレンスとなると考えています。

「将来、船舶に標準装備されるGNSSが高精度測位に対応したものに置き換わった時に、どの程度の津波流速を検出できるかを考える上での基準として使えます。また、みちびきの高精度測位をAISのメッセージに入れると、津波の流れ検出で改善が見られることも分かりました。他の船舶のGNSS受信機をみちびき対応に置き換えれば、津波の即時検出や即時予測のシステムの裾野がより広がる可能性があります」(稲津氏)

福田氏は、以前からAISのMsg 1-3のタイムスタンプと受信時刻で推定したメッセージ生成時刻と、実際のメッセージ生成時刻が不連続にずれてしまうことがあると指摘した論文を発表しており、今回の実証で取得した、正確な時刻を挿入したMsg 25とのデータ比較を行い、この時刻ずれを定量的に評価できたことを成果として挙げています。

福田氏

「みちびきのサービス提供エリアが広がり、広域で精度の高い位置情報を取れることが、私の専門であるIMUとGNSSの組み合わせによる船舶の位置推定では重要な点となります。今回の実証で、みちびきは水平位置に加え高さの精度も良いことが確認できたので、これを活用すれば、より精度の高い船舶の運動分析ができると期待しています」(福田氏)

小林氏は、今回の実証でAISの受信率などを確認できたことに加え、CLASとMADOCA-PPPの詳細な精度評価も行えたことが成果だと話します。

小林氏

「新たな衛星が打ち上げられることでみちびきのサービス提供エリアが広がり、アジア各国でMADOCA-PPPが防災に活用できるようになることを期待しています」(小林氏)

過去の実証事業にも参加した久保氏は、みちびきの普及に積極的な姿勢を示します。

久保氏

「最近は港湾でもRTKを標準で使いたいという要望がありますが、みちびきならRTKよりも簡便に使うことができます。これをみちびきに置き換えたいというニーズがあれば、私どもも支援していきたいと考えています。測位衛星を自前でもつ国は少なく、維持するのは大変なことですが、実はこれは経済安全保障の観点から非常に大事なものであり、引き続きみちびきの維持に取り組んでいただきたいと思います」(久保氏)

研究は今後も続ける方針で、海外の防災関連機関に対して津波モニタリング・予測システムの一案として提案することも検討しています。また、この技術を応用して多数の船舶のAISデータをもとに表層海流をモニタリングする手法も研究するとのことです。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の図版及び実証時の画像提供:国立大学法人東京海洋大学

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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