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[実証2024-2] OST:信号認証サービスを用いた適正な漁業操業に対するエンドースメント及びMADOCA-PPPの測位精度検証と災危通報の利活用実証

2025年09月08日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2024年度にオーシャンソリューションテクノロジー株式会社(OST)が実施した「インドネシア及びフィジーに於ける信号認証サービスを用いた『適正な漁業操業に対するエンドースメント(承認)』及びMADOCA-PPPの測位精度検証と災危通報の利活用実証」の取り組みを紹介します。同社の水上陽介代表取締役と、実証の実務を担当した菅浩二取締役に話を聞きました。

水上氏

菅氏

各国や地域の管理機関が漁獲量を適切に管理し、規制を遵守せず無秩序な操業を行う違法操業(IUU漁業)を排除することは、漁業における国際的な課題となっています。四方を海に囲まれ、漁獲量が中国に次いで世界第2位の水産国であるインドネシアでは、2025年以降、沿岸から12海里以遠で操業するすべての漁船について、GNSS位置情報をLTE通信でサーバーに送信するVMS(船舶監視システム)の搭載が義務化される予定です。違法操業を試みる漁船団は不正なGNSS信号を活用するなど、様々な偽装テクニックを駆使して違法操業の発覚を免れようとすることが懸念され、こうしたGNSSの偽装信号による測位情報の不正改ざんをいかに防止するかも、近年の解決すべき課題としてクローズアップされています。
一方で、正しく操業している漁業者にとっても、好漁獲が期待できる操業ポイントの記録が重要で、できるだけ正確に操業ポイントを記録するために高精度測位のニーズが高まっています。さらにモバイルネットワークの通信圏外である洋上において、津波などの災害情報を確実に把握できる手段も求められています。

長崎県佐世保市を拠点として、GNSSを活用した漁業者支援サービス「トリトンの矛(ほこ)」を提供するオーシャンソリューションテクノロジー株式会社は、こうした課題を解決するため、みちびきが提供するMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)、災害・危機管理通報サービス(災危通報)、信号認証サービスの3つのサービスを検証しました。
同社は、過去に行ったみちびきを利用した実証事業でも日本国内沿岸におけるSLAS(サブメータ級測位補強サービス)の活用を検証しましたが、2024年度は海外でも利用可能なMADOCA-PPPの測位精度を検証しました。
「2023年度は国内漁業を対象にSLASを実証して、単独測位では困難だったAIによる操業情報の解析が可能だと確認し、トリトンの矛のIoT機器にSLASを導入しました。弊社は今後、ビジネスを海外に広げようと考えており、インドネシアやフィジーでMADOCA-PPPや災危通報の実証を行うことにしました」(菅氏)

実証では山口県の下関と韓国の釜山を往復するフェリーでMADOCA-PPPとCLASの測位精度を比較したほか、インドネシア及びフィジーの洋上にてMADOCA-PPPの測位精度を検証しました。災危通報についても、国内での受信状況の検証に続き、2024年度はみちびきのサービスエリア内であるインドネシア及びフィジーで実証を行いました。
また、GNSSの偽装信号による測位情報の不正改ざん防止を目的として、欧州の測位衛星ガリレオから送信される信号の認証サービス「OSNMA(Open Service Navigation Message Authentication)」の検証を行うと共に、妨害電波の発信や偽装位置情報の生成を行うSDR(ソフトウェア無線)デバイスを使ってGNSS信号の偽装が実際に可能かどうかを検証しました。

フェリー外観

関釜フェリー

MADOCA-PPPの実証では「Cohac∞Ten+」(コア)を受信機として使用し、下関・釜山間フェリー(関釜フェリー)に搭載して測位精度を検証しました。関釜フェリーの航路においては、対馬付近までがみちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)のサービス範囲となります。
今回はCohac∞Ten+のほかに、CLAS対応受信機として「AQLOC Light」(三菱電機)と「RWS.DC」(ビズステーション)、そしてRTK(リアルタイムキネマティック)測位を行う受信機として「SCR-F9C」(センサコム)を搭載し、SCR-F9Cの計測データを用いて後処理RTK測位計算を行った値を真値として使用しました。

アンテナと受信機

船上にGNSSアンテナを設置し、4台の受信機を接続

その結果、CLAS対応受信機では、CLASのサービス範囲内でFIXできた場合はセンチメータ級の高精度測位を確認したものの、本実証中に発生した太陽フレアの影響によると考えられる測位精度の低下も見られました。一方、MADOCA-PPPによる測位では、収束した状態では安定してセンチメータ級からサブメータ級の測位精度を確認できました。

図版-測位結果-1

CLAS(RWS.DC)とMADOCA-PPP(Cohac∞Ten+)の測位結果比較

また、フィジー及びインドネシアでCohac∞Ten+を用いてMADOCA-PPPの測位精度を検証したところ、フィジーでは航跡の約半分が単独測位となってしまった一方で、インドネシアではすべての航跡においてMADOCA-PPPとして収束したことを確認できました。フィジーが南半球の東側に位置するのに対して、インドネシアはほぼ赤道直下であり、実験を行ったインドネシアのマナドは日本から真南方向に位置するために良好な測位結果になったものと考えられます。

図版-測位結果-2

フィジーにおけるMADOCA-PPPの測位結果

図版-測位結果-3

インドネシアにおけるMADOCA-PPPの測位結果

実証中の写真-1

フィジーでの実証

災危通報の実証ではGNSSモジュール「MAX-M10S」(u-blox)を使用して、日本国内の防災気象情報に基づいた情報を配信する基本サービス(DCR)に加えて、Jアラート(ミサイル発射情報等)やLアラート(避難情報)、アジア太平洋地域向けの災害情報を配信する拡張サービス(DCX)にも対応した受信システムを構築しました。
実験当初、MADOCA-PPP用のアンテナの下に災危通報用のアンテナを配置したため、MADOCA-PPP等のアンテナに遮られて災危通報の信号を受信できないトラブルが起こりましたが、災危通報用のアンテナの配置を見直したところ、インドネシア及びフィジーの地上及び洋上においていずれも問題なく信号を受信できることが確認できました。

アンテナ

災危通報用アンテナの受信が遮られたため(左)、配置を変更した(右)

「インドネシアなど東南アジア各国では、洋上に少し出ただけで携帯電話が使えなくなります。そうしたエリアでは『漁船に津波情報をいち早く届けたい』というニーズが特に強く、みちびきによる災害・危機管理情報のブロードキャスティングに期待されています」(菅氏)

実証中の写真-2

ジャカルタでのOSNMAの検証

信号認証サービスの実証ではGNSSモジュール「ZED-F9P」「MAX-M10S」(u-blox)を利用し、ガリレオのOSNMAによる署名メッセージにデジタル署名検証を行い、信号の正当性を確認しました。なお、ZED-F9P及びMAX-M10Sは、みちびきの信号認証サービスサービス(QZNMA)には対応していない(ZED-F9Pはファームウェアアップデートにより対応予定)ため、外部ソフトウェアを使って検証を行い、OSNMA形式の信号認証を行えることを確認しました。

受信ログ

インドネシアとフィジーにおいて信号認証を行えることを確認

また、ジャミング信号を使った、妨害・偽装信号によるGNSS受信機の検証も行いました。妨害電波を発信し、偽装位置情報を生成するSDRデバイスに「ADALM-PLUTO」(Analog Device)を使って、L1信号に対してCW(無変調連続信号)を送信し、受信機「MAX-M10S」への影響を調査したところ、測位できない状態となり受信機能が停止しました。
一方、ADALM-PLUTOから偽装測位信号を送信したところ、受信機の精度は低下したものの、位置情報の偽装はできませんでした。理由として、ADALM-PLUTOでは偽装信号の生成に必要な水晶発振器精度が確保できない点が考えられたため、十分な周波数精度があるSDR「USPR B200」(Ettus Research)を使って追加検証を行ったところ、偽装が確認できました。

PC画面例

SDRによって位置情報の偽装が可能なことを確認

ガリレオの信号認証データを含む信号の場合、偽造信号のデータを実際に受信機に送ったとしても認証は成功しないと考えられます。これはみちびきの信号認証サービスも同様で、対応受信機を使えばガリレオと同様に位置情報の偽装を防ぐことが可能となり、船舶の位置情報に不正がなく、適正な漁業操業であることがエンドース(承認)された操業データをサーバーに記録できます。

「SDRを使うことで実際になりすましが可能だと確認できたので、今後は信号認証を用いた安全な測位信号の必要性について、各国政府と共有したいと考えています。信号認証サービスにおいては、ガリレオとみちびきのどちらも対応受信機モジュールがまだ十分に市場に出回っていませんが、モジュールの中で信号認証を行えるようになれば、測位情報をリアルタイムに検証可能になると思います」(菅氏)

同社は今回の実証時にインドネシア海洋水産省を訪問して、実証の結果を報告すると共に、漁船への安全情報のブロードキャスティングや違法操業を試みる漁業者によるなりすまし行為への対応などについての情報交換を行いました。会合には内閣府(準天頂衛星システム戦略室)も参加しており、海洋水産省から今後の可能性として、まずはマラッカ海峡のイカ釣り漁船に実装してデータ取得を行うことなどのアドバイスを受けました。

集合写真

インドネシア海洋水産省を訪問

開発中の「トリトンの矛」の次機種では、災危通報を実装した上で、今後のGNSSモジュールの進化に合わせてMADOCA-PPPと信号認証サービス(QZNMA)の導入を計画しています。また、東南アジア・太平洋島嶼国において船舶をモニタリングし、様々な海上犯罪を検出する不審船識別システム「Smart Tasking 2.0」の開発を進めており、そこにも今回の実証結果を活用する予定といいます。
漁船の違法操業対策や犯罪抑止などには船舶の行動モニタリングが必須であり、各国がモニタリングできる体制を義務化してIoT機器の導入を進めています。ただ、導入には通信コストや導入コストがかかるため、小型船舶への搭載は難しいのが実情で、オーシャンソリューションテクノロジーはそれをローコストで提供し、モニタリングだけでなくAIによる解析を使った水産資源管理にも活用できる点を大きな強みとしていく方針です。
「このシステムを普及させることで海の透明性を担保し、国際的な漁業の課題を解決していきたいと思います。今後みちびきは機体数が増加してエリアが広がっていきますので、それに合わせて我々のビジネスも大きく広げていきたいと考えています」(水上氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:オーシャンソリューションテクノロジー株式会社

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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