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[実証2021-5] 先端ロボ財団:みちびきを利用した高精度な経路追従飛行・編隊飛行・着陸システムの開発

2022年10月11日

内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2021年度に事業化推進枠の実証事業として一般財団法人先端ロボティクス財団が実施した「準天頂衛星『みちびき』を利用した東京湾縦断飛行時の高精度な経路追従飛行・編隊飛行および着陸システムの開発」を紹介します。
先端ロボティクス財団は、国産ドローンの開発・提供を行う株式会社ACSL(旧・自律制御システム研究所)の創業者であり、千葉大学名誉教授の野波健蔵氏が、ドローンの若手技術者の育成を目的として2019年に設立しました。理事長を務める野波教授は、同財団を通じて技術者の育成を目的としたドローン開発の競技会(コンペ)を開催する一方で、今回の実証事業のようなドローン関連の先端技術開発にも取り組んでいます。

野波教授

先端ロボティクス財団の野波教授

人口密集地域においてドローン物流を実現

近年ドローン物流の実証実験が全国各地で行われていますが、その多くは地方の中山間地域や島嶼部など人口の少ないエリアで実施されており、人口密集地域ではほとんど行われていません。野波教授はそうした状況に一石を投じるため、ドローンによって横浜市と千葉市間の約50kmを結ぶ東京湾縦断飛行を実現し、首都圏の人口密集地域においてドローン物流を社会実装することを目指しています。
東京湾岸エリアの物流は、湾岸道路やアクアラインなどの道路網や鉄道による輸送が中心ですが、慢性的な渋滞が課題となっており、東京湾の海の上空をドローンで飛行する“ドローン物流ハイウェイ”を構築することで物流の省力化・効率化が期待できます。

野波教授は東京湾縦断飛行に向けた取り組みの第1弾として、2020年6月に固定翼型カイトプレーンを使った実証実験を行い、縦断飛行に成功しました。これをさらに発展させたのが今回のみちびきの高精度測位を利用した実証実験です。先端ロボティクス財団が企画やデータ解析、みちびきの測位精度評価、総括などを行い、機体メンテナンスなどを株式会社四門、CLAS用ソフト関連の開発を千葉大学、無線通信関連を戸澤洋二技術士事務所、機体オペレーションの一部や離発着の監視などを一般社団法人日本ドローンコンソーシアムが担当しました。

VTOLカイトプレーン

VTOLカイトプレーン

今回の実証実験では、従来のカイトプレーンに4つのプロペラを搭載して垂直離着陸を可能にした「VTOL(Vertical Take Off and Landing)カイトプレーン」を開発しました。これにより滑走路なしでも機体確認の作業エリアを含め縦2m×横2mのスペースがあれば離発着が可能となり、しかもみちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)を活用することで、狙った狭いスペースへピンポイントに着陸させることが可能となりました。着陸地点にはドローンステーション(ドローンポート)を設置し、離陸から飛行、着陸までのすべてのプロセスを完全自律飛行で行いました。

カイトプレーンにCLAS対応受信機を搭載

実験に使用したVTOLカイトプレーンは「不死鳥」と名付けられました。全長は1.95m、全幅2.59m、全高1.12mで、ペイロードを含まない機体重量は20kg、ペイロードは5kgです。飛行時間は約2時間で、飛行速度は時速40~70kmという仕様になっています。動力については、垂直離着陸のための4つのプロペラは電動モーター、水平移動用の大きなプロペラはエンジンというハイブリッド構成になっています。

MSJ製のCLAS対応受信機

MSJ製のCLAS対応受信機

CLAS対応アンテナ

CLAS対応アンテナ

このVTOLカイトプレーンに、マゼランシステムズジャパン(MSJ)製のCLAS対応受信機「MJ-3021-GM4-QZS-EVK」を搭載しました。この受信機はみちびきのCLAS、MADOCAに対応したマルチGNSS受信機で、評価キットは各種入出力ポートを備えたケースに収められており、ケースのサイズは幅13cm×奥行9cm×高さ4.2cm、重量は340gです。
「当初は別メーカーの受信機を検討したのですが、重量が重かったので、軽量なMSJ製の受信機を採用しました。ただし評価キットに含まれているアンテナはお皿状の大きなもので重量も重かったので、重量が50g程度の軽量な指サック状のアンテナに変更しました」(野波教授)

カイトプレーン監視制御システムの画面

カイトプレーン監視制御システムの画面

このほか、飛行中にCLASで測位した位置情報を地上の基地局へ無線で送信するために、351MHz帯デジタル簡易無線局を使用しました。これは、パラグライダーや気球などで地上と交信するために利用されているもので、従来の免許局と違って簡単な手続きで使用できます。
さらにカイトプレーンの監視制御地上基地局のシステムも新型のVTOLカイトプレーンに合わせて新たに開発しました。今回の実証実験では、このシステムを使ってウェイポイント(WP)を設定して飛行経路計画を行いました。他にも、飛行中に受信中のGNSS衛星数やCLASによる位置情報、飛行速度、高度、バッテリー残量、エンジン用燃料の残量などをリアルタイムに確認できるほか、ウェイポイント位置の変更なども行えます。

複数機体を使った編隊飛行も実施

鬼怒川河川敷で行われた編隊飛行の実験

鬼怒川河川敷で行われた編隊飛行の実験

今回の実証実験では、VTOLカイトプレーン2機を編隊飛行させることも検討されました。
「複数のドローンを編隊飛行させることにより、先頭のドローンが風除けの効果を発揮するため、後続のドローンの燃費が向上し、ペイロードを増やすことも可能となります。ドローン同士の衝突を防ぐためにCLASによる高精度測位は有効であり、高精度着陸も実現できます」(野波教授)
編隊飛行の実証実験は、栃木県小山市の鬼怒川河川敷(小山絹滑空場)にて実施しました。使用した機体は前述したVTOLカイトプレーンですが、ここでの実験では、空中での衝突リスクを回避するためにマルチコプターモードで編隊飛行させました。

比較図

CLASとGNSSによる飛行軌跡の精度比較(左の赤線が1号機、右の青線が2号機の軌跡)

飛行コースは20m四方のエリアで、CLAS測位による飛行と、CLASを使わずGNSS測位のみの飛行で軌跡の精度を比較したところ、CLAS測位の場合はGNSS測位の場合に比べて誤差が大幅に小さく、目標軌道への追従性に優れていることが確認できました。また、着陸制御精度についても、GNSS測位利用の場合は機体制御誤差が3m程度となったのに対して、CLAS測位利用の場合は、実証当時は強風だったにも関わらず最大約50cmと、高精度に着陸できることが確認できました。
ただし、編隊飛行については、強風時に墜落や衝突リスクが高くなるなど、課題がまだ多く残っており、東京湾縦断飛行の実験は、編隊飛行ではなく単機で行うことになりました。

CLAS測位による高精度着陸を実現

ドローンステーションへの高精度着陸

ドローンステーションへの高精度着陸

ドローンステーションへの高精度着陸

東京湾縦断飛行の実験は2022年3月24日に実施され、その模様はメディアにも公開されました。離陸地は横浜市金沢区幸浦にある株式会社ESRの敷地内で、着陸地はそこから約50km離れた千葉市美浜区稲毛海浜公園です。

搬送した歯科技工物

搬送した歯科技工物

搬送したのは、3Dプリンターで製作された歯科技工物です。歯科技工物は材料にジルコニアやチタン、セラミックなど高品質な素材が使われており、量産品でないため高価で付加価値が高い搬送物といえます。
「歯科技工物製造センターから『歯科技工物をドローンで運んでもらいたい』という要望をいただいていました。歯科技工物は高価なため輸送コストの採算性が高く、完成後できるだけ早く歯科診療所に届けたいというニーズもあります。おまけに軽量なのでドローンで運ぶには最適で、飛行エリアが東京湾上空のため騒音やプライバシーの問題もありません。ドローン物流のビジネス化にあたっては最適な搬送物だと思います」(野波教授)

設定したウェイポイント

設定したウェイポイント

離陸地点から着陸地点までの間に計10カ所のウェイポイント(WP1~WP10)を設けて、マルチコプターモードの状態で離陸後、固定翼のカイトプレーンモードでの飛行に切り替えてWP1~9まで飛行し、WP9の地点で再びマルチコプターモードに切り替えてWP10(ドローンステーション)に着陸しました。
実験の結果、離陸地点であるWP1からWP6までの誤差は最大で約30mでしたが、WP7~8付近では風速が秒速10mと強かったため誤差が約80mとなりました。WP8からWP9までは陸地に近いため風速が弱まり、誤差は最大約15mと小さくなり、最後のWP9から着陸地点となるWP10までの区間はマルチコプターモードとなったため最大で30cm程度と大幅に小さくなりました。

ドローンステーション

ドローンステーション

CLASを活用した高精度着陸のために開発されたドローンステーションは、大きさが縦2m×横2m×高さ2.2mで、重量は1.6トンです。ドローンの離着陸ポイントとなるだけでなく、ドローンが運んだ荷物を受領し、保管する機能も備えています。このドローンステーションへの着陸も、当日は風があったにも関わらず目標位置に対し誤差20cm程度(ドローン制御誤差も含む)で機体制御に成功しました。
「CLAS測位による飛行制御精度については、海上では風速が強くなるため、カイトプレーンモードでは誤差が大きめに出ましたが、マルチコプターモードで着陸する際はかなり高精度になり、ドローンステーションへの着陸も問題なく行えました」(野波教授)

2023年度から搬送サービスをビジネス化

歯科技工物をドローンで搬送するビジネスは2023年度に開始する予定です。歯科技工物製造センターからは、歯科技工物だけでなく、インプラントや歯科診療に関わる薬剤なども一緒に運んでほしいという要望が寄せられており、搬送するものが多くなることでビジネスとして十分に成り立つと野波教授は考えています。
「人口密集地域でドローン物流のビジネスを実現するためにも、その先駆けとなる歯科技工物の搬送サービスでは、きちんと黒字を出していかなければいけないと考えています」(野波氏)
野波教授はビジネス化に向けて今秋にも再び東京湾縦断飛行の実証実験を予定しており、現在、そのための新しい機体を開発中です。新たな機体はすべて電動のVTOLカイトプレーンとなる予定で、この機体にもCLAS対応受信機を搭載する予定です。
「東京湾の海上において、ドローンが飛行する上空には携帯電波が届かないため、ネットワーク回線が使えなくても高精度測位を行えるCLASはとても有効です。地方においても、上空では携帯電話の圏外となってしまうところが多いため、いずれCLAS対応受信機が安価になれば、国産ドローンはCLAS対応が当たり前の時代が来るのではないかと思います」(野波氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※本文中の画像・図版提供:一般財団法人先端ロボティクス財団

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