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[実証2023-9] 松本コンサル:地籍調査にCLASを用いるための精度検証及びマニュアル作成

2024年11月11日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2023年度に株式会社松本コンサルタントが実施した「国土調査法に基づく地籍調査にCLASを用いるための精度検証及びマニュアル(案)作成」の取り組みを紹介します。同プロジェクトについて、松本コンサルタント専務取締役の猪木幹雄氏、国土調査3課の尾﨑弘課長補佐、菅野雄一係長の3名に話を聞きました。

取材先写真

左から菅野氏、猪木氏、尾﨑氏

地籍調査とは、国土調査法に基づいて、市町村などが土地を一筆ごとに所有者や地番、地目を調査すると共に、土地の境界と面積を測量する調査を意味します。土地に関する情報は登記所で管理されていますが、土地の位置や形状などを示す地図や図面の中には、明治時代の地租改正時に作られた「公図」と呼ばれる古いものも多く、位置や面積が不正確なものも含まれています。
地籍調査は2022年度末の時点で対象面積287,966平方kmに対して150,930平方km(52%)にとどまっており、中でも林地(46%)や人口集中地区(27%)の進捗率は低いそうです。地籍調査を行うことにより、そのような不正確な情報が修正・更新され、固定資産税の算出などさまざまな行政手続や土地取引等に活用することができます。
地籍調査の規定や作業方法は、国土交通省による地籍調査作業規程準則(準則)及び同運用基準で定められており、現在の準則では2010年度より、効率的な地籍測量手法の一つとしてネットワーク型RTK(リアルタイムキネマティック)測位を用いる単点観測法(座標値を求めたい点の上にGNSSアンテナを立てて観測する方法)が採り入れられました。これにより高精度な測量を効率的に行えるようになったものの、ネットワークRTKでは携帯電話の通信が困難な地域では運用できないため、利用可能な箇所が限られているという課題がありました。
松本コンサルタントは今回の実証事業にて、このような課題を解決するのにみちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)が有効であると考え、CLASを地籍調査に適用するために精度検証及び作業マニュアル(案)の作成、Windows用の地籍調査アプリケーション(測量アプリ)開発を行いました。猪木氏は実証事業に参加した理由について、「当社が受託している地籍調査は山間部が多く、四国の山間部は携帯電話の圏外エリアが多いため、GNSSによる測量を行うのであればCLASが適しているのではないかと考えました」と語ります。

CLASの精度検証については、株式会社コア製の受信機「Cohac∞Ten」及びアンテナ「PolaNt-xMF.v2」と、Cohac∞Tenを内蔵した小峰無線電機株式会社製のアンテナ・受信機一体型受信機「RJCLAS-L6」を使って、松本コンサルトの社屋の敷地内に設置した精度検証点において実験を行い、標準偏差(観測値のばらつきの指標)及び平均二乗誤差(検証点からどれくらい離れているかを示す指標)を算出しました。

Cohac∞Ten

Cohac∞Ten

アンテナと受信機

Cohac∞TenとPolaNt-xMF.v2(左)、RJCLAS-L6(右)

観測の様子

観測の様子

この実験では、FIX解(CLASを用いて得られる高精度な位置)を得るまでの時間とFIX後の観測値の精度及び安定性を確認するため、機器の電源を入れて観測を開始してからFIX解を取得後、1秒ごとの連続観測を5分間(300秒)行いました。
Cohac∞Tenでは2023年8月30日(14時30分、15時30分、16時30分)及び31日(11時、13時20分)に実施したところ、受信機の電源を入れてからFIX解を得るまでの時間は27~46秒で、いずれの時間帯においても安定した測位結果となりました。
一方、RJCLAS-L6では10月17日(13時、14時、15時)及び18日(10時、13時45分、15時)に実施したところ、測位状態が安定しない時間帯が複数回ありました。猪木氏はこの原因として、太陽活動の活発化による電離層の擾乱が考えられるとしています。ただし、測位状況が安定していた時間帯では、Cohac∞Tenと同程度に良好で安定した観測値が得られました。
もう一つの実験として、観測値の精度と正確度を確認するため、1秒1エポックでの10エポック観測(1秒ごとに10回の観測)を行うことを1セットとして、10セット観測しました。Cohac∞Tenでは2023年1月6日・7日及び8月19日・29日に実施し、RJCLAS-L6では10月12日・18日・19日・20日の4日間に実施したところ、8月(Cohac∞Ten)及び10月(RJCLAS-L6)の観測では、標準偏差は両機種ともに1.5~1.7cm程度と良好で、平均二乗誤差についても両機種ともに問題のない結果となりました。Cohac∞Tenによる1月の測定結果のほうが8月及び10月の観測よりは誤差が少し小さい結果となりましたが、総じて良好な測定結果となりました。

これらの検証結果を踏まえて、位置精度及び再現性、観測条件を分析した上で、地籍調査(一筆地測量)で使用するための観測条件を示した作業マニュアル原案を作成しました。マニュアルの作成に当たっては、地籍調査作業規程準則・同運用基準及び別表を基準として、現在の地籍調査事業で運用されているネットワーク型RTKによる単点観測法の規定及び「単点観測法による細部図根測量マニュアル」を参考にしました。
作業マニュアル原案の作成時と、実地での検証後に作業マニュアル(案)を仕上げる際には、それぞれ検討会を開催して内閣府 宇宙開発戦略推進事務局や国土交通省 不動産・建設経済局 地籍整備課(当時)、公益社団法人全国国土調査協会、一般社団法人日本国土調査測量協会と意見交換を行ったほか、作業マニュアル(案)の作成作業には全国国土調査協会の協力も得て行いました。

作業マニュアル案

ネットワークRTKを使用する現在の作業規定準則と、CLASを使用する作業マニュアル案の比較

作業マニュアル原案には、現地作業として次の3つの観測を行うことが記載されました。
(1)作業着手時に、与点(既知点)での精度点検の観測を行う。
(2)測量対象の筆界点(検証点)で観測を行う。
(3)作業着手後に再度、与点での精度点検の観測を行う。

この作業マニュアル原案を使った現地観測では、関連法令によって定められている精度が得られるか、作業の効率化が図られるかを検証しました。現地観測は千葉県長南町及び徳島県佐那河内村の2地区で行いました。
筆界点での観測では、1測点当たり2セットの観測値を取得しました。1セットは1秒1エポックでの10エポックとして、10エポックすべてがFIX解のものを採用しました。1セットごとに受信機の初期化を行って、観測値2セットがセット間較差の制限値を超える場合は、制限値を満たす2セットを得られるまで再測を行い、測点ごとに再測の有無を記録しました。
精度検証では、取得した2セット観測の平均値を用いて、地籍成果値とCLAS観測値の座標較差及び位置誤差、辺長及び地積(土地の面積)の誤差について検証しました。辺長と地積の検証では、地籍成果値による筆図形とCLASによる筆図形を作成して両者を比較しました。また、抽出した箇所に対して、トータルステーションで計測した現地辺長・現地地積とCLAS観測値の比較も行いました(地積は長南町のみ)。なお、辺長・地積の検証についてはCohac∞Tenの観測値のみで行いました。

地籍測量の精度区分は土地の密集度などによって精度が高い方から甲一・甲二・甲三・乙一・乙二・乙三の6段階に分かれており、長南町では甲三となっており、上空視界は良好で一筆地測量はネットワーク型RTK法による観測によって実施済みです。一方、佐那河内村は乙一で、上空視界はほぼ良好ですが桜の木や防風林などの障害物が所々にあります。同村では一筆地測量をTS(トータルステーション)法により実施済みです。
作業マニュアル(案)で定める観測条件の設定が可能なCLAS対応機器用の測量アプリは、株式会社コア中四国カンパニーが開発しました。同アプリでは観測したデータをCSVファイルで出力可能で、外部システムでの利用も容易です。

画面イメージ

地籍測量アプリケーション

千葉県長南町における検証では、作業着手前の与点の点検では精度上問題が発生しなかったため、当日の作業を予定通り行いましたが、作業終了後の点検観測では長時間FIXせず与点点検を終えることができない日がありました。このような場合の対応策として、マニュアル案には「着手後の点検が実施できない場合は次回観測の着手前に観測済みの筆界点にて点検観測を実施するものとする」を追記することとしました。
座標の位置誤差の平均値はCohac∞Tenが3.3cm、RJCLAS-L6が4.0cmとなり、両機種とも位置誤差に関しては甲三の一筆地測量に使用できる精度を十分に有していることが確認できました。

地籍調査は作業の中で測点間の距離(辺長)も確認しますが、辺長の誤差については、地籍成果値と比較して、測定した380辺のうち1辺を除いたすべての辺長の誤差が甲二の許容囲内であり、誤差の大きい1辺についても甲三の許容範囲内に収まりました。さらに、地籍成果値と比較したところ、測定した75筆中72筆が甲二、74筆が甲三の許容範囲内という結果となりました。また、現地でトータルステーションを使って測定した値と比較しても、すべての図形が甲三の許容範囲内となりました。

検証の様子-1

千葉県長南町での検証

検証の様子-2

徳島県佐那河内村における検証では、精度区分は乙一で、要求精度が緩いことから、セット間較差の制限値を3cmに変更して観測を行ったところ、位置誤差の平均値はCohac∞Tenでは3.2cm、RJCLAS-L6は3.6cmで、いずれも乙一より高い甲三の精度区分に収まりました。
また、辺長及び地積の誤差については、地籍成果値との比較については334辺中331辺(99%)が甲二の許容範囲内で、すべての辺長が甲三の許容範囲内となりました。トータルステーションで測定した現地辺長さとの比較については、84辺すべての辺長の誤差が甲二の許容範囲内でした。地積の誤差については、地籍成果値と比較したところ、46筆すべてが甲二の許容範囲内となりました。
以上のことから長南町と佐那河内村のいずれの検証においても、CLASを用いた単点観測法が一筆地測量に使用できる精度であることが確認できました。

検証の様子-3

徳島県佐那河内村での検証

検証の様子-4

作業マニュアルの原案を用いて実施した以上の現地実証の結果を踏まえて、再検討を経て作業マニュアル(案)として完成させました。松本コンサルタントは今後、関係機関と協議してCLASを対応機器の公的機関による第三者検定をするよう働きかけていくことに加えて、CLASを用いた一筆地測量の観測データの取りまとめと帳票出力を行うシステムの開発や、マニュアル(案)に沿った観測作業を容易に行える測量アプリの完成、林地内での精度検証などを行っていく予定で、松本コンサルタントにおいて地籍調査での運用を実現することにより啓発活動も行う方針です。
さらに、今回の実証事業で策定した「CLASを用いた単点観測法で行う一筆地測量マニュアル(案)」の運用に向けて市町村などに提案を進めていく予定で、今後は一筆地測量だけでなく、細部図根測量でのCLASの運用を目的とした山林部の樹木下における検証などにも取り組む方針です。また、CLASでFIX解が得られない場合、精度の低いFLOAT解で得られた位置情報を参考値として活用することも検討しています。

「測量分野は技術者の高齢化が進み、若い人が少なくなってきた分、できるだけ新しい技術を導入することで、これまで苦労してきた作業を簡略化し、そこに魅力を感じて業務に従事する人が増えてほしいと考えています。CLASはFIX解が得られれば高精度な測位が可能なので、今後は一般的な測量機器がCLASに対応し、みちびきの衛星数が増えていくことに期待します」(猪木氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:株式会社松本コンサルタント

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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