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[実証2023-10] 岩谷技研:測位補強サービスの高高度気球への適用

2025年01月27日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2023年度に株式会社岩谷技研が実施した「測位補強サービスの高高度気球への適用」の取り組みを紹介します。このプロジェクトについて、岩谷技研の北條智也氏(経営企画部 次長)と橋本航平氏(製造部 機器開発課 課長)、棧敷和弥氏(研究開発部 研究課 主席研究員)の三氏に話を聞きました。

スタッフ写真

左から北條氏、橋本氏、棧敷氏

札幌市に隣接する北海道江別市を拠点として、高高度気球を用いた宇宙遊覧サービス事業の実現に向けた研究開発を行っている株式会社岩谷技研は、今から8年前の2016年に設立されました。同社は2020年に有人気球の開発を始めて以来、数多くの企業や研究機関から無人の高高度気球の打ち上げを依頼され、実績を積み重ねてきました。
気球は大気の流れに沿って飛行しますが、高度別に様々な方角へ吹く風を予測し、一定の高度を保ちながら飛行して、移動方向をコントロールすることができます。このコントロールを正しく行うためには、全地球大気循環の予測を用いた飛行のシミュレーション、及びフライトプランの策定を行う必要があり、フライトプランに従った飛行を実施するには、飛行中の気球の現在位置のデータをより高精度化することが求められます。
そこで、同社は気球による有人での宇宙遊覧フライトをさらに安全なものとするために、みちびきのSLAS(サブメータ級測位補強サービス)を適用して、気球の測位精度の改善と、飛行前に行う気球の飛行経路予測精度の向上に取り組みました。

飛行イメージ

高度調整可能な高高度気球の飛行イメージ

みちびきの高精度測位を活用するに当たって、CLAS(センチメータ級測位補強サービス)ではなくSLASを選択した理由を、岩谷技研の橋本氏は次のように説明します。
「現在は気球を地上から飛ばして、それを地上で回収していますが、将来的には海に着水させたいと考えています。CLASのほうが測位精度は高いですが、気球は風に大きく流される乗り物なので、海に出た時にCLASの適用範囲外となる可能性があるため、沿岸から遠く離れてもある程度の精度を確保できるSLASを選択しました」(橋本氏)

同社の気球は、ヘリウムガスなど空気よりも軽いガスの浮力によって加速度が加わることなく上昇し、ガスを開放することにより浮力を失うことで沈下します。高度1~3万mの高高度へ飛翔する場合、飛行開始から着水までは約4時間かかります。気球の下部にはペイロードと呼ばれる装置を吊り下げて、ここに各種センサーやロガーを搭載することで、飛行中の位置情報の履歴やセンサーのデータを記録できます。
今回の実証では、ペイロードに搭載するロガーとして、みちびきのSLASに対応したGNSS受信モジュールを搭載する測位デバイスを新たに開発しました。このロガーを気象庁のラジオゾンデによる高層気象観測などに使用されるゴム気球に搭載し、飛行試験で得られた位置情報を評価すると共に、飛行シミュレーションの結果を比較しました。

SLAS対応ロガー

SLASに対応したロガーを新規開発

使用したGNSSモジュールはu-blox社のSLAS対応GNSS受信機「MAX-M10S」を実装した基板で、これを2つ搭載し、片方のモジュールはみちびきからのL1S信号の受信設定をオンにしてSLASによる高精度測位を可能とし、もう片方のモジュールはL1S信号の受信設定をオフにして、ラジオゾンデに搭載される一般的なGPSと同程度の測位精度としました。

システム図

ロガーの内部構成

ロガーにはこの他に気温センサーや気圧センサーも搭載し、2つのGNSSモジュールから得られた位置情報や気温・気圧情報はSDカードへ保存されます。また、無線モジュールとしてLPWA(Low Power Wide Area:低消費電力広域ネットワーク)の一種であるLoRaに対応したモジュールも搭載し、電源始動時の動作確認や飛行中のステータス確認を行うと共に、飛行中に位置情報データをリアルタイムで地上から取得する実験も行いました。
橋本氏はロガーの開発について、「弊社は有人だけでなく無人の気球打ち上げも数多く行っており、その中で既存のデバイスを活用して開発スピードを上げて検証できたという点では、今回の実証は上手く対応できたと思います」と振り返りました。

今回の実証では、2023年10月に沖縄県宮古島市にて実験1)、2)、3)の3回の飛行実験を行い、2024年1月に福島県相馬市にて実験4)の1回の飛行実験を行いました。宮古島市での実験では、ロガーだけでなくPR動画撮影用カメラも同時に打ち上げました。
宮古島市での実験では、実験2)においてL1S信号の受信設定をオンにした方のGNSSモジュールに不具合が発生し、結果が異常な値になる事象が発生しましたが、実験1)、3)については特に問題は発生せず位置情報を取得することができました。なお、実験4)は位置情報をロガー内のSDカードへ記録するのではなく、LoRa通信で記録したところ、通信が途中で途絶し、気球が上昇中の結果のみ取得することができました。
記録した気球の軌跡を確認したところ、SLAS「有り」と「なし」で比較した場合、水平位置・高度いずれも大きな差は見られませんでした。ただし、離陸前・着水後に地上・水上で測位した高度と、国土地理院で発表されている高度を比較すると、SLAS有りの方が精度の高い結果を取得できたと確認できました。

実証実験-1

実証実験の様子(沖縄県宮古島市)

実証実験-2

実証実験-3

実証実験の様子(福島県相馬市)

実証実験-4

撮影画像

上空で撮影した画像

実験結果-1

実験1)と実験2)の結果

実験結果-2

実験3)と実験4)の結果

また、今回の実験で得られたデータと、岩谷技研が作成している飛行経路予測との比較も実施しました。岩谷技研が社内で作成しているデータ(全予測データ)は、上昇時の初期速度と沈下時の終端速度を設定して、高度変化をもとに気象予報データと組み合わせて経路を予測したものです。
今回は、全予測データとは別に、SLASによる実測で得られた高度変化と気象予報データをもとに経路を予測した「高度代入予測データ」も作成した上で、全予測データと高度代入予測データを比較したところ、高度代入予測データが実測データに近い結果となりました。
この結果より、高度変化を適切に与えることができれば、気象予報データと組み合わせて経路を予測する計算手法の妥当性が高いことが確認できました。一方、全予測データと実測データの差分は大きく、これは高度変化の情報が現状の計算では十分に再現できていないことが大きな要因であると考えられます。

経路予測との比較-1

経路予測との比較(実験1)

経路予測との比較-2

経路予測との比較(実験3)

今回の実証実験ではサンプル数が少なく、高高度におけるGNSSの測位精度について傾向は確認できたものの、その要因分析までは至らなかったため、同社は今後もSLAS対応の受信機の使用を継続し、飛行実験においてデータの取得を続けて要因分析を起こっていく方針で、2024年7月に有人飛行試験で成層圏に到達成功した時も、実証事業と同じMAX-M10Sの受信機を搭載し、SLASによる測位を行ったそうです。
今後は政府やGNSSの研究を行う企業・団体と協力することも検討しており、データ取得や分析を行うことで様々な分野で活用していきたいと考えています。

現状の経路予測計算において高度変化が完全に再現できていない点については、パイロット側で事前に計算したフライトプランに高度変化を合わせることで解決可能ですが、同社は今回の結果を受けて、リアルタイムで気球の上昇・下降速度を取得し、経路予測を計算する手法も開発しました。これにより、不測の事態が生じた場合はリアルタイムの経路予測によりパイロットを支援するシステムを整備することで、安全な宇宙遊覧サービスを提供できると考えています。
「現在我々は、誰もが行ける宇宙遊覧を目指す共創プロジェクト『OPEN UNIVERSE PRPJECT』の取り組みを様々な企業と共に進めています。GNSSの精度が高いというのは、それだけで気球の管制やパイロットの操縦に有益なことですし、今後も打ち上げの回数を増やしてサービスを拡大していく予定で、みちびきのSLASを活用して、より安全な宇宙遊覧を皆さまに提供できるようにしたいと考えています」(橋本氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※本文中の画像・図版提供:株式会社岩谷技研

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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