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[実証2023-3] コア:みちびき信号認証サービスを用いた国産ドローンによるアンチGNSSスプーフィング実証

2024年06月17日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、株式会社コアが2023年度に実施した「みちびき信号認証サービスを用いた国産ドローンによるアンチGNSSスプーフィング実証」の取り組みを紹介します。同社は、GNSS受信機の位置情報を狂わせるスプーフィング(なりすまし)の脅威を解決するために、信号認証サービスに対応したCLAS(センチメータ級測位補強サービス)対応受信機と、受信機を搭載する物資輸送用ドローンを新たに開発し、埼玉県秩父市でデモンストレーションを実施しました。実証事業を統括した同社GNSSソリューションビジネスセンターの山本享弘センター長と、実務を担当した同センターGNSSソリューション部の宮本翔プロジェクトマネージャーに話を聞きました。

顔写真-山本氏

山本氏

顔写真-宮本氏

宮本氏

車両の自動運転やドローンの自律飛行においてGNSSが広く利用され始める中、地上からGNSSの電波を装った不正な電波を送信することで受信機の位置情報を狂わせるGNSSスプーフィングが脅威となっています。みちびき(準天頂衛星システム)はその対策として、測位信号の真正を検証できる仕組みを提供する「信号認証サービス(航法メッセージ認証)」の提供を2024年4月1日から開始しました。今回の実証事業は、そのサービス提供開始に先立ち試験配信された信号認証データを利用して行われました。

仕組み図

GNSSスプーフィングの脅威

実証では、みちびきの信号認証サービスに対応したCLAS対応受信機によりGNSSスプーフィング信号を検出可能であることを確認すると共に、スプーフィングの攻撃を受けた際にドローン操縦者へその旨が通知され、安全に着陸できるかどうかを検証しました。

まず2023年7~9月、事業全体を管理するコアが信号認証サービス対応の受信機を開発すると共に、その受信機を載せるドローンを委託先の株式会社ACSLが開発しました。コアは受信機の開発と並行して、GNSSシミュレーターによりスプーフィング信号を生成する環境(スプーファー)も構築し、2023年11月末までに受信機とドローンの結合試験を行った後、12月以降に静止体試験や飛行試験、事前リハーサルを行いました。

画像-試験の様子

静止体試験

画像-試験の様子

飛行試験

そして、2024年2月に秩父市で最終の実証実験(デモンストレーション)を実施しました。秩父市の実証における環境構築とメディアへの発信は、ドローンサービス「Rakuten Drone」を提供する楽天グループ株式会社が担当しました。

コアが開発した信号認証サービス対応の受信機「Cohac∞ Ten++」は、CLASに加えてRTK(リアルタイムキネマティック)やMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)にも対応した受信機で、これらの測位モードの自動切替機能を搭載しています。また、2つのアンテナを接続し、アンテナの位置差をもとに方位を算出する機能も備えています。

受信機

Cohac∞ Ten++

みちびきの信号認証サービスは公開鍵暗号方式による電子署名認証技術を活用して、測位信号の真正を検証できる仕組みです。公開鍵暗号方式は、暗号化と復号とで異なる2つの鍵(秘密鍵と公開鍵)を使用します。そして電子署名認証では、秘密鍵で署名を作成し、秘密鍵と対になる公開鍵で検証します。
具体的には、みちびきの管制局が秘密鍵を用いて電子署名データを生成し、これを測位信号情報(航法メッセージ)に含めてみちびき衛星から配信します。信号を受信した測位ユーザ(GNSS受信機)は、予め入手した公開鍵、受信した電子署名データと航法メッセージ(ハッシュ値)を用いた演算処理により、航法メッセージの改ざんの有無を検証します。
この仕組みによって、測位ユーザは本当の測位衛星から送信された測位信号のみを用いたセキュアな測位が可能になります。

仕組み図

みちびきの信号認証サービスの仕組み

Cohac∞ Ten++受信機の内部は、GNSS測位信号とみちびきの信号認証信号を受信する「信号受信部」、暗号化されたデジタル署名を復号した上で、正しい信号かどうかを検証する「信号認証部」、そして信号認証部によって弾かれた不正な信号を棄却して正しい信号だけを使って測位演算を行う「測位演算部」の3つのブロックに分かれています。信号認証部がスプーフィング信号を検出した場合は、その衛星を棄却した上でユーザーへ通知されます。

受信機メーカーとして知られるコアですが、信号認証機能に対応した受信機の開発は初めての経験であり、開発当初は「正常に動作しているか判断が付きづらく、仕様を理解するのに大変苦労しました」(山本氏)という状況でした。その後、試行錯誤を繰り返しながら開発を進めていき、実際にスプーフィングの電波を受信して検証する際は、妨害信号を外に漏らさないように電波暗室を借りて作業を行いました。

仕組み図

みちびき信号認証サービス対応ドローンの仕組み

コアがこれまで提供してきたCLAS対応ドローン「ChronoSky PF2」は写真測量や点検を目的とした機体でしたが、今回はその後継機となる「ChronoSky PF2-AE」をベースとした物資輸送用の機体を新たに開発しました。そのため、従来よりもペイロードを増やして物資を搭載でき、物資の切り離しも可能です。
実証に当たって物資輸送用のドローンを新規に開発したのは、「GNSSスプーフィングの脅威を広く認識してもらい、その効果を実感していただくには、利用シーンを想像しやすい形が必要と考えました」(山本氏)という理由によります。

ドローンとプロポ

物流用の新ドローン(左)と手動運転時に使うプロポ(右)

ドローン自体にも、Cohac∞ Ten++からの出力を地上の操縦者が持つGCS(地上管制局:Ground Control Station)に通知し、スプーフィングを検出した場合はGCS上に警告を表示する機能を追加しました。一部の衛星がスプーフィングを受けて測位が可能な場合は、黄色のメッセージが表示され、警告音が鳴った状態となりますが、自律飛行は継続されます。多くの衛星がスプーフィングを受けて測位が不可能となった場合は、警告音と共に赤色のメッセージが表示され、自律飛行から手動飛行へと切り替わります。

警告画面例

GCSの警告画面

実証実験

実証実験の様子

最終の実証実験は2024年2月6日、秩父市の協力のもと、市内の「道の駅大滝温泉」と「大滝総合支所」の間でドローンが試験飛行を行いました。災害発生時を想定して、住民が避難する大滝総合支所に道の駅大滝温泉からドローンで救援物資を届けるというシナリオで実施されました。

飛行経路図

ドローンの試験飛行経路(道の駅大滝温泉→大滝総合支所→道の駅大滝温泉)

みちびきのCLASを活用しているので、携帯電話の通信網が使用できない災害時においても、スペースが限られた場所にピンポイントでドローンを確実に飛行させることができます。また、信号認証サービスに対応しており、自律飛行による荷物の搬送中にスプーフィングの妨害信号が放射されたとしても、安全にドローンを飛行させることができます。

実際にスプーフィング信号を放射するのは電波法に違反するため、この日の実証では、信号を外部に放射せずに、有線によって受信機にスプーフィング信号を入力する形でデモンストレーションを行いました。ドローンを実際に試験飛行させる際は、受信機において擬似的にスプーフィング信号を検出した状況を発生させてドローンに入力しました。

まず有線によるデモンストレーションでは、実際の衛星からの信号と、スプーファーで生成したなりすまし信号を混合機で混合し、スプーファーからの信号の方が強い環境を再現して、信号認証サービスに対応した受信機(Cohac∞ Ten++)と、対応していない受信機にそれぞれ入力しました。その結果、信号認証サービスに非対応の受信機では、スプーファーで設定されたコア本社の東京・三軒茶屋の位置が示されましたが、Cohac∞ Ten++では実際に受信機を使用している大滝総合支所の場所が示されました。

有線接続

有線接続によるデモンストレーション

有線デモの結果

有線デモの結果。信号認証に対応した受信機はスプーフィング信号を遮断したが(左)、非対応受信機はスプーファーが設定した位置を表示(右)

飛行試験

飛行試験の様子。降雪の中、大滝総合支所へ向かう

続いて、屋外で実際にドローンを飛行させる形で2パターンの実証試験が行われました。パターン1の実証では、スプーフィングされる衛星の数が少なく、他の衛星の信号を使って自律飛行が可能な場合を設定しました。これに対してパターン2では、多くの衛星がスプーフィングを受けて自律飛行ができなくなった場合を想定しました。
パターン1では、荷物の搬送先である大滝総合支所付近でスプーフィングを受けた状況が再現され、操縦者が持つGCSの画面上に“GNSS-Spoofing detected”という黄色の警告メッセージが表示されました。この場合はスプーフィングを受けていない衛星の信号を使って測位を続けられるので、自律飛行は継続されます。CLASの高精度測位により、ドローンは無事、着陸地点へピンポイントに降りることができました。ドローンは、そこで荷物を切り離してから、出発地点である道の駅 大滝温泉に自律飛行で帰還しました。

警告メッセージ画面

GCS画面上に警告メッセージが表示(=画面右上)

着陸画面

ピンポイントに着陸

離陸画面

物資を切り離して再び離陸

パターン2では、スプーフィングされる衛星の数が多くて測位を継続できず、自動航行が不可能となった場合を想定しました。大滝総合支所付近でスプーフィングを受けた状況が再現され、GCSの画面上に“GNSS-Spoofing detected”という赤色の警告メッセージが表示されました。自律飛行は中断され、操縦者が手動運転に切り替えて安全に着陸させることができました。いずれのパターンにおいても、当初想定していた動作を確認することができました。

妨害を受けて測位が不可能となった場合の画面

手動操作

手動での操作に切り替え

なお、試験飛行の終了後、実証に立ち会った内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社と、実証を実施したコア、楽天グループ、ACSLの担当者は地元の秩父市役所を訪ねて、秩父市の北堀篤市長、石関千春副市長と意見交換を行いました。内閣府からみちびきの概要と今後の計画について説明し、コアがこの日の実証実験の報告を行うと共に、秩父市が、Society 5.0「山間地域におけるスマートモビリティによる生活交通・物流融合事業」 やドローンへの取り組みについて説明した後に、今後の可能性について意見を交わしました。
秩父市での実証実験について山本氏は、「当日は降雪の影響で参加いただける方が減ってしまいましたが、この環境下で実際に荷物を運搬できたのは災害時を想定した実験として良かった面もあります。GNSSスプーフィングの脅威について、参加したメディアの方に必要性を認識していただけたことも成果でした」と振り返り、メディア報道後は、顧客からの問い合わせも寄せられたと話します。

コアは今回の実証を踏まえて、Cohac∞ Ten++の発売に向けて開発・製造を進めていく方針で、みちびきの信号認証サービスを活用したGNSSセキュリティソリューションや、ドローンによる物流ソリューションの提供開始も目指しています。また、信号認証サービスに対応した機器の今後の展開としては、既存のGNSS受信機と組み合わせて、スプーフィング信号を検出するアダプター型のデバイスの開発も検討しており、特許も出願中です。

信号認証サービスは、ドローンだけでなく自動車の自動運転に活用できるほか、ブロックチェーンにおけるタイムスタンプ付与などにも活用できます。測位衛星から正しく配信された信号が信号認証によって利用可能になることで、タイムスタンプの根拠となる時刻の正確性を担保することができます。
同社では、「GNSSスプーフィングの脅威はまだあまり認知されていませんが、これから認知が広がれば、対応受信機の大きな差別化要素になると思います」(山本氏)と、みちびきの今後に期待を寄せています。

山本氏と宮本氏

山本氏(左)と宮本氏(右)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※本文中の画像・図版提供:株式会社コア

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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