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山口県でみちびきを使って視覚障害者のランニングを支援する実証実験

2020年04月06日

衛星データを利用した産業創出を支援している山口県でこのほど、みちびきのSLAS(サブメータ級測位補強サービス)を使って視覚障害者のランニング等を支援するシステムの実証実験が行われました。昨年(2019年)秋に「みちびきを利用した実証実験公募」に採択された11件のうちの一つとして、地方独立行政法人山口県産業技術センターに設置された「衛星データ解析技術研究会」の会員企業が実施したものです。システムの背景や今後の展開について山口県産業技術センターの藤本正克氏と、実証実験の代表企業である株式会社ニュージャパンナレッジの笠原宏文取締役に話を聞きました。

開発のきっかけはブラインドマラソンの道下選手

2020年2月2日に行われた別府大分毎日マラソンのブラインドマラソンT12女子クラスで道下美里選手(三井住友海上所属、山口県下関市出身)が2時間54分22秒のタイムで走り、世界記録を更新しました。道下選手は前回2016年のリオパラリンピックで銀メダルを獲得、以降の国際大会でも優勝を数多く経験しており、東京パラリンピックに向けて金メダルの期待がかかる選手の一人です。もちろん地元でも広く知られた存在であり、今回のシステム開発のきっかけになった人物です。

パラサポweb

パラリンピック、パラスポーツの総合サイト「パラサポweb」が伝える当日のレース記事

山口県産業技術センターの藤本氏は、開発の経緯を次のように説明します。
「道下選手の活躍でブラインドマラソンを知り、日本ブラインドマラソン協会の山口支部にコンタクトしたところ、伴走者が少なくてなかなか裾野が広がらないという悩みを聞きました。ランナーと並走する伴走者は一人でも、練習時間を確保するために10人ぐらいの伴走者の候補をスケジュール調整してマッチングさせる必要があります。山口県の場合はランナー9名に対し伴走者候補への登録者20名で、月に一度しか練習会を開けていないそうです。しかも“正しいタイミングで過不足ない情報を伝える”という伴走者のスキル習得にも時間がかかります。もともと視覚障害者向けの歩行補助システムの開発を手がけていたニュージャパンナレッジさんと共に、ブラインドマラソンのランナーを支える伴走者にフォーカスし、その伴走者の負担を軽減するシステムは実現性もあり意義もあると考えました」(藤本氏)

ランナーと伴走者にコースの状況を音声でナビ

このシステムでは、視覚障害者が屋外でランニングを行う際、障害者と伴走者(介助者)に対し、みちびきのSLASを使った正確な位置情報をもとにコース上の段差やカーブ、傾斜等の状況を音声でナビゲーションを行います。

システムの概要

システムの概要(提供:地方独立行政法人山口県産業技術センター)

上図のように、システムはSLASのL1S信号に対応したGNSS受信機と、肩に装着するアンテナ、位置情報をもとに音声ガイダンスを送出するスマートフォンとワイヤレスイヤホン、そしてそれらを収めたランニング用のバックパックで構成されます。実証実験の代表企業であるニュージャパンナレッジの笠原氏は、システム開発に当たって次のように工夫したといいます。
「当初は情報提供を伴走者のみと考えていましたが、ランナーにも音声を聞いてもらい、両者で情報を共有する仕組みが望ましいことが分かりました。曲がり角などの予告は、ランナーのスピードと好みに応じ、手前10~40mの間で選んでもらうようにしています。また、通知を聞き取りやすくするために、音声の冒頭にチャイムを入れるなどの細かな工夫も施しています」(笠原氏)

2月16日に山口市内で行われた公開実証実験の様子

2月16日に山口市内で行われた公開実証実験(提供:地方独立行政法人山口県産業技術センター)

実験の様子を撮影した動画 [15秒](提供:地方独立行政法人山口県産業技術センター)

「提供する情報は、10年ほどの経験があるベテラン伴走者に吹き込んでもらいました。曲がり角や上り坂の“始まり”はもちろん報せますが、視覚障害のランナーにとっては坂やカーブの“終わり”も重要な情報です。晴眼者が見落としがちなそうした情報もフォローすることで、経験の浅い伴走者でもランナーと共に安心してランニングできるシステムに近づいていると思います」(藤本氏)

正しいタイミングで過不足ない情報を伝え、ランナーも伴走者も安心してランニングできる環境を整えることで、より多くの人に走る楽しさを味わってもらえるとの考えに基づいて、開発は進められています。
笠原氏によれば、位置情報の精度はオープンスカイの環境では素晴らしいのですが、カーブやアップダウンが増える山に近い場所では、提供すべき情報が増える一方で精度が低下することもあるのが悩みだといいます。その改善が今後の課題としながらも、藤本氏は「慣れ親しんだ練習コースではなく初見のコースを走る市民マラソン大会をターゲットに、今年中の実戦投入を目指したい」と意欲を示しています。

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

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