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SLASを活用した視覚障害者向け歩行ナビ「あしらせ」の実証実験

2022年02月28日

「あしらせ」は、視覚障害者を誘導する歩行ナビゲーションシステムです。昨年4月に本田技研工業株式会社から生まれたベンチャー企業、株式会社Ashiraseが開発したデバイスをシューズに装着することで、ナビ情報を足に振動で伝え、行きたい場所に誘導します。その実証実験が2月9日、東京都内で行われました。今回の実証では、みちびきのSLAS(サブメータ級測位補強サービス)により取得した高精度な位置情報をナビゲーションに利用するシステムを特別に構築し、ナビゲーション精度向上などの検証を実施しました。

ナビゲーション情報を振動で足に伝える

実証実験は、スマホアプリ「袖縁(そでえん)」を提供する株式会社袖縁と共同で実施されました。困りごとに遭遇した要配慮者が手助けを依頼できる「袖縁」は、依頼通知を受け取った駅員や店員、商店街の協力店などによる介助をサポートするアプリです。「あしらせ」に、手助けしてほしい人と支援者の適切なマッチングを実現する「袖縁」を組み合わせて、視覚障害者に買い物や飲食などさまざまな体験をシームレスに提供し、非健常者へのサービスの早期実用化を目指します。

「あしらせ」と「袖縁」の連携説明図

「あしらせ」と「袖縁」を組み合わせて実施(提供:株式会社Ashirase)

システムでは、振動を発生させる6つの装置を内蔵したバンドをシューズ内にセットして、足に振動を与えます。シューズ甲部に、モーションセンサーや電子コンパス、振動制御、スマートフォンとの通信機能などを内蔵した小型デバイスを装着し、セットしたバンドとつなげます。

Ashiraseの本体

Ashiraseの本体

Ashiraseの本体

シューズへの取り付け

シューズへの取り付け

取り付けた状態

取り付けた状態

あしらせは、専用アプリをインストールしたスマートフォンとBLE(Bluetooth Low Energy)で接続されており、そのスマートフォンが、株式会社コアのSLAS対応GNSS受信機「Cohac∞QZNEO」とWi-Fiで接続されています。

「スマホとの接続」説明図

専用アプリをインストールしたスマホと接続(提供:株式会社Ashirase)

ナビゲーションでは、みちびきのSLASで取得した高精度な位置情報をもとに現在地を把握します。被験者はバッグの中にCohac∞QZNEOの本体をしまい、肩の上などにケーブル接続したアンテナを置いて測位しました。被験者を目的地近くへ案内し、目的地が近づいたら、あしらせからクラウド経由で店員や駅員などのスマートフォンにインストールされた「袖縁」へと情報が通知される仕組みです。

SLAS対応受信機「Cohac∞QZNEO」とアンテナ

SLAS対応受信機「Cohac∞QZNEO」とアンテナ

GNSS用アンテナ

GNSS用アンテナ

システム構成

システム構成(提供:株式会社Ashirase)

なお、今回の実験では、あしらせを装着した被験者が歩く後ろ側から、三菱電機株式会社のCLAS(センチメータ級測位補強サービス)対応受信機「AQLOC Light」とアンテナを搭載したカートが移動し、あしらせのSLAS対応受信機との測位精度の差を検証しました。

CLAS対応受信機とアンテナを搭載したカート

CLAS対応受信機とアンテナを搭載したカート

右左折ポイントが近づくと振動のテンポが変化

シューズ内のバンドで発生した振動が被験者の足に直接伝わり、前進・停止や右折・左折などの案内を指示します。足の周りを取り囲むようにバンドを装着するため、足裏の感覚には影響せず、あしらせを装着した状態でも点字ブロックの認識を邪魔しません。
振動パターンは大きく分けて4種類(前進・停止・右折・左折)あり、停止の場合は6つがすべて振動し、左折の場合は左足の中央部、右折の場合は右足の中央部が振動します。前進では、直進の場合は両足のつま先部分が振動し、左折が近づくと左側のつま先のみ、右折が近づくと右側のつま先だけが振動します。
振動は断続的に発生しますが、そのテンポは場合により変化し、たとえば右折・左折が近付いた場合は曲がるポイントが近づくにつれ、しだいにテンポが速くなります。これにより、右折・左折のタイミングを把握しやすいように工夫しています。

振動パターン

振動パターン(提供:株式会社Ashirase)

今回の実験を行った株式会社Ashiraseの千野歩代表は、システムの開発について次のように話します。
「難しかったのはハードウェアの成形で、特にシューズに入れる部材の材質や製造方法はトライ&エラーの繰り返しでした。ナビゲーションも、より直感的に使えるようなルート生成のアルゴリズム開発に苦労しました」(千野氏)
振動方法は、常に視覚障害者に試してもらってフィードバックを得ています。ナビゲーション時の測位誤差の処理も、補正ロジックの構築に苦労しているものの、ある程度の見通しが立っている状況といいます。

ショッピングモールと商店街で歩行実証

実証実験は、大きく3つの場面に分けて行いました。1つ目は、視覚障害者が駅を出て駅前のショッピングモール5階にある店舗を訪れるという場面です。視覚障害を持つ被験者があしらせのナビゲーションにより移動し、ショッピングモールの半径100m以内に入ると自動的に袖縁アプリに到着の通知が来て、店舗のスタッフが被験者を出迎えるという流れで行いました。

錦糸町駅周辺で歩行実証

東京・墨田区の錦糸町駅周辺で歩行実証

店舗のスタッフによる出迎え

店舗スタッフが出迎え

店舗まで案内

店舗まで案内

2つ目は、被験者が地下鉄を利用することを想定した実験で、地下鉄駅の入り口に被験者が到着した際にヘルプを出すことで、駅員役を務めるAshiraseスタッフが地上に出て被験者を出迎えました。さらに地下鉄に乗った被験者は2つ先の駅に移動し、ここでもAshiraseのスタッフが地上出口へと案内しました。

地下鉄の駅へ移動

地下鉄の駅へ移動

駅員役の人と合流

駅員役の人と合流

3つ目の実験は、駅を出た後に近くの商店街で行いました。駅を出た被験者が商店街にある古書店へと向かうことを想定した実験で、被験者が店の半径100m以内に到着したタイミングで、介助スタッフが移動して出迎えました。その後、被験者と介助スタッフは同じ商店街にあるカフェへと移動しました。

商店街を散策し(左)、古書店に移動・到着(中・右)

商店街を散策し(左)、古書店に移動・到着(中・右)

カフェに移動し(左)、到着(右)

カフェに移動し(左)、到着(右)

今回の実験では、民間宇宙ビジネスを盛り上げるコミュニケーターとしてさまざまな宇宙イベントに出演している元AKB48の前田亜美さんもゲストとして参加し、被験者の介助を行う店舗スタッフの役を務めたり、あしらせの使い心地について被験者にインタビューしたりしました。

前田さんも店舗スタッフ役(左)やあしらせを体験(右)

前田さんも店舗スタッフ役(左)やあしらせを体験(右)

あしらせの着け心地は違和感がなく、振動も自然で、右折・左折の指示も分かりやすいと、被験者に好評でした。情報を振動で得られるため、歩行中の視覚障害者が不安を感じるような場面に遭遇しても、自分の判断の“答え合わせ”が出来て、安心感が得られるという感想も聞かれました。あしらせや袖縁のようなデバイスやサービスを今後利用できれば、外出する勇気が出るという意見もありました。

今年末の発売に向け、製品化を準備中

都心での実験を終えた千野氏に、SLASによる測位について聞いてみました。
「東京は建物が多く、マルチパスの影響で精度が下がると思ったのですが、予想以上の精度が得られました。ただ、今回はアンテナを別に立てられる受信機を使用したので、アンテナ一体型で精度の良いコンパクトな受信機が増えてくれば、もっと気軽に使えるようになります」(千野氏)
製品化されるあしらせは、外付け受信機を使わず、スマートフォンの測位機能を利用する仕様になるそうですが、今後SLASの受信機やアンテナが小型化した場合は、採用を検討したいとのことです。発売は今年末を目標にしており、これから製品化に向けてさまざまな検証を行っていく予定です。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※本文中の図版提供:株式会社Ashirase

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