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北海道大学 野口教授に聞く、中山間地域スマート農業化の課題と将来像

2023年05月08日

山地の多い日本では国土面積に占める中山間地域の割合が高く、農業についても全国の耕地面積の約4割、総農家数の約4割を中山間地域が占めています(農林水産省調べ)。こうした地域では過疎化や高齢化による人手不足が進行しており、営農を継続するためスマート農業による省力化・効率化が急務となっています。

野口教授

野口教授

北海道大学大学院 農学研究院の野口伸 研究院長・教授はこのような中山間地域におけるスマート農業化に長年取り組んでおり、2021年から国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター(生研支援センター)の「イノベーション創出強化研究推進事業」において「電動ロボットによるスマートぶどう栽培システムの開発」を行っています。その開発技術である電動ロボット(以下、EVロボット)の横展開として、昨年(2022年)は高知県にある株式会社土佐北川農園(安芸郡北川村)においてみちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)を活用した柚子の運搬作業の実証試験を行いました。野口教授に、この実証試験の概要と共に、中山間地域におけるEVロボットを使ったスマート農業化の課題と将来像について詳しく話していただきました。

収穫した柚子をEVロボットで運搬

実証試験では、土佐北川農園が保有する標高約300mの地点の柚子畑において、選果場を基点とした一周約450mの運搬道をEVロボットが周回しました。運搬道の道路幅は約3mで、EVロボットは車幅1.5mの大型タイプと、0.6mの小型タイプの2種類を用途に応じて使い分けました。

大型タイプ

大型タイプ

小型タイプ

小型タイプ

大型タイプのEVロボットは、収穫した柚子の運搬に使用しました。柚子の樹列は運搬道に直行して並んでおり、農園のスタッフが、柚子が入ったコンテナを端まで持ってきてリモコンスイッチを押すと、EVロボットが運搬道に沿って移動し、最寄りの場所で停止します。その後、コンテナを載せたEVロボットは基点となる選果場へ荷を運び、到着してスタッフが荷を下ろすと、EVロボットは次のコンテナを運ぶため再び発進する作業形態を想定して試験を行いました。

EVロボットの周回ルート

EVロボットの周回ルート

山沿いにある農園の周囲一帯は通信ネットワーク環境が脆弱であり、また運搬道の脇は雑木林に覆われています。さらに運搬道の斜度は15~23度と傾斜が急なため、マルチパス(直接届く電波に、山などに反射して届く電波が混ざって受信される)の影響により衛星測位には厳しい環境と言えます。
実証では、CLASとRTK(リアルタイムキネマティック)の2つの方式で測位して、軌跡を比較しました。RTKでは精度が定まらず"Float解"の状態になってしまう箇所が見られましたが、CLASでは常に"FIX解"で安定した測位結果が得られました。EVの走行精度も、最大誤差はRTKが0.14mに対してCLASは0.13m、標準偏差はRTKが0.04mに対してCLASは0.05mとほとんど変わらない結果となりました。野口教授は、「地面に凹凸のある農道などで走行させるのであれば、この誤差は十分に使える範囲内と思います」と高く評価しています。

測位結果

測位結果

中山間地域ではCLASが有効

柚子栽培でもっとも人手が必要となるのは、収穫時です。そのため実証ではEVロボットを収穫作業の支援に使いましたが、大型タイプのEVロボットは収穫物だけでなく肥料や農薬などの資材の運搬にも使うことができます。
今回使った大型タイプのEVロボットは、野口教授らの研究グループが生研支援センターのイノベーション創出強化研究推進事業において開発したものです。野口教授によると、農道の斜度が急であることや道路脇の雑木林などの影響により、これまで経験した中でもっとも厳しい測位環境だったそうですが、アンテナの高さ変更などの調整を行うこともなく、既存のEVロボットをそのまま使用して問題なく自動走行を実現できました。
「実験前はCLASがどこまで使えるのか自信が持てなかったのですが、結果的に安定して走行できました。2020年11月に補強対象衛星が増えたこともあり、CLASの精度は近年かなり安定してきたと思います」(野口教授)

近年ではLiDAR(レーザースキャナー)などのセンサーを使って周囲の障害物を認識し、自己位置を推定して自動走行に役立てる動きも高まっていますが、農業の場合は都市部と違って、周囲にある地物が単純であるため自己位置認識が難しく、衛星測位に頼らざるを得ません。
今回の実証ではローカル5Gの基地局を設置したため、RTKの補強信号を受け取ることができましたが、中山間地域はモバイルネットワークの圏外であるエリアが多く、ローカル5Gの基地局を設置しても電波の到達距離に限界があり、そうした場所では、通信環境が不要で高精度測位を実現できるCLASは非常に有効です。無人で収穫物が運搬する点については、今回実証を行った土佐北川農園の田所正弥所長からも省力化の観点で高い評価を得られたそうです。

大型・小型EVを組み合わせた隊列走行も

さまざまな農作業に使えるEVロボット

さまざまな農作業に使えるEVロボット

今回の実証では、小型EVロボットによる実証も行いました。小型EVにはコンテナや肥料、農薬などの大きな荷物は載せられませんが、将来的には大型EVと複数の小型EVで隊列走行させ、大型EVに積んだ農薬のタンクからホースを引き、小型EVを狭い樹間に進入させて農薬や肥料の散布を行うといった作業も検討しています。
近年は地球環境保全の観点から日本はもとより世界的に農薬や化学肥料の使用量削減が急務となっており、これらの使用量を削減する上でEVロボットによる自動散布は非常に有効です。EVロボットと高精度測位を組み合わせて、光学カメラで場所ごとの植生を確認しながら散布量を変えたり、場所ごとの農薬使用量を記録した上で収穫量と照合して最適な農薬使用量を検討したりとさまざまな活用方法が考えられます。

他にも下草刈りや剪定(せんてい)、防除、見回りなど、スマート農業におけるさまざまな作業に有効です。日常的にEVロボットを巡回させて作物の生育状況を把握し、品質向上に役立てることも可能であり、その副次的な効果として、EVロボットが巡回することで鳥獣害を防ぐ効果もあります。これら果樹作業を網羅する技術群は現在、上述の「電動ロボットによるスマートぶどう栽培システムの開発」のもとでCLASを活用して鋭意開発中です。
野口教授は、農業向けの自動走行EVロボットをあと2~3年のうちに商品化したいと考えており、EVロボットを使ったリモート農業の実証試験を各地で行っています。北海道樺戸郡の浦臼(うらうす)町にロボット監視室を設置し、地元の鶴沼ワイナリーや、石川県の能登ヴィンヤード(鳳珠郡穴水町)、今回実証を行った土佐北川農園などで、走行するEVロボットを遠隔操作する実証実験にも取り組んでいます。

リモート農業の実証試験を各地で実施

リモート農業の実証試験を各地で実施

農家のマインドが変わることが重要

野口教授は、EVロボットを使ったスマート農業化の課題として、現在のような果樹の配置や樹形では、樹間をEVロボットに走行させる上で限界があり、問題解決のためには農家の人たち自身の意識変革に期待していると話します。
「EVロボットがいろいろな作業を行うことで人手不足が解消されれば、農家の方々のマインドが変わり、『EVロボットが走行できるように、もう少し樹間を広げたほうがいい』という考え方につながる可能性があります」(野口教授)

野口教授はこれまで、農業用トラクターや除雪車の自動運転化など、みちびきのCLASを活用したさまざまな実証試験を行ってきました。このうち除雪車は実用化が目前に迫っており、それ以外にも活用される可能性のある分野として、自動運転バスや河川敷・堤防の草刈りの自動化などを挙げました。
「人があまりいないエリアにモバイルネットワークを整備するのは難しく、そうした地域ほど人手不足が深刻なので、圏外でも高精度測位が使えるみちびきのCLASはとても有効です。将来は日本だけでなく海外にもみちびきの高精度測位を利用できる仕組みを作っていただけるとうれしく思います」(野口教授)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

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※記事中の画像提供:北海道大学大学院 野口伸教授

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