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[実証2024-3] 日東製網:MADOCA-PPP対応みちびき海象ブイを活用した海外向け漁業支援システム

2025年09月16日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2024年度に日東製網株式会社が実施した「MADOCA-PPP対応みちびき海象ブイを活用した海外向け漁業支援システム」の取り組みを紹介します。担当した日東製網 技術部の細川貴志次長と、みちびき海象ブイの開発者として事業実施に協力した株式会社ブルーオーシャン研究所の伊藤喜代志代表に話を聞きました。

顔写真-1

日東製網の細川氏

顔写真-2

ブルーオーシャン研究所の伊藤氏

養殖業や定置網漁業などの水産業が盛んな東アジアや東南アジア諸国では、安全な操業や効率的な漁業を実現するため、波浪や潮流など海況のリアルタイムモニタリングの重要性が増しています。しかし、海況モニタリング用の観測システムは、初期導入費やメンテナンスのコストが高い点に加えて、ブイが大型で設置が困難であることや、台風や高波に弱いといった課題があります。
国内外で定置網・養殖向けに漁具を販売すると共に、漁業の生産性向上や効率化を可能にする様々なスマート機器を取り扱う日東製網は、こうした課題を解決するため、みちびきの高精度測位を活用した「みちびき海象ブイ」に着目しました。みちびき海象ブイは、SLAS(サブメータ級測位補強サービス)に対応した受信機を使って位置情報を連続的に取得して波高や潮位を計測できますが、SLASのサービス範囲は日本国内に限られるため、海外では利用できませんでした。

そこで日東製網は、海外でも高精度測位が可能なMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)をみちびき海象ブイに対応させて、海外展開することを考えました。ブルーオーシャン研究所の協力のもと、国内の陸上及び東京湾、台湾の沿岸において事前実験を行った上で、海外漁場である台湾の海上にMADOCA-PPP対応のみちびき海象ブイを設置し、波高及び流速データを取得できるかを検証したのです。
日東製網の細川氏は、「漁業において波の高さや潮の流速や流向は非常に重要です。リアルタイムに海象をモニタリングできる機器があれば、洋上に出なくても漁に出るか、出られないかの判断を行うことができ、海外においても効率化と安全面に大きく貢献できます」と、今回の実証事業に取り組んだ理由を説明します。

図版-1

みちびき海象ブイのシステム構成

今回の実証実験では、既存のSLAS対応のみちびき海象ブイに改修を加え、受信機をMADOCA-PPP対応型に取り替えたものを利用しました。

海象ブイ全景

MADOCA-PPPに対応した海象ブイ

アンテナ配置

中央部にアンテナを配置

衛星測位で得られる高精度な位置情報をもとに、波高や潮流などの海象データを解析するには、10Hz(0.1秒間隔)のサンプリングデータを収集できる省電力のシステムを構築する必要があります。しかし、MADOCA-PPPのL6E信号をブイ内部でエッジ処理を行うと電力消費量が大きくなるため、今回の実証実験ではブイ側から観測データを陸上に送信したのち、サーバー側に導入したネットワーク型MADOCA-PPP測位処理ソフトウェアを適用するシステムを構築しました。
これについてブルーオーシャン研究所の伊藤氏は、「MADOCA-PPPは収束に時間がかかるので間欠観測を行うことができません。連続的に測位する場合は、システムに負荷がかからないように測位データを携帯電波で送信して、サーバー側で位置情報に変換する必要がありました」と話しています。

実証中の写真-1

東京湾での実験。各信号に対応した海象ブイを比較した

東京湾で行った事前実験では、3基のみちびき海象ブイにCLAS対応受信機(マゼランシステムズジャパン製)、SLAS対応受信機(ソニー製)、MADOCA-PPP対応受信機(セプテントリオ製)をそれぞれ搭載し、緯度・経度・標高データを収集しました。データ収集はいずれも0.1秒間隔で連続サンプリングを行い、LTE通信を介して陸上サーバーに転送しました。
その結果、CLAS及びMADOCA-PPPのL6信号には一部欠損が見られましたが、波浪や流速、潮位などの解析に必要な連続データを収集できることが確認しました。また、CLASとMADOCA-PPPの有義波高(上位1/3の波の平均波高)の誤差はわずか5cm未満という結果となりました。

基板-1

MADOCA-PPP対応受信機と通信モジュールの基板

台湾では、現地で利用可能な通信モジュールとSIMカードを入手し、事前に漁港内において通信テストを行ったところ、通信感度の劣化が見られる地点では一部データ欠損が見られたものの、ほぼすべてのデータが転送可能であることを確認しました。

実証中の写真-2

現地海岸での通信実験

これらの事前テストを踏まえて、2025年1月11日、台湾の台東県にてMADOCA-PPP対応みちびき海象ブイを予定海域に設置しました。ブイを固定するためのアンカーやロープ、フロートなどの資材は設置ポイントの状況を踏まえて現地で調達・加工しなければならず、必要な資材を揃えて準備するのに苦労したそうです。さらに設置当日は荒天で波高が高く、設置作業も難航しましたが、何とか無事に完了し、実証試験を開始しました。

実証中の写真-3

準備作業

海洋ブイ

ブイにはLEDランプを搭載

実証中の写真-4

設置作業

実証中の写真-5

設置完了した状態

ところが実証試験の期間中、みちびき海象ブイが人為的な被害を受けて流失するという想定外のトラブルが起きてしまいました。ブイはすぐに海岸に漂着して回収できましたが、実証期間は当初2週間程度を予定していたところ、実際には設置から流出するまでの短期間のデータしか収集することができませんでした。しかし、収集できたデータをもとに解析したところ、海上での通信品質が陸上よりも悪くて時々通信不良が発生していたものの、波高と潮位の計測データが得られたことを確認しました。

海象ブイ

漂着した海象ブイ

図版-2

現地実証実験の結果(波高と潮位)

図版-3

スマートフォンアプリでもモニタリング可能

一方、みちびき海象ブイの流向と流速の計測方法が、2週間程度連続して測位を行うことでブイ設置点の詳細な位置情報を特定した上で、設置点を基準としたブイの方位と移動距離をもとに割り出す方法であるため、短期間のデータしか収集できなかった今回の実証では精度の検証を行うことはできませんでした。

図版-4

現地実証実験の結果(流向と流速)

「潮流の流向・流速は、以前に実施した実証試験で北海道の函館近くにある木古内の沖合にてCLAS対応ブイを使用して約1カ月間観測したデータを、函館検潮所の潮位と時系列で比較することで、推定方法を確立できました。この成果をもとにMADOCAデータも数週間分を取得できれば、CLASより精度は多少低くなるものの推定は可能であると思います」(細川氏)

2024年度の実証では既存システムを改良した海象ブイを使用しましたが、ブルーオーシャン研究所は2025年4月、省電力基板とLTE-M通信モジュールに対応したCLAS対応のみちびき海象ブイの提供を開始し、日東製網を通じて販売しています。

基板-2

CLASとLTE-M通信に対応した省電力基板

また、ブイから観測データを陸に送信していたMADOCA-PPPにおいても、SLASやCLASと同様にブイ内部で測位処理するモジュールの開発に着手しています。省電力の基板で処理するFPGA(Field Programmable Gate Array:目的に合わせて回路構成を書き換えられるデバイス)の開発を目指すと共に、台湾においてLTE通信の品質に課題があることも分かったため、LPWAや衛星通信などの多様な通信手段への対応も検討しています。
「海の状況がリアルタイムに分かるみちびき海象ブイの用途は、水産以外にも気象や安全保障、ブルーエコノミー(海洋経済)など数多くあります。海外でMADOCA-PPP対応版を普及させるためにも、受信機の低価格化と、みちびき衛星の増強による測位安定性の向上に期待しています」(伊藤氏)

みちびき海象ブイは、国内では定置網や養殖で利用されているほか、観光フェリーやタンカーが入港して接岸する際の安全性確保の波高モニタリングなども使われており、今後のビジネスの拡大に日東製網は大きな期待を寄せています。
「みちびき海象ブイには、フィリピンやインドネシアなどからも問い合わせがあります。MADOCA-PPP対応版を提供することで、本業である漁具と共に海外にビジネス展開し、将来は無人運航船や洋上風力発電のメンテナンスなどにも利用を拡大し、大きな市場にできればと考えています」(細川氏)

顔写真-3

(左から)細川氏と伊藤氏

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:日東製網株式会社、株式会社ブルーオーシャン研究所

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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