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[実証2020-7] カワサキ機工がCLASを活用して農場内走行車両を自律化

2021年10月13日

内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、静岡県掛川市を拠点に、茶園管理機や製茶プラントなどの開発・製造を手がけるカワサキ機工株式会社が、2020年度に行ったみちびきのセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)を活用したクローラ(キャタピラ)型自律走行車両の実証実験を紹介します。同社開発部の桜井昌広氏に話を聞きました。

桜井氏画像

カワサキ機工の桜井氏

みちびきのCLASは、中山間地で地の利を発揮

少子高齢化に伴い農業人口が減少し、農業の生産性向上が昨今の課題となっています。カワサキ機工はこうした状況下で、CLASを活用した農作業用のクローラ型自律走行車両を開発し、その走行制御技術を実証しました。同社は、静岡県農林技術研究所が所有する野菜運搬用の走行車両にみちびきのCLAS対応受信機を搭載し、RTK(Realtime Kinematic、固定点の補正データを移動局に送信してリアルタイムで位置を測定する方法)基地局などに依存しないセンチメータ級の高精度位置情報を自律走行に利用しました。

クローラ型走行車両

クローラ型走行車両

CLAS対応受信機

自律走行制御部ボックス内に収められたCLAS対応受信機

車両にはCLAS対応のGNSS受信機とアンテナを2台ずつ設置し、2点で測位した情報をもとにコントローラで演算処理し方位を推定します。車両に取り付け用の台を設置して高さを確保すると共に、進行方向の中心軸から左右各1mの位置にGNSSアンテナを置き、幅2mの間隔をとりました。他に、車両の動作時に点灯する表示灯や、自律走行を制御するマイコンを搭載した箱型の装置、ECU(Electronic Control Unit、走行体を電子制御するユニット)も搭載しました。
また、タブレットにインストールしたナビゲーションソフトと、走行車両に搭載したコントローラソフトを使用して、ナビゲーション処理や走行操舵処理、走行経路の軌跡の保存を行いました。タブレットから車両に向けて走行経路を送り、プロポ(送信機)からの発停指示に従って車両側のコントローラにより自律走行させるという仕組みです。また、オペレータがプロポを使い遠隔操縦することも可能です。

「中山間地(平野の外縁部~山間地)は一つ一つの圃場が狭く、場所が分散しているため、RTKの基準局をいちいち移動するのは運用が難しく、また携帯電話の電波が入らない地域もあり、LTE回線を使ったRTKの使用も難しい場所です。そうした環境で安定的に高精度な位置情報を得る方法としてCLASを選びました」(桜井氏)

走行車両の開発分担は、車両の油圧制御や電子制御化、ソフトウェア開発などをカワサキ機工が行い、自律走行の制御面はイームズロボティクス株式会社に委託し、同社が持つドローン用のソフトウェアや航行システムの技術を利用しました。また、現地での各実証試験は静岡県農林技術研究所に委託しました。

アンテナ2台搭載して車両の方位を推定

実証は、静岡県内の周囲に遮蔽物のない平地(磐田市)と周囲を山林で囲まれた中山間地(掛川市)の2カ所の圃場(農作物を栽培する場所)で行い、平地と中山間地の測位精度の比較や、同一地点での繰り返し精度を評価しました。掛川市の中山間地では、遮蔽の度合いが中程度のエリアと高程度のエリアの2カ所で測位データを取得しました。

平地

遮蔽のない平地(磐田市)

中山間地

中~高程度の遮蔽がある中山間地(掛川市)

みちびきは測位精度の安定したサービス提供を目的に、昨年(2020年)11月末からCLASの補強対象衛星数をそれまでの最大11機から最大17機へと拡大しました。それを受けて、今回の実証でも、機数拡大前と拡大後の測位精度やFIX解を得るまでの時間、FIX率などを比較しました。
「周囲を山林に囲まれた畑では測位衛星がすべて見える訳ではなく、その影響を確認したいと思いました。みちびきの補強対象衛星数がタイミングよくアップデートされたので、17機になった恩恵がどれくらいかも併せて評価できました」(桜井氏)

加えて、車両に搭載した2台のCLAS対応受信機の測位情報をもとに、コンパスに依存しない方位推定演算を行い、方位推定結果とコンパスセンサの精度を比較しました。
「自律走行では車両の位置だけでなく方位も把握する必要がありますが、機体が金属なので、磁気コンパスだとなかなか安定した方位を示せません。そこで2カ所にCLASアンテナを取り付けて、自己の方位を推定できるかを検証してみました」(桜井氏)

こうして平地と中山間地の2つの場面において自律走行試験を実施し、事前のナビゲーション設定と実際の走行経路との位置の比較や、ナビゲーション設定に対する経路の再現性などを測定し、自律走行の精度を評価しました。

補強対象衛星数が増え、精度と安定性を改善

実証の結果、静止状態での測位は、FIXまでの時間、FIX率、測位誤差いずれも遮蔽の程度に応じた影響が確認されました。みちびきの補強対象衛星数が最大11機の状態では、遮蔽が大きくなるにつれて、いずれの指標についても悪くなるという結果が得られましたが、補強対象衛星数が最大17機に拡大されたことで、平地と遮蔽が中程度の中山間地において測定値とリファレンス座標との偏差が約2~3cmに小さくなり、測位精度が大きく改善しました。またFIXまでの時間とFIX率は、補強対象衛星数の拡大に伴い中山間地での改善が顕著で、より使いやすくなりました。

遮蔽と補強対象衛星数による影響を示す表

遮蔽による影響と補強対象衛星数の影響。一部逆転が発生しているものの、補強対象衛星数が最大17機に拡大されたことによる精度向上が総じて確認できた。また、FIXまでの時間とFIX率は、中山間地での補強対象衛星数拡大による改善が顕著であった

自律走行ルート

平地(左)及び中山間地(右)での自律走行ルート

自律走行試験では、同じルート設定で自律走行を数回試行した上で、再現性の指標として各ウェイポイント(waypoint、経路上の地点)上で一時停止した時の機体のレーザ測量座標について試行ごとのばらつきを距離で評価しました。さらに、測位精度の指標として、同じく一時停止した時の受信機の測位座標とレーザ測量座標との距離平均により評価しました。レーザ測量機は既知のリファレンス座標上に設置し、レーザ測量座標をリファレンスとして使用しました。その結果、平地と中山間地における自律走行の精度について、当初目標にしていた誤差15cm以内の数値をいずれの場所でも達成できました。

試験結果を示す表

ポイントごとに再現性の指標(機体のレーザ測量座標のばらつき)+測位精度の指標(受信機の測位座標と機体のレーザ測量座標との距離差の平均値)を「自律走行精度」に設定し、15cm以内を目標値とした

「車両が圃場の畝(うね)を踏み付けることなく移動できる精度は、誤差15cm程度を目標としていました。測位誤差は概ね15cm以内に収まっていたので、これなら十分に利用可能です。みちびきの補強対象衛星数が11機の時は、遮蔽物の多いエリアではFIX時間が長くなりましたが、17機になって以降は格段にFIX時間が早くなり、FIX率も安定しました」(桜井氏)

アンテナ取り付け部のみを回転させ、方位推定精度を検証

アンテナ回転前

アンテナ取り付け部の回転前

アンテナ90度回転後

アンテナ取り付け部の90度回転後

CLAS対応受信機を2台使用した方位推定精度の検証は、機体を静止した状態であらかじめ磁気コンパスで方位を決定した上で、機体を旋回させた時の回転軸のずれなどを防ぐため、アンテナ取り付け部のみを電子コンパスと共に90度回転させ、磁気コンパス方位角との比較や、衛星測位による方位推定と電子コンパスの変化量を比較しました。実験の結果、90度回転による変化量は、電子コンパス計測値が65.65度~113.37度に対し、みちびき方位推定値は87.00度~91.67度となり、衛星測位による方位推定の方が電子コンパスより高い精度を得られると確認できました。

自律走行には事前の設定や微調整が必要

実証では、畝が並ぶ圃場内で自律走行試験も実施しました。レタス圃場では畝をまたいだ直進走行、茶圃場では作業通路からの旋回・畝への進入を含む圃場内走行を行い、いずれも畝から外れることなく圃場内を自律走行できることが確認できました。

レタス圃場での自律走行試験

レタス圃場での自律走行試験

茶圃場での自律走行試験

茶圃場での自律走行試験

「結果的に圃場内の走行に成功しましたが、度重なる制御パラメータの調整やウェイポイントの微調整を行った結果であり、ルートを最初に設定する段階でとても時間がかかりました。また、路面の状況により車両の動きが変わるためECU(コントロールユニット)のチューニングも必要でした。この2点は今後の課題です。ただ、一度ルートを確定して、ECUの調整にも成功すれば、何回走らせても畝を踏みつけることなく同じところを走行可能で、それを目の当たりにして“みちびきのCLASはすごい”と実感しました」(桜井氏)

畝をまたいで正確に走行させることで、車両にコンテナを積んで作物を収穫したり、葉を刈り込んだり、農薬や肥料を撒いたりと、さまざまな使い方が可能となります。実証の際、お茶やレタスの生産者に意見を聞いたところ、お茶の生産者からは、防除(病害虫の予防・駆除)や施肥(せひ、肥料やり)、摘採(てきさい、茶摘み)での活用に期待する声が多く、特に防除作業を無人化できればオペレータの農薬被曝を防ぎ安全となるため、期待の声が寄せられました。レタス生産者からは収穫やトンネル設置への活用に期待する声が多く集まりました。

生産者との意見交換

生産者との意見交換

「農家の皆さんがこうした作業に利用するには、簡単にルート設定ができ、ECUのパラメータ調整が不要なインターフェイスを開発しなくてはなりません。また、自動運転の実現には、みちびきのCLASを核として使うだけでなく、LiDARなど別のセンサも併用して精度を担保しておく必要があります」(桜井氏)
収穫や肥料やりなどの作業には、走行車両の自律化だけでなく、作業の自動化や安全性を向上する手立ても必要となります。同社は、自律走行と圃場で必要な管理作業を自動連携する技術等、走行のみならず自動運転の実現に向けた研究開発を今後も進める予定です。

「今回の実証で、自律走行のベースとなる部分の技術は確立できました。中山間地という他のインフラに頼れない場所において、非常に高精度な位置情報を得られるみちびきの測位は、大きな可能性を秘めています。今後CLAS対応機器が安価になり、みちびきがさまざまな用途に活用されていくことに期待しています」(桜井氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

※本文中の画像提供:カワサキ機工株式会社、静岡県農林技術研究所

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