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[実証2020-2] ビスペル、CLASを活用して建設機械を遠隔操作で自律化

2021年08月16日

内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
2020年度の実施事業を事業者ごとに紹介する2回目は、静岡県富士市で測量用ドローンや建設機械(建機)のリモート操作システムの開発を行っている合同会社ビスペルを取り上げます。同社はARAV株式会社と共同で、みちびきのセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)を活用すると共に、安価な部品で建機をICT化し、自動運転による無人化を図る実証実験を行いました。
ビスペルの代表を務める馬渡純氏に話を聞きました。

ビスペルの馬渡氏

ビスペルの馬渡氏

油圧ショベルとトラックにCLAS対応アンテナと受信機を設置

建設業界は少子高齢化により慢性的な人手不足が起きており、建設技能の継承も大きな課題となっています。国土交通省は建設生産プロセスでICTを活用する「i-Construction」を推進し、建設現場の生産性向上を目指していますが、従来の建機と比べて高価なICT建機は、まだ中小事業者へ広く普及するには至っていません。
こうした中でビスペルは、もともとダンプトラックやバックホウ(ショベルをオペレーター側の向きに取り付けた建機)の油圧ショベルの遠隔操作技術の開発に取り組んでおり、最初はラジコン模型を使って実験した技術を使って、実機による遠隔操作システムの開発に成功しました。
「次の段階として自律化を目指そうとしていた時に、ちょうどこの実証事業公募を知り、みちびきの高精度測位を活かして建機を自律化するシステムを開発しようと考えました」(馬渡氏)

CLAS対応アンテナを設置した油圧ショベルとダンプトラック

油圧ショベルとダンプトラックにCLAS対応アンテナを設置

実証では、バケット容量が0.28立方メートルの小型の油圧ショベルとダンプトラックをレンタルし、独自のICT建機化するシステムを取り付けました。レンタル建機を使ったのは、ICT化されていない建機にも後付けで取り付け可能であることがニーズとして存在したからです。それを実現するには、システムの着脱が容易で、建機自体を改造せずに現状復帰できる必要がありました。
まず、みちびきのCLASに対応した受信アンテナを油圧ショベルとダンプトラックの運転席上部の屋根に2つずつ、計4つを設置した上で、それぞれのアンテナにCLAS対応の受信機を接続しました。三菱電機とマゼランシステムズの受信機を2つずつ、計4台を取り付けました。油圧ショベル側のみちびきの受信アンテナは、屋根の上の2カ所に対角に設置しました。アンテナ間の距離は1.7mで、対角に設置したのは機体の向きを認識するための措置です。

油圧ショベルにはアンテナを対角に設置

油圧ショベルにはアンテナを対角に設置

アームには加速度センサーと角度センサーを設置

アームには加速度センサーと角度センサーを設置

油圧ショベルの屋根には、前方の土砂などの形状を認識するLiDAR(レーザースキャナー)を設置し、アームの各所に加速度センサーと角度センサーを取り付けました。ショベルの操作レバーには、自動操縦のためのアクチュエータ(駆動装置)も取り付けました。

土砂の形状を認識するためのLiDAR

土砂の形状を認識するためのLiDAR

操縦レバーにはアクチュエーターを設置

操縦レバーにはアクチュエーターを設置

自律制御を行うソフトウェアの開発は、ARAVが担当しました。オープンソースのロボット開発プラットフォーム「ROS(Robot Operating System)2」を使用し、油圧ショベルに取り付けた加速度センサーと角度センサー、LiDARなど各種センサーが取得したデータとみちびきの測位結果をリアルタイムで読み取り、ROS2で統合させた上で、認識した土砂に対してバケットをどのように動作させるかを計画・実行するという手順で、自律的な掘削を実現します。
「苦労したのはAI(人工知能)技術を活用したモーションプランニングで、開発に使ったROS2はオープンソースとは言っても、油圧ショベルに適用させるため、ほとんどゼロから作る必要がありました。ソフトウェアの開発は、センサー類をすべて油圧ショベルに取り付けた状態にしないと始められず、短期間で開発して実験を行うのは大変でした」(馬渡氏)

CLASだけでショベルの正確な方向を検知可能

実証実験は、東海道新幹線の新富士駅近くにある再開発現場で行いました。自律動作を行う油圧ショベルは、LTE回線でインターネットと接続してウェブブラウザから遠隔操縦できるようにした上で、動作を緊急停止させる安全スイッチも実装しました。
無人自動化された油圧ショベルを盛り土の手前に停車させた状態からスタートし、待機状態の油圧ショベルの横に、削った土砂を積み込むダンプトラックが並ぶと、自動的に土砂の掘削が始まります。アームを動かして土砂を掘削し、バケットの位置を調整しながらトラックへ土砂が次々と積み込まれました。

新富士駅近くで行われた実証実験

新富士駅近くで行われた実証実験

実験では、無人の状態で問題なく自律的に掘削して土砂をトラックへ積み込めることが確認できました。CLASの高精度測位で、機体の向き(ヨーイング)を認識し、掘削した位置を記憶することが可能なため、2回目は、1回目の掘削位置の横を正確に掘ることができました。掘削した土砂の量も、毎回ほぼ同量となりました。
「測量用ドローンですでにRTK測位(Realtime Kinematic、固定点の補正データを移動局に送信してリアルタイムで高精度に位置を測定する方法)の精度は把握していましたが、CLASでRTKと比べてほぼ遜色のない精度が実現できると確認できました。ショベルの方向検知はセンサーを使わずCLASのみで行いましたが、十分な精度が出ました」(馬渡氏)

ビスペルとARAVが進める建機のICT化システムは、RTK測位でも実現できますが、RTK方式や、そのネットワーク型のVRS方式(Virtual Reference Station、仮想基準点方式)の場合は、通信費やVRS配信業者への費用、ローカル固定局方式であれば固定局観測機の購入費用や事前の測量、固定局の電源確保や維持管理などの手間が必要となります。CLASを使えばこのような手間やコストが不要となります。

なお、実証実験の際、日によってオープンスカイであっても測位結果が上手くFIX(収束)しないことがあり、今後の課題となりました。
「屋根の上にポールを立て、アンテナを高い位置に設置する等の対策を検討しています。FIXさえすればCLASの精度には大変満足しているので、解決法を考えていきます」(馬渡氏)

無人で動く油圧ショベル

無人で動く油圧ショベル

CLAS対応受信機の低価格化に期待

両社は今後、複数の建設現場で自動運転実証データを取得し、国交省へ情報提供していく方針です。導入コストを従来のICT建機と比べて半分にできるように工夫し、製品化を目指していますが、そのためには汎用性をどこまで追求するかが重要といいます。
「今回の実証では、油圧ショベルで盛り土の下側から土砂を削る処理を自律化しました。実際の工事では、盛り土の上にショベルが乗った状態で土砂を削るケースも多く、それには今回と異なるプログラミングが必要となります。また、実用化に向けては、奥行き方向のショベルの動きの細かいコントロールや、トラックの場所を自動的に検知して土砂を運ぶといった動作の実現が不可欠です」(馬渡氏)

最後に、今後のみちびき利用の可能性について話してもらいました。
「みちびきのCLASを使えば、田んぼの細い畦道にクローラー(移動式クレーン)やダンプトラックを自動的に進ませるといったことができます。建設や土木以外でも、たとえば観光の分野で、オンラインでドローンを遠隔操作してバーチャルツアーを行う場合に飛行禁止エリアを設定したり、途中まで自律飛行を行ったりもできます。対応受信機が安価になれば動き出すプレーヤーは多くなりますし、当社も今後、CLASを活用した遠隔リモート技術をいろいろな業界に展開していきたいと考えています」(馬渡氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

※ヘッダ及び本文中の画像・図版提供:合同会社ビスペル、ARAV株式会社

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