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[実証2020-6] 愛工大+竹中工務店によるコンクリート工事管理システム

2021年09月21日

内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回紹介する2020年度の実施事業は、愛知工業大学、株式会社竹中工務店、極東開発工業株式会社の3者が実施した、SLAS(サブメータ級測位補強サービス)を活用したデジタルツイン・コンクリート工事管理システムの実証実験です。愛知工業大学工学部 建築学科の瀬古繁喜教授(建築材料・施工研究室)に話を聞きました。

瀬古教授

瀬古教授

SLASをもとに工事状況を管理

コンクリートの打込み作業

コンクリートの打込み作業

コンクリートの打込み作業

建築業界では作業者の高齢化や人手不足が進んでいます。特にコンクリート工事は、多くの作業者が密集して行うにも関わらず、工事の進捗状況が現場で明確に分からないため、熟練作業者の経験と勘が建物の品質などに大きく影響します。こうした中で瀬古教授は、工事が進む状況をデジタル技術で可視化して情報を共有すれば、工事の効率化や作業人員の適正化、監督や作業者への教育などが可能になると考え、それを「デジタルツイン・コンクリート工事管理システム」と名付けて開発を進めました。
このシステムでは、コンクリート打込み作業者が装着するGNSS受信機(SLAS対応受信機)によって工事を行う位置を測位し、コンクリートポンプに設置したセンサーが算出する打込み量と、その位置データを組み合せて、シミュレーションプログラムによって現実の状態に近い工事進行を三次元で可視化します。
コンクリート工事現場の進行をリアルタイムに仮想空間に再現することから、現実空間(フィジカル)の施設や設備を仮想空間(サイバー)上に再現してシミュレートするという意味を込め、システム名に“デジタルツイン”の言葉を冠しました。

作業者の位置測位方法には当初、SLAM(*1)や自動追尾測量器といった選択肢もありましたが、オープンスカイの条件で行うことが多いコンクリート工事では、装置を準備する手間などの課題も考慮し、装着するだけで簡単にサブメータ級の高精度測位が可能となる、みちびきのSLASが良いと判断して採用しました。
「施工者は、コンクリートがどう流れ込み、どのように積み重なって固まるかを直に見ることができません。2018年にそれをシミュレートして可視化するシステムを開発しましたが、その時はコンクリートの打込み位置を手作業で入力していました。みちびきのSLASを使えば、作業者に受信端末を装着しても小型軽量で邪魔にならず、コンピュータにも負荷をかけないと知り、実証を行うことにしたのです」(瀬古教授)

(*1)SLAM:Simultaneous Localization and Mapping(自己位置推定とマッピングの同時実行)

下向きでも、ヘルメットのアンテナは上向き

受信機を装着したヘルメット

ポリ塩化ビニール樹脂の治具を試作して受信機をヘルメットに装着

システムではコンクリート打込み位置をSLAS対応受信機で測位し、それをコンクリートポンプのセンサーで検知してクラウドに送信した打込み量データと組み合わせて同期させます。この仕組みで、仮想空間上にBIM(*2)を利用して作成した構造体モデル内にコンクリートが流れ込み、打ち上がっていく状況をリアルタイムで表示・管理します。受信機にはコアの「Cohac∞ QZNEO」を使用しました。
実証実験の前に、大学構内において25m四方の大きな正方形を描き、その中でSLAS対応受信機を5m間隔で移動させた場合、受信機を設置した測定点の位置と測位結果の差がどうなるかを確認しました。実験者はSLAS対応アンテナを載せたヘルメットを装着し、受信機本体とモバイルバッテリーは作業着のポケットに入れました。アンテナはポリ塩化ビニール樹脂を加工して作った振り子状の治具を介してヘルメットに装着し、実験者が下を向いてもアンテナは天頂を向いた状況が保持されるように工夫しました。

(*2)BIM:Building Information Modeling(建物の立体デジタルモデル)

グラウンドと測定点

#測定を行った大学内のグラウンド(左)と測定点(右)

測定点と測位結果の比較

測定点と測位結果の比較

今回の実証では、受信機の電源を入れてから基準点を測位するまでの時間を、受信機のキャリブレーションタイムとして0分、30分、60分と3つのタイミングに分けました。これは、電源を入れた直後で使用した場合に誤差が大きめに出たため、受信機の電源を投入してから測位が安定するまでに、ある程度の時間を要すると推察したからです。
その結果、キャリブレーション0分では測定点と測位結果の差の平均値は0.98mでしたが、30分の場合は平均値が0.69m、60分の場合は平均値が0.56mとなりました。こうしてキャリブレーションが30分程度以上であれば、測位精度はサブメータ級である1m程度以内に十分収まることが確認できました。
「測位精度やシステムの動作は満足できる結果となりましたが、アンテナを固定する治具は、強度を重視して作ったためにかなり大きく重いものでした。そこで、実際の建築現場で行う本番の実証実験では、治具をもう少し小さく軽くして臨みました」(瀬古教授)

改良後の治具

改良後の治具

コンクリートの充填状態を可視化

本番の実証実験は、九州で建設中の商業施設の一角にある排水設備の建築現場で行われました。当日はコンクリートポンプの作業者がSLAS対応受信機を装着し、コンクリートポンプの打ち込み量データを取り込んで、リアルタイムでコンクリートが流動して打ち上がっていく状況を操作画面で確認し、得られた結果と実際のコンクリート充填状況を対比して実用性を検討しました。
「現場での作業者が多かったので、携帯電話のWi-Fiの影響を受けたのか、コンクリート工事管理システムを実行するタブレットとQZNEOの間のBluetooth接続が切断されたり、シミュレーションで使用するコンクリートブロックの数が多すぎてプログラムが途中でハングアップしたりとさまざまな問題が起きましたが、試行と調整を重ねて実験を続けました」(瀬古教授)

その結果、SLAS対応受信機が作業者の位置を測位した結果に基づいて、コンクリートの充填状況が3Dで表示されました。レーザー距離計で都度測量した作業者の位置と受信機で測位された位置を比較したところ、差は最大でも2.6mで、平均値は1.2mと良好な結果でした。また、実際のコンクリート充填状態(ある程度工事が進んだ段階で高さを"実測"したもの)とシステム上のコンクリートの充填状態を比較したところ、全体として実際のコンクリート充填状態を概ね表現することができていました。
「測位データの取り込みとコンクリートの流量データの突き合わせのタイミング、プログラムの実行時間も含めて、工事の進行に合わせてリアルタイムで3つの技術を同期させる処理は、終わってみれば簡単そうに見えますが、実際に動作する確証はありませんでした。ですが、結果としてSLASの測位結果に基づいてコンクリートの状況がその場で可視化されることを確認できました」

工事の状況

コンクリート工事管理システム上での工事の状況

充填状況の推移

システム上でシミュレートされた充填状況の推移

作業者の位置の軌跡

作業者の位置とシステム上に反映された位置の軌跡

竹中工務店と連携して実用化を目指す

瀬古教授は、今後の課題の一つにアンテナの装着治具を挙げています。実証実験を行ったことでヘルメットに受信機を装着すると未だ重量の負荷が大きく、また、足場などの障害物を通る時に破損する可能性もあるという意見も得られました。今後に向け、現在の振り子状の装着治具を簡略化し、作業者が着るベストの背中上部に装着できるような軽量な治具を開発中です。

背中装着治具

背中装着治具

また、今回の実験で測位した場所は、受信機を装着した施工者であり、コンクリートポンプの先端ノズルの位置はそこから少しずれるため、システム内部で打ち込みの位置に補正を加えています。瀬古教授は、将来は施工者の位置をより高精度に測位すると共に、そこから先端ノズルの位置を推測してコンクリート打ち込み位置をより厳密に割り出せるようにすることを目指しています。
「今回は小型・軽量を理由にSLASを採用しましたが、対応アンテナや受信機が小型化し、電源の問題なども解決すれば、いずれはCLAS(センチメータ級測位補強サービス)の採用も検討したいと思います」(瀬古教授)

今後、共同開発者の竹中工務店と連携しながら実証実験の実績を重ね、メリットを明確にしながら、最終的には建設業界として利用できるように水平展開を図っていく方針です。今回のような工事中の見える化だけではなく、施工計画の段階で、コンクリートの打込み順序の事前シミュレーションを行うツールとしても活用できるようにして、セットで展開していくことを検討しています。
また、国土交通省の新技術情報システム(NETIS)に登録することも考えており、公共工事などの競争入札において技術提案ツールとしての活用を促していくといいます。

「もちろん現場の施工管理やメンテナンスに活用できる形にして市販することは最優先事項ですが、このシステムを使って工事記録をデジタルデータとして保存できれば、施工者の“経験”や“勘”の要点がどこにあるのかを分析できるメリットもあります。今後の研究テーマでもありますが、工事手順の最適化を分析して、工事の進行案内をナビゲーションするといった使い方も考えられます」(瀬古教授)

研究室のメンバーと瀬古教授

実証を行った材料・施工研究室のメンバーと瀬古教授(撮影時のみマスクを外しています)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

※記事内の画像・図版提供:愛知工業大学、株式会社竹中工務店、極東開発工業株式会社

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