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[2021実証-3] MSJ:みちびき対応cm級受信機とスレーブRTKによる姿勢角検出実証実験と制御系への適用

2022年07月25日

内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。今回は、2021年度に事業化推進枠の実証事業としてマゼランシステムズジャパン株式会社が行った実証事業「みちびき対応cm級受信機とスレーブRTKによる姿勢角検出実証実験と制御系への適用」を紹介します。同社は1987年に創業し、みちびきの高精度測位に対応したマルチGNSS受信機の開発・提供を行っています。岸本信弘・代表取締役に話を聞きました。

岸本氏

岸本氏

複数のアンテナを使って姿勢角を計測

GNSS受信機を車両や船舶、ドローン(無人航空機)などの移動体で使用する場合、GNSS受信機単体では向いている方角を検出できないため、IMU(慣性計測装置)を組み合わせて姿勢角を計測します。ところがIMUには、最初に一定時間の直進走行をしてイニシャライズ(初期化)を行う必要があるほか、停止時間が長いと姿勢角の精度が落ちたり、横滑りが発生する移動体(船舶やドローンなど)では方向にずれが生じたりする課題があります。また、設置の際は中心線を正確に合わせなければならず、一つのIMUを複数の移動体で使う場合は、付け替えに手間と時間がかかります。

これらを解決するため、岸本氏はGNSS受信機やアンテナを1台の移動体に複数搭載して連携させ、アンテナ同士の位置関係から、移動体が向いている方向(ヘディング)や横方向の傾き(ロール)、前後の傾き(ピッチ)などの姿勢情報を計測する「マルチアンテナソリューションシステム」を開発して、実証により検証しました。
「近年、高精度測位に対応したGNSS受信機の価格が下がって、受信機を複数搭載できる環境が整い、これまでのように受信機とIMUのカップリングシステムにこだわる必要が薄れてきました。そのため今後、時代はマルチアンテナで方位角など姿勢角の検出を行う方向へ進むと考えたのです」(岸本氏)

マルチアンテナソリューションのシステム構成

マルチアンテナソリューションのシステム構成

停止中でも姿勢角を検出可能

マルチアンテナソリューションは、主となるマスター受信機と従となるスレーブ受信機で構成されます。マスター受信機はCLAS(センチメータ級測位補強サービス)やMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)の高精度な位置情報を取得し、これをもとにRTK(リアルタイムキネマティック)の補正データをスレーブ受信機に送信します。スレーブ受信機は、受け取った補正データをもとにRTK測位で高精度な位置情報を取得し、マスターとスレーブの位置情報をもとに方位角など姿勢角を算出します。

一般的なRTK測位では、移動体とは別に設置した固定の基準局から補正データを得たり、ネットワーク経由で補正データを得たりしますが、このシステムではマスター受信機が基準局となり、そこから補正データを得て測位を行います。岸本氏はこの仕組みを「スレーブRTK」と呼んでいます。今回の実証では、マスターとスレーブにいずれもマゼランシステムズジャパンの多周波マルチGNSS受信機を使用しました。
「移動体が停止中でも姿勢角を検出でき、スイッチを入れてすぐに自動運転を開始できます。電子コンパスと違って磁場の影響を受けることもなく、ドローンを使って鉄塔を監視するような場合でも磁場の影響を一切受けずに利用できます」(岸本氏)

静止状態での方位角の精度を検証

マルチアンテナソリューションの有効性を検証するため、GNSSシミュレーターを使用してアルゴリズムの精度を検証した上で、インドネシアで「測量船舶への適用検証」、日本国内では「自動走行車両」、「ドローン」、「小型船舶による自動着岸」の計4種類の実証実験を試みました。
まずGNSSシミュレーターによる精度検証では、アンテナ間の距離(基線長)が長くなればなるほど方位角精度が向上すると確認され、基線長が1mでの目標値として定めた0.2度の方位角精度を達成できました。

一方、インドネシアでの測量船舶への適用検証はコロナ禍の影響で中止となり、代わりにバンドン工科大学でマゼランシステムズジャパンのMADOCA-PPP対応受信機を用いた地上での検証を行いました。これは2アンテナ構成で静止状態における精度を検証するもので、測量用のトータルステーション(*)とGNSS受信機を用いて測定する距離と位置情報から算出した方位角を基準に、マルチアンテナソリューションで計測した方位角と比較しました。
基線長1m・2m・4m・8m・10mの5つのパターンで検証を行い、いずれの距離でもマルチアンテナソリューションの方位角精度は0.05度以内に収まりました。
「基線長2m以上であれば、ほとんどのナビゲーションアプリに適用できると確認できました。バンドン工科大学にも、静止状態の精度が非常に高いと評価していただきました」(岸本氏)

*水平角と鉛直角を計測する経緯儀という器械に、高精度レーザ測距計を内蔵した測量器械

バンドン工科大学の実証での機材配置

バンドン工科大学の実証での機材配置

実験中の様子

実験中の様子

実験中の様子

MADOCA-PPP対応受信機

マゼランシステムズジャパンのMADOCA-PPP対応受信機

アンテナを2台搭載した自動走行車両で実験

日本国内における自動走行車両の実証では、CLASで測位したマルチアンテナソリューションの方位角と位置情報を活用した自動走行と、車両のコントローラーに内蔵されたコンパス(磁針方位計)を使った自動走行を比較しました。アンテナは車両の前後に2台、基線長1mの距離で搭載しました。8の字走行、ジグザグ走行、直進後進走行の3つの走行ルートで検証した結果、マルチアンテナソリューションを使った自動走行は、車両の内蔵コンパスを使って走行した軌跡と概ね同等の走行ができると確認できました。
「走行ルートには建物が近くにある箇所もありましたが、CLASの補強対象衛星数が17機となってからは測位精度がかなり安定し、条件の悪いところでもFIXするようになりました」と、岸本氏は方位角精度の高さに加えて、CLASそのものの測位精度も高く評価しています。

自動走行車両による実証の機器構成

自動走行車両による実証の機器構成

自動走行車両

3パターンの自動走行を実施

自動走行車両

ドローン内蔵コンパスと同程度の方位角精度

ドローンの実証では、イームズロボティクス株式会社のドローン「E6106FLMP」に、マゼランシステムズジャパンの多周波マルチGNSS受信機ボードと小型GNSSアンテナ「MJ-3025-GM4-ANT」をバッテリーと共にボックスに収納して搭載しました。このドローンで、マルチアンテナソリューションで取得した方位角とCLASの位置情報を使った飛行と、ドローンのフライトコントローラーに内蔵されたコンパスを使った飛行の軌跡を比較しました。また、アンテナを3台搭載して、方位角だけでなくピッチやロールも計測しました。
検証は、「その場で上昇・下降」、高度30mでの「時計回りホバリング」、高度30mを維持しながら30m角のルートを飛行する「四角形の移動」、「機首を中央に向けて円軌道」の4パターンで行いました。実証時は強風の影響があったものの、すべてのシナリオにおいて、マルチアンテナソリューションにより概ね想定どおりに飛行できました。
「ペイロードを軽量化するため、リファレンスとなる機器を搭載しておらず、正確な精度検証は行っていませんが、内蔵コンパスと比べて大きな差はなく、今後はドローンへの搭載も期待できると思います」(岸本氏)

ドローン実証の機器構成

ドローン実証の機器構成

アンテナの搭載位置

アンテナの搭載位置

イームズロボティクスのドローン

イームズロボティクスのドローン

小型船舶の自動着岸システムを年内実用化

小型船舶の自動着岸ではニュージャパンマリン九州株式会社が保有する試験艇を使用し、CLAS測位によるマルチアンテナソリューションの位置情報と方位角、対地針路、対地速度の情報をマロール株式会社の操舵制御システムに入力し、人の手を介さずにスラスター(船首と船尾の向きを細かく調整する小さなスクリュー)を制御して自動航行させました。
実証の際は数十メートル離れた海上から指定された場所へ自動航行で着桟させるシナリオを数回繰り返して、概ね正しい位置へ船を着桟させることに成功しました。
小型船舶の自動着岸システムは、今後の実用化に向けてスラスター制御を含めた更なるチューニングを行った上で、ニュージャパンマリン九州、マロール、本田技研工業株式会社の3社と共同で、年内に製品として発売する予定です。

自動着岸システムの機器構成

自動着岸システムの機器構成

自動着桟時の船舶の移動軌跡

自動着桟時の船舶の移動軌跡

実験中の様子

実験中の様子

実験中の様子

受信機と一体化したスマートアンテナを開発中

岸本氏は、この実証でみちびきのCLAS及びMADOCA-PPP対応受信機と複数台のスレーブRTK受信機を連携させるマルチアンテナソリューションで予想どおりの精度が確認できたとして、今後はより安く簡単なシステムを目指して実用化を進めていく方針です。
受信機の簡素化・簡便化では、独自に開発したデジタルASIC(特定用途向け集積回路)を採用した第3世代のセンチメータ級GNSS受信モジュールの開発・量産を進めています。第3世代モジュールは既存の第2世代に比べてサイズ・コスト・消費電力のいずれも大幅に低減されます。
また、事業用プロダクトでは、アンテナ、GNSS受信ボード、電源、インターフェース基板、バッテリーなどを一つの筐体に収納したスマートアンテナを開発中です。農機や土木建築用の重機などに簡単に取り付けられるため、スマートアンテナを複数台使用することでマルチアンテナソリューションを利用できます。

独自のデジタルASICを採用した受信モジュール

独自のデジタルASICを採用した受信モジュール。第3世代(左上)と第2世代(右上)

最後に、岸本氏に今後のみちびきに期待することを聞いてみました。
「CLASの測位精度と安定性は完成されつつありますが、たとえば火山噴火による対流圏への影響でFIX率が少し低下するなど、まだ外乱の影響もあり、こうした点が改善されることを期待します。海外へのMADOCA-PPPの展開も加速していただき、みちびきの海外ユーザーの増加にも期待したいと思います」(岸本氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

※本文中の画像・図版提供:マゼランシステムズジャパン株式会社

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