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[実証2020-8] インフォマティクス、CLASとMR技術で建設現場へ3D導入

2021年11月08日

内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、1981年に設立され創業40年となる株式会社インフォマティクスが株式会社鴻池組の協力のもとに行った実証事業「センチメータ級測位補強サービス(CLAS)とMR技術によるBIM/CIMモデルの活用」(*)を紹介します。同社はもともと設計や製図に使うCAD製品を日本に広げる仕事をしていましたが、現在は地理情報を扱う専門ソフトウェア会社として、さまざまな用途の地図を取り込み、デジタル化してコンピュータ上に表示・分析するシステムの開発などに取り組んでいます。同社 事業開発部の金野幸治氏と熊谷知明氏に話を聞きました。

金野氏

インフォマティクスの金野氏

熊谷氏

熊谷氏

(*) MR :Mixed Reality(複合現実。現実空間に人工的な仮想のデジタル情報を追加する「拡張現実=AR」をより発展させ、仮想物を現実空間の特定の位置、座標にリアルタイムに合成し、利用者の動きにシンクロさせる技術)
BIM:Building Information Modeling(建物の立体デジタルモデル)
CIM:Construction Information Modeling(土木建設への立体モデル活用)

CLASによりMRデバイスの位置合わせ

建設・土木の分野では、測量、設計、施工、管理といった工程に情報通信技術を導入し、現場の生産性向上を目指す取り組み「i-Construction」が推進され、作業に使う部材や設備を3次元データ化し、施工計画や環境性能の解析などをデータの一括管理で行うBIMやCIMの技術導入が進んでいます。
インフォマティクスは、建設業界向けにMR技術を使って原寸大の図面や3次元モデルの映像を空間に投影する「GyroEye Holo」を提供しており、ここで紹介する「2020年度みちびきを利用した実証事業」では、みちびきのCLASを活用して、ゴーグル型のMRデバイス「Microsoft HoloLens 2」に映る映像にBIM/CIMデータを実寸のスケールで重ね合わせることにより、土木の現場で設計や施工管理に活用するための実証を行いました。

「CLASとMR技術によるBIM/CIMモデルの活用」システム構成図

システム構成図

HoloLens 2は、室内において壁面など周辺の形状を手掛かりにしたMR表示を行えますが、屋外では目標物が少ないために空間を捉えきれず、MRモデルの位置が大きくずれてしまう現象が発生します。そこでインフォマティクスは、建設や土木の現場においてMRデータを重ねるための対策として、測量で用いられるトータルステーション(対象物までの距離と角度を正確に取得する測量機器)でホログラフィック映像の投影位置を補測して安定させる機能を開発しました。
しかし、トータルステーションは高価であり、ヘルメット上部のプリズムを補測できる角度が限られていることや、別の作業員がレーザー光を遮ることで位置を見失ってしまう点も課題となっていました。そこで今回、みちびきのCLASによる高精度測位を活用して、MRデバイスに映るCIMデータと現実世界との位置合わせを行うことを思いつきました。

「当社はMicrosoft Mixed Realityパートナープログラムの認定パートナーとしてMRに取り組んでいますが、GNSSを使ってHoloLens 2の位置合わせを行う取り組みは世界的にもほとんど例がありません。構造物のないオープンスカイの環境下ではARマーカー(ARコンテンツを表示させるきっかけとなる目印)を使うのが難しく、トータルステーションを使う方法も課題が少なくないため、唯一の“光明”としてみちびきのCLASに大きな期待を持って実証事業に応募しました。マイクロソフト米国本社にもこの情報を提供したところ、面白い取り組みであると好評価をいただきました」(熊谷氏)

CIMデータ

CIMデータ

CLAS対応アンテナの下に金属プレート

現場写真とCIMデータ

現場写真(左)とCIMデータ(右)

実証実験は、大手ゼネコンの株式会社鴻池組に協力を依頼し、全長約2km、面積100haに及ぶ大規模な造成工事現場で行いました。HoloLens 2を取り付けたヘルメット「Trimble XR10」にCLAS対応アンテナを搭載し、三菱電機のCLAS対応受信機「AQLOC Light」の測位結果をAndroidスマートフォン経由でHoloLens 2に送信しました。それを基に、MR用のCIMデータをCLASから得た位置座標に従ってHoloLens 2上に表示しました。

「AQLOC Lightは車載を想定した受信機なので、ヘルメットの上にCLAS対応アンテナを取り付けて、見上げたり屈んだりして正しく受信できるのか、最初はとても不安でした。でも実際に試してみて、無理な体勢を取らなければそれなりに受信できると分かり、今のようにヘルメット上に取り付けることに決めました」(金野氏)

実証実験の様子

実証実験の様子(赤丸内がアンテナを取り付けたヘルメット)

アンテナは5cm角で高さが3cmほどの大きさですが、最初、ヘルメットに直接装着した時は、みちびきの電波をほとんど受信できなかったそうです。
「自動車と違ってヘルメットは樹脂製で、しかも取り付け面が曲面なので、電波が分散されたのが原因だと思います。そこで円盤状の金属プレートをヘルメットの上に土台として取り付け、その上にアンテナを載せたところ、格段にFIX率が向上し、精度も向上しました」(金野氏)

測位FIX後、数分でキャリブレーション完了

実証は2020年12月22日と翌21年2月19日の2回実施しました。12月の1回目は、システムに問題が生じ、上手く位置合わせをすることができませんでした。
「原因は、CLASを使って位置をHoloLens 2と同期させるソフトウェアのアルゴリズムや、CIMで取得していた既知点の位置情報の整合性が正しく取れていなかったことでした。そこで、社屋がある神奈川・川崎市近辺の市街地でいろいろと試行錯誤し、精度の向上を確認してから、再び造成現場において2回目の実証に臨みました」(金野氏)

造成工事現場の写真
造成工事現場の写真
造成工事現場の写真

造成工事現場の写真にCIMデータのMR映像(着色された部分)を重ね合わせたところ

キャリブレーション(較正)では、土木設計ソフト「Civil 3D」から出力した造成地のCIMデータに加えて、CIMデータ内のモデル内位置と一致する造成現場の既知点の緯度経度情報をCIMデータ上に2点登録した上で、現場でCLASによる測位を行って任意の2点を登録します。登録のやり方は、1点目でCLASによる測位がFIXしたらAndroidスマートフォンの専用アプリを1回タップして1点目を確定し、さらに数歩歩いたところで再びFIXが完了してからタップして2点目を確定するだけです。
「1点目はHoloLens 2内の座標と現実世界の座標を一致させるための測位で、少し離れた地点で2点目の測位を行うことでHoloLens 2の方向を確定できます。2点間の距離はわずか数歩だけでもよく、CLASの測位がFIXするのにかかる時間しだいでは、数分でキャリブレーションを完了できます」(金野氏)

土木設計ソフト「Civil 3D」、緯度経度換算ツールの画面例

土木設計ソフト「Civil 3D」から出力した造成地のCIMデータ(左)に加えて、登録した2点の緯度経度をあらかじめ取得しておき、緯度経度換算ツール(右)で変換する

キャリブレーションの図解

登録した2点の平面直角座標を含めて、MRデータ変換する

実証の結果、受信機で得られた位置情報をMRデバイスに送信すれば、簡単な操作で位置合わせのキャリブレーションが可能となり、ホログラフィック映像の表示位置を常時補正できることが確認できました。
「現実世界の映像とCIMデータがぴったり合っている様子が分かり、斜面を遠くから眺めた時にも切り盛りの状況と設計データの線が合致すると確認できました」(金野氏)

計測機能

切り盛りの状況と設計データの線が合致

計測機能

CIMデータの架空の面をハンドジェスチャで計測可能

このほか、造成工事現場での実作業の際、現況地盤面と設計の計画高(CIMデータ)との差分の高さ計測をハンドジェスチャで行える機能や、CLASの測位が良好な時に構造物の位置などを記録しておき、測位精度が落ちた時にも位置合わせの精度を保てるようにする「空間アンカー」の機能も正しく動くと確認できました。ARマーカーを基準として使用する従来の手法に比べ、みちびきのCLASを使うと位置合わせ作業が簡単になり、効率化を図ることができます。

実証の様子

実証に向けて開発するインフォマティクス社員

実証の様子

1年以内に実用版システム展開を目指す

インフォマティクスでは今後、1年以内には今回のシステムを顧客が利用できるような実用版の展開を目指しています。
「今後は、もう少し安価なCLAS対応受信機が揃ってくると利用しやすくなると思います。ヘルメットの上に取り付ける金属プレートを正式なものに改良し、ソフトウェア面ではBIM/CIMに位置情報を登録する際のインターフェイスを改良するなどして、今後も実証実験を継続し、汎用版の開発を目指したいと思います」(金野氏)

最後に、今後みちびきにどんなことを期待しているのかを聞きました。
「今回の実証を行った造成現場は広大な場所で、受信精度はまったく問題なかったのですが、社屋のある都心部で作業していた時には、ビル街のマルチパスで誤差が出ることもありました。昨年11月にCLASの補強対象衛星数が11機から17機へ変わったタイミングで、これが大きく改善されましたので、今後のみちびきの7機体制移行やアップデートに期待しています」(熊谷氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

※記事中の画像・図版提供:株式会社インフォマティクス

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