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長岡市で、新ビジネス創出のアイデアソンと子育て世代向けマップ作り

2021年06月21日

2020年秋から2021年にかけて新潟県長岡市を舞台に行われたみちびき利活用の2つの取り組みを紹介します。一つは長岡工業高等専門学校(長岡高専)の授業の中で行われた同校3年生を対象にした「アイデアソン」、もう一つは長岡市在住の子育て世代が街のおすすめスポットを紹介する「ながおか子育てマップ」の制作です。2つの実証実験に協力した株式会社野村総合研究所(NRI)の担当者に取材しました。

若い学生に、みちびきを知ってもらいたい

アイデアソンはアイデアとマラソンをかけ合わせた造語で、さまざまなメンバーが集まってディスカッションを行うことにより、新たなアイデアや課題解決の方法を創出するイベントです。長岡高専は、野村総合研究所の協力を得て、みちびきを活用した地域課題解決の新ビジネス創出を目的にしたアイデアソンを行いました。

授業風景

長岡高専で行われたアイデアソンの様子

参加したのは同校でコンピュータやロボット、センサー、機械制御などについて学ぶ電子制御工学科の3年生40名で、1回当たり90分の授業15回(成果報告会含む)中で行われました。アイデアソンは通常1~2日の短期間に集中的に行われますが、今回は2020年10月から2021年2月上旬の約4カ月間、定期的に開催されました。
同校での開催を企画した理由を野村総合研究所の由藤聖利香氏は、次のように説明します。
「内閣府様や準天頂衛星システムサービス株式会社様とみちびきの利活用促進について検討していた中で、次の世代である若い学生にみちびきの技術に興味を持ってもらう取り組みを進めたいと思いました。そうすることで将来のみちびきの利活用拡大につなげたいと思い長岡市に相談したところ、長岡高専を紹介していただきました」

由藤氏

NRIの由藤氏

今回のアイデアソンは国立高等専門学校機構が推進する「高専発!『Society 5.0型未来技術人財』育成事業」の一環として実施されました。開催した長岡高専の外山茂浩教授によると、みちびきのような先端技術に基づくビジネスプランニングは高専の生徒にとって非常に興味を引く題材であり、こうした育成事業では「グッドプラクティス」に位置付けられます。
「みちびきの高精度測位は先端技術シーズとしての“性能”が明確で学生にとって理解しやすく、アイデアソンで扱うテーマとして適切でした。高専や大学だけでなく小中学校や高校にも幅広く展開できる可能性を感じました」(外山教授)

外山教授

長岡高専の外山教授

8チームに分かれてグループワークを実施

アイデアソンでは最初の3回、衛星測位やみちびきに関する基礎知識の講義と、みちびきを活用したビジネスを行う企業による講演、そして新ビジネスのアイデア創出方法についての講義を行い、その後は8チームに分かれたグループワークで地域課題解決に関するアイデア出しやディスカッションを行いました。
「最初は戸惑っている様子もあり学生のチーム内に閉じた議論が中心のようでした。でも後半は自分たちが考えたアイデアについて積極的に質問するようになり、最終的にはこれからもみちびきの知識を深めたいと言ってくれる学生さんもいました。良い刺激になったのではないかと思います」(由藤氏)

由藤氏と共にアイデアソンを見守った野村総合研究所の八亀彰吾氏も次のように話します。
「除雪や高齢者見守りサービスなどのアイデアが創出され、自分たちに身近な課題を解決しようという姿勢を強く感じました。生活の中で課題を感じ、それを衛星測位や位置情報によって解決するという取り組みは、彼らにとって検討しやすい題材だったと思います」

八亀氏

NRIの八亀氏

終了後に実施したアンケートでは、約9割の学生から「とても興味深い活動で勉強になった」「今後も身近な地域で課題に目を向けていきたい」といった前向きな感想が寄せられたそうです。
「学生にとっても教員にとってもこれまでにない学びの機会となり、たいへん有意義でした。今後も同様のアイデアソンを実施し、長岡高専だけでなく国立高専機構を通じて全国にグッドプラクティスを展開していきたい。アイデアソンから社会実装を意識したハッカソン(*)へと展開し、日本の人財育成を下支えできればと思います」(外山教授)

(*)ハッカソン:ハック(Hack)とマラソンをかけ合わせた造語で、限られた時間の中でプログラムをコーディングするイベント

<創出されたアイデア>

アイデア名 内容
コンザップ みちびき対応の受信機を使って除雪車や自動車の位置情報を取得することで、混雑情報や道路上の障害物などをスマートフォンに表示する。
みちびきを用いた登山保険 自動車保険の「テレマティクス保険」を登山に適用し、登山者の行動次第で保険料を減少させるとともに、リスクに応じた詳細な保険料設定を実現する。
みちびきナビ 従来のナビゲーションアプリに、みちびき対応の受信機と目的地の入口や駐車場を表示する機能を追加することで、より詳細なナビゲーションを実現する。
みちびきによる絶対座標ARを使った街歩きイベント ARマーカーではなく衛星測位による絶対座標を用いることで精度の高いARコンテンツを提供。フォトオリエンテーリング形式のイベントとして開催する。
デジタル点字ブロック 従来の点字ブロックに代わり、みちびきの高精度測位を活用したナビゲーションサービスをスマートフォンで提供。振動や音声を使って安全なルートに誘導する。
ハントNavi みちびきを活用し、スマートフォンで猟師同士の位置情報を共有すると共に、無線通話機能も提供。猟師だけでなくサバイバルゲーム用アプリでの発展も可能。
レンタル型見守りサービスMiMaMo 高齢者にみちびき対応受信機を貸し出し、位置情報が自宅から一定距離以上離れた場合にアプリで通知する。捜索困難な場合はアプリから捜索援助要請も出せる。
アニマルトラックス みちびきの高精度測位に対応した首輪をペットに装着することでペットの失踪を予防。首輪には健康管理機能も搭載する。
 

子育て世代のおすすめスポットを収集

みちびき利活用として長岡市で行われたもう一つの取り組みが「みちびきを活用した地域コミュニティ活性化サービス実証実験」です。長岡市在住の子育て世代90名にみちびき対応受信機端末を貸与し、おすすめスポットを訪れた際に端末のボタンを押してもらいました。
モニターは2020年12月~2021年2月に3期に分けて行われ(**)、応募を受け付けた先着30名ずつに受信機端末として株式会社フォルテのFB2003を貸与しました。この端末はみちびきのサブメータ級測位補強サービス(SLAS)に対応すると共に加速度やジャイロ、地磁気センサーなども搭載し、衛星電波を受信しづらい場所でも測位を行えます。

(**)モニター期間:2020年12月5~18日、12月28日~2021年1月15日、1月23日~2月5日

FB2003

フォルテのSLAS対応端末

このテーマで実証実験を行うきっかけになったのは、みちびきの認知度向上や新しいユースケースの創出などに取り組む活動「みちびきコミュニティ」でした。
「子育て支援サービスを提供している株式会社AsMama(アズママ)、位置情報を活用したソリューションを提供しているマルティスープ株式会社、オンラインで利用できるイラストマップを提供している株式会社Stroly(ストローリー)の3社との議論の中から、地域コミュニティにおいて人同士がつながることでいかに活性化を図るかという点が課題と聞き、そこに位置情報を活用できないかと検討し始めました。たとえばAsMamaのサービスでは一般的なGPSの位置情報に基づきおすすめスポットなどの情報収集を行っていますが、精度が悪いと実際の場所と異なる場所が示されてしまうので、高精度測位を使えばピンポイントで地域の資源をあぶり出し、それで共助の情報を作れるのではないかと考えました」(由藤氏)

この実証実験は長岡市の協力により行われました。長岡市では「長岡版イノベーション」を推進しており、先端技術を有するスタートアップや大手企業との実証実験を以前から積極的に行ってきました。子育て支援にも積極的に取り組んでおり、テーマが子育て世帯をターゲットとしたコミュニティの活性化であるという点も協力を決めた理由の一つだったといいます。

集めた情報をイラストマップに集約

モニター参加者からおすすめスポットとして寄せられた情報はショップやカフェ、公園、ミュージアム、市場などさまざまでした。これらを集約したイラストマップ「ながおか子育てマップ」がWeb上で公開されています。マップには定番の観光スポットに青のピン、モニターから寄せられたおすすめスポットには赤のピンが立っており、マウスでクリックしたり、指でタップしたりすると詳細情報が表示されます。
「目印のない大きな公園の中で、散歩におすすめのエリアや景色のいい場所をピンポイントで示せたのはSLASならではの特色でした。不定期で朝市が開催される長岡市ですが、開催場所周辺に目立つランドマークがないとそれがどこかを伝えづらく、高精度測位でその位置を明確にできた点も意義があったと思います」(由藤氏)

「住宅地の中にある、周辺住民に人気の小さな公園の情報なども得られました。住宅地にポツンとあるような小さなお店は、路地が一本ズレたらたどり着くことができず、SLASの恩恵があったと思います。スポットによっては店内でなく駐車場の車を降りたところでボタンを押したと分かるケースもあり、精度の良さを随所で感じました」(八亀氏)

子育て世代向けイラストマップ

ながおか子育てマップ

高精度測位を活かして地域情報を発掘

事後のモニター参加者へのアンケートでは、イラストマップのデザインなどは非常にポジティブに受け入れられており、内容も市内に住んでいる人から「新しい発見があった」と感想が寄せられるなど、地元の人も知らないスポットが発掘できたことが分かりました。
「マップを見て、ふだん行かない場所を訪問するようになったとの回答が約4割もありました。おすすめスポットを収集し、情報を共有して参加者の行動変容を促すのが今回の狙いでもあり、ローカル情報を上手くあぶり出せたのは十分な収穫でした」(八亀氏)

「今回は地域コミュニティに特化した実証でしたが、みちびき対応の受信端末を使った情報収集にはいろいろな可能性があります。高精度な位置情報を活かして、たとえば歴史的なランドマークやインフラ老朽化が進む場所を示すなど、地域に眠るさまざまな情報を発掘することで観光や防災、インフラの維持管理などの分野に活かせますし、それらの情報を可視化・発信することで、地域住民のマッチングや今回のようなコミュニティの活性化にもつながっていきます。最新技術を活かして人と人、人と地域がつながる仕組み作りにつなげたいと思います」(由藤氏)

長岡市では、子育てマップによって「新しい出会いがあった」「新しいコミュニティに参加できた」という声があったことでみちびきの活用分野の幅広さを改めて感じたといいます。今回の事例や認知症高齢者の見守り(徘徊対策)のように「みちびき端末を使って人の動きを追うと、そこで得られたデータは子育てや福祉に関する課題解決に生かせる可能性がある」ことが示されたとして、「今回のようなチャレンジングな取り組みを今後も積み重ねていくことが新たな活用の可能性を見出すこと、ひいてはより良い社会を築くことにつながっていくのではないか」とコメントしています。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

※記事中の画像提供:株式会社野村総合研究所、独立行政法人国立高等専門学校機構 長岡工業高等専門学校

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