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[実証2024-5] JAMSTEC:みちびきを活用したドローン船による気象観測

2025年10月27日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。今回は、2024年度に国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)を代表機関として実施した「みちびきを活用したドローン船による気象観測に関する実証実験」の取り組みを紹介します。
実証に参加したJAMSTEC地震津波予測研究開発センターの飯沼卓史氏(センター長代理、主任研究員)と大気海洋相互作用研究センターの藤田実季子氏(大気観測技術開発研究グループ グループリーダー、主任研究員)、株式会社Oceanic Constellationsの本田拓馬氏(共同代表取締役CEO)と廣瀬俊典氏(ロボットシステムアーキテクト)に話を聞きました。

取材者写真-1

左からJAMSTECの飯沼氏・藤田氏、Oceanic Constellationsの本田氏・廣瀬氏

近年、線状降水帯など豪雨の発生頻度が増加し、地球温暖化に伴う降水強度の変化が指摘されています。線状降水帯は、海上から陸上へと大量の水蒸気が継続的に配給されることで発生すると考えられ、気象観測網の空白域である海上水蒸気の動態把握が、予測精度の向上など防災・減災に直結する課題の一つとなっています。
こうした中で、GNSS(衛星測位システム)を使って天頂対流圏遅延量(衛星の電波が大気中の水蒸気によって遅延する量)を計測し、可降水量(大気中にある水蒸気をすべて雨にして降らせた場合の降水量)を観測して、気象予報に利用しようという考え方が生まれました。すでに多くの気象機関で、陸上GNSS観測網の可降水量が日々の気象予報に取り込まれています。可降水量は、衛星の電波を受信する際に推定された天頂対流圏遅延量に、気圧や気温などのデータをもとに補正を加えて算出されます。
一方、様々な分野において無人航行が可能な船舶や小型ドローン船(無人航行船、ASV:Autonomous Surface Vehicle)が普及しつつあり、今後は港湾・河川だけでなく外洋においても精度の高い位置決定が求められる状況となってきました。

そこで今回、JAMSTECは、外洋上での運用を想定して船舶及び小型ドローン船にGNSS受信機とアンテナを搭載し、みちびきのMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)の測位精度を評価すると共に、得られたデータをもとに天頂対流圏遅延量を推定する実証を行いました。さらに気温や気圧も計測して、天頂対流圏遅延量をもとに可降水量に変換し、その精度についても評価を行いました。
この実証には、JAMSTEC(全体総括及び測位解析・精度評価)、Oceanic Constellations(小型ドローン船の運航及び試験環境提供)、イネーブラー株式会社(GNSS受信機設定及びMADOCA-PPP信号変換処理)の3者が参加しました。

図版-1

実証における可降水量観測のしくみ

複数の小型ドローン船を一体的に連携させて監視・モニタリングなどを行う新たな海洋ネットワーク(コンステレーション)の構築を目指すOceanic Constellationsと、海底地殻変動観測や気象観測、資源調査など幅広い海洋研究に取り組むJAMSTECが協議する中で、海洋におけるGNSSの電波を活用した気象観測に着目したことが、このプロジェクトが発足するきっかけとなりました。
みちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)は日本国内の陸域及び沿岸域を対象としていますが、沿岸から遠く離れた海洋ではCLASを使うことができないため、MADOCA-PPPを利用する必要がありました。
藤田氏は、「JAMSTECでは以前から後処理によるPPP(精密単独測位)解析で海洋におけるGNSS可降水量の計測を行っていましたが、みちびきのMADOCA-PPPを活用すれば、海洋でもリアルタイムに天頂対流圏遅延量を解析できるので、そこに魅力を感じました」と実証に至る経緯を説明します。

まず初期収束にどれくらいの時間がかかるのかを知るために、事前調査として陸上GNSS観測データを使った評価を行いました。インターネットで配信されている電子基準点のデータを使用し、内閣府が提供するMADOCALIB(MADOCA-PPPのプログラムパッケージ)によるリアルタイムPPP(精密単独測位)を実施したところ、基準点からの水平距離は1時間後に平均誤差20cmとなり、推定時の標準偏差は水平座標の場合は30分程度で平均2cm、鉛直座標は30分程度で平均5cmとなりました。
天頂対流圏遅延量については、初期値からの差は観測開始30分程度までばらつきやすいことが分かりました。この結果から、初期収束に起因する誤差をできるだけ排除するために、船舶及び小型ドローン船の実証では、事前に30分程度の測位を実施した後に船体を移動させる方針としました。

図版-2

電子基準点データとMDOCALIBを用いて実施した、固定された陸上地点での測位(上・中)と天頂対流圏遅延量(下)の推定状況の時間推移

写真-1

実証に使用した船舶

図版-3

宮城県沖での船舶航路

続いて2024年12月25~26日にかけて、宮城県沖の沿岸から約160km離れた地点にて船舶を用いた観測実証を行いました。MADOCA-PPP対応GNSS受信機「mosaic-go CLAS」(セプテントリオ)とGNSSアンテナ「PolaNt-x MF.v2」を使用し、mosaic-go CLASにUMPC(小型モバイルPC)を接続して受信したデータをもとに天頂対流圏遅延量を推定しました。
この実証では、JAXAが2024年10月に公開したMADOCA-PPPのプログラムパッケージ「MALIB」をインストールして受信したデータのリアルタイム解析を行い、精密単独測位(PPP)により位置情報を算出しました。そして、比較検証用の後処理解析では、MADOCALIB及びRTNet(カナデビア株式会社製)を使って速報暦(精密暦)による解析を行いました。
さらに、気温と気圧を計測できる気象観測装置も併せて設置し、測定結果をもとに水蒸気量への変換を行って気象物理量の評価を行いました。

写真-2

GNSSアンテナと気象観測装置

写真-3

UMPCとmosaic-go CLAS

実証の結果、出港前の初期収束時間内のデータを除外すると、MALIBによるMADOCA-PPPリアルタイム解析と後処理による天頂対流圏遅延量の比較にはほとんど差が見られませんでした。構築したシステムで問題なくリアルタイムのMADOCA-PPP解析が実施できたことを確認できました。
また、気象観測装置で記録した海上の気圧と気温のデータを用いて天頂対流圏遅延量から可降水量へと変換して比較したところ、天頂対流圏遅延量の結果と同様に解析条件の違いによる差はほとんど見られませんでした。
さらに気象庁のメソ数値予報モデルの解析値を用いて船舶位置付近の可降水量を算出し比較したところ、平均誤差は0.90mm、差の標準偏差は2.68mmとなりました。統計解析に用いたデータ数は少ないものの、先行研究の結果を踏まえると良好な精度であると推察できます。

図版-4

船舶での天頂対流圏遅延量と可降水量の計測結果

写真-4

観測中の様子

図版-5

相模湾内での小型ドローン船の航路

船舶での実証実験を踏まえて2025年2月3日、小型ドローン船に同じシステムを搭載し、相模湾の沿岸から約10km離れた地点において実証観測を行いました。この実証ではクルーザーに小型ドローン船を積載して試験海域まで航行し、観測地点で小型ドローン船を着水させて2時間程度、リアルタイムのMADOCA-PPP解析の実証を行いました。
この時は初期収束時間を短縮するため、クルーザーの出港前30分にMALIBによるMADOCA-PPP解析を開始し、試験海域まで20分ほど解析を実行したまま小型ドローン船を着水させたところ、着水後30分程度で天頂対流圏遅延量が収束しました。

写真-5

今回使用した小型ドローン船

写真-6

GNSSアンテナと気象観測装置

実証の結果、測位安定後の座標推定誤差については標準偏差が水平約2.0~2.5cm、鉛直約6.0cmで、船舶による実証結果とほぼ同等となり、海面上で大きく揺れ動く小型ドローン船においてもMADOCA-PPPによる解析が良好な精度で実施できることが確認できました。天頂対流圏遅延量についてもリアルタイム解析と後処理解析、最終暦(精密暦)によるPPPの結果でほとんど差が見られませんでした。さらに天頂対流圏遅延量から変換された可降水量と気象庁のメソモデルの値との比較についても、単一データの比較ではあるものの差は見られませんでした。
藤田氏はこの実証結果について、「小型ドローン船は船舶に比べて細かい動揺があるので、その影響がどれくらいかを心配していましたが、実証ではそれほど影響がなく、海面の高さが変化する様子もきれいに記録できたのは大きな成果だと思います。MADOCA-PPPはリアルタイム解析でこの測位精度が出せるので、この技術によって海上観測研究の精緻化が進み、可能性がさらに広がると感じました」とMADOCA-PPPを高く評価しています。

図版-6

小型ドローン船での対流圏遅延量と可降水量、及び気温・気圧の計測結果

図版-7

小型ドローン船の位置情報(楕円体高)の推移

今回の精度評価は、冬季の試験観測をもとにしましたが、夏季は冬季よりも水蒸気量が多く、水蒸気の分布や鉛直構造の時空間変化も大きいため、測位精度や対流圏遅延量の推定にも変化があると推測されます。JAMSTECは今後、通年のMADOCA-PPPの精度評価を行い、搭載機器の小型・省電力化に取り組む方針です。
また、鉛直座標変動特定を活用した波浪・津波などの海面変動の抽出や、複数の小型ドローン船を使った観測網制御にも取り組む予定であり、これにより視線方向遅延量による水蒸気構造の逆解析や機械学習モデルによる大気鉛直構造の把握が可能になると期待されています。

「海洋においてGNSSでリアルタイムに可降水量推定を含む高精度測位をしたい場合、アジア・オセアニア域ではMADOCA-PPPを利用するしか方法はありません。気象観測以外でも、小型ドローン船による港湾監視や環境モニタリングなどで高精度測位が必要な場面が今後増えると思いますので、引き続きみちびきを注視していきます」(藤田氏)

「海洋での高精度測位をもっとも必要としているのは海底地殻変動観測の分野です。海底の音響測距を行う海底基準局の位置変化をリアルタイムで追うには、みちびきが不可欠です。また、小型ドローン船を使ってAUV(Autonomous Underwater Vehicle, 自律型無人潜水機)の軌道制御を行うことも検討しており、みちびきはそのキー技術になると想定されます」(飯沼氏)

Oceanic ConstellationsはJAMSTECとも連携しながら、2027年度までに百機以上の規模で小型ドローン船のネットワーク構築を目指しています。そのためにソーラーパネルを搭載して、外洋において長期間メンテナンスフリーで運用できる新たな機体の開発も進めています。
「みちびきは、気象観測だけでなく海域の監視・モニタリングや防災など様々な用途に活用できます。アジアやオセアニアで使用できるMADOCA-PPPに加えて、信号認証サービスにも大変注目しており、みちびきを活用することでセキュリティ面でも安全な小型ドローン船ネットワークを構築していきたいと考えています」(本田氏)

取材者写真-2

(左から)飯沼氏、藤田氏、本田氏、廣瀬氏

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)、株式会社Oceanic Constellations

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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