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[実証2025-2] アークエッジ・スペース:アジア太平洋地域向けMADOCA-PPP海洋ブイによる潮位観測システム

2026年08月26日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2025年度に株式会社アークエッジ・スペースが実施した「アジア太平洋地域向けMADOCA-PPP海洋ブイによる潮位観測システム実証事業」の取り組みを紹介します。
同社執行役員CSOの保田友晶氏(未来宇宙システム事業本部 本部長)と、ソリューション・エコシステム事業本部 衛星ソリューション部の笹川正氏(未来宇宙システム事業本部 衛星測位事業部 顧問)に話を聞きました。

取材写真-1

左から保田氏と笹川氏

フィリピンは、アジア太平洋地域の中心に位置する島嶼国家であり、約7,600の島と広大な領海を保有しています。海域において測量の基準局を設置することが難しく、RTK測位(リアルタイムキネマティック)の利用が難しいため、みちびきのMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)のように基準局の設置や地上通信インフラが不要な高精度測位技術の社会実装が期待されています。

今回の実証事業では、同社がこれまで小型衛星に関する総合インテグレーターとして培ってきた知見を活かして、MADOCA-PPPを用いたGNSS潮位計測ブイの有効性をフィリピンの現地海域において検証しました。具体的には、同社が開発した潮位計測ブイと衛星サービスを組み合わせることで、通信インフラのない海域においてMADOCA-PPPで得られた位置情報データを収集する手段を示し、IoT衛星による商用サービスの適用可能性を検討しました。また、収集したデータをもとに地域潮汐モデルを作成し、フィリピンの国家機関と共有することで測位インフラとしての認知向上と利活用促進を図りました。

取材写真-2

保田氏

保田氏は、今回みちびきを利用した実証事業に参画した理由を次のように説明します。
「当社は、2025年10月に測位事業部を発足させて測位関連事業を強化し、月測位システムや低軌道衛星測位システムの開発に取り組んでいます。その中で、測位に関しては衛星側だけでなく受信機側の技術をしっかり持つことが重要であると考え、その活動の一環として今回の実証事業に手を挙げました。海洋ブイを使った情報収集として、今回は潮汐測定に取り組みましたが、他にも船の位置測定など様々な使い方に派生させられる可能性があると考えています」

同社が別プロジェクトとして進めているVDES(船舶向けの双方向デジタル通信ネットワーク)の開発において、海洋関連の関係者が海洋ブイを使った情報収集に非常に可能性を感じていると知ったのが、今回の実証テーマにつながっているといいます。
実証にはアークエッジ・スペースのほか、有限会社テクノフラッシュ(位置情報の圧縮や移動平均、気圧補正などの処理)、株式会社海洋総合研究所(潮位の調和解析システムの開発)、国際航業株式会社(フィリピン政府機関との調整やセミナー開催準備の支援など)の3社が加わり、株式会社ゼニライトブイやDATAGNSS株式会社が受信機などの製品を提供しました。

図版-1

実証事業の概要

実証では、海洋ブイ(ゼニライトブイ提供)にMADOCA-PPP対応受信機(DATAGNSS製)を搭載し、MADOCA-PPPにより取得した10分間隔の気圧補正済み楕円体高のデータを24時間分、アークエッジ・スペースのIoT衛星を介して受信します。ただし、実際に衛星通信を行える機会は1日当たり2~3回、1回につき5~10分程度と限定的なため、6時間分のデータを1パケットにまとめて、1日当たり4パケットを送信する方式としました。
海洋ブイは観測中に紛失する可能性があり、できるだけ低価格の受信機を使う必要があります。ただ、既存のMADOCA-PPP対応受信機は高価なため、当初は、MADOCA-PPPを用いた単独高精度測位のプログラムパッケージ「MALIB」をボード型コンピュータ「Raspberry Pi」にインストールし、DATAGNSS社が開発したみちびき対応モジュールを使ってL6信号をデコードすることでMADOCA-PPPを実現する試作機を製作しました。

その後、専用アンテナが内蔵された一体型のMADOCA-PPP対応受信機「DGM10-PPP」をDATAGNSS社が製品化したため、既存製品よりも大幅な低価格化を実現できました。潮位計測を目的とした長時間定点観測として、DGM10-PPPを使って楕円体高のみを用いた26時間連続観測を実施した結果、初期収束には約30分かかり、その後8時間程度で安定した測位精度が得られることを確認できました。また、8時間以降の残差の標準偏差は約11.4cmとなり、潮位モデル構築用途として十分な精度が出せると分かり、今回の実証に採用することにしました。

受信機(試作機)

MADOCA-PPP対応受信機の試作機

受信機

DGM10-PPP(左:表面、右:裏面)

ブイの筐体は、ゼニライトブイの既存製品をベースに加工しました。アークエッジ・スペースはもともと同じブイを使ってIoT衛星によるVDESの実験を行っており、その際に使用していたブイのGNSS受信機を、DATAGNSSが製品化した「DGM10-PPP」に変更しました。
ブイの底部には、従来は鉛バッテリー用の固定板を設けていましたが、今回は海外で実証を行うため、航空機へ持込み可能な128Whクラスのリチウムバッテリーに変更し、ソーラーパネルも搭載して太陽光により電力が補給されるようにしました。また、送信機はLoRa送信機とRaspberry Piを組み合わせて、データ圧縮や移動平均、気圧補正などの処理を実装しました。

図版-2

MADOCA-PPP対応受信機を搭載した海洋ブイ

海洋ブイにGNSS受信機を搭載して高精度な位置情報を取得する場合、海面に近いため水面に反射したGNSS電波でマルチパス(乱反射)が起こる可能性が考えられます。そこで東京海洋大学と連携して検証し、水面に反射した電波はほとんど影響がないことを確認しました。一方、バッテリーを小型化したことで、曇天の時間が長いと電力供給が追い付かずにバッテリーが切れるという別の問題が発生し、計算上は問題がなかったものの、懸念材料として残りました。

実証写真-1

東京海洋大学での検証

潮位計測ブイの開発と並行して、この観測システムで取得した楕円体高データをもとに気圧補正、及び潮位再現処理を行って潮汐モデルの算出システムを開発しました。潮汐モデルは、世界的に利用されているオレゴン州立大学の「TPXO-10 Atlas」をベースとして、実測データに基づいてローカライズするモデリング手法を開発しました。

開発したモデリングシステムで、今後19年間のLAT(最低海面:海図に記載する水深の基準海面)の算出を試みました。LATは18.6年を周期とする太陽の黄道面移動が加味された最低潮であり、本来は最低1年以上の観測データを用いて算出した調和定数を使って19年以上の推算を行って求めます。今回の実証では、短期観測データを用いて算出した調和定数によってTPXO-10 Atlasを補正してLATを推算する手法を開発していましたので、安価な潮位計測ブイによる短期間(15日以上)の観測データを活用して、地上通信インフラの未整備な海域においてもIoT衛星を用いてデータ収集を行い、高精度な潮位モデルを構築できるようにすることを目指しました。

こうして開発した観測システムを使って、フィリピンにて実証を行いました。現地の実証では、フィリピンの関係機関との調整に苦労しました。 フィリピン宇宙局(PhilSA:Philippine Space Agency)及び国土地図・資源情報局(NAMRIA:National Mapping and Resource Information Authority)との調整に加え、IoT衛星が受信可能な920MHz帯が既存サービスで使用されているため、国家電気通信委員会(NTC:National Telecommunications Commission)との調整にも時間を要しました。
NTCとの調整では、今回は実証実験という位置付けだったので、地点及び期限を限定した形での周波数利用承認(2026年1月末まで)を得ることができました。マニラ湾におけるブイ係留は、当初フィリピン湾岸警備隊(PCG:Philippine Coast Guard)と直接調整しましたが、湾内がセキュリティ上重要な海域であったため、国土地図・資源情報局 水路部(NAMRIA-HD)との共同研究という枠組みで実施することになり、NAMRIAを通じて許可申請して、ブイの係留許可を得られました。

このような調整を経て、2026年1~2月にかけて実証試験を行いました。マニラ湾南港検潮所付近の指定海域において、NAMRIA-HDの職員が海洋ブイを投入しました。当初の予定では、投入したブイから得られたデータと検潮所データを比較することでMADOCA-PPPを用いた潮位計測結果の整合性を確認すると共に、通信・電源・筐体を含めたシステム全体の安定性を評価する予定でした。しかし今回は、ソーラー充電コントローラーを含む電源系の不具合により供給電力が不足し、受信機がリスタートを繰り返して連続観測ができなかったことから、潮汐モデルを算出するために十分なデータを収集できませんでした。

実証写真-2

現地実証の様子

実証写真-3

笹川氏は次のように話して、再投入への意欲を見せました。
「今回は残念ながら十分なデータを得られませんでしたが、今後もプロジェクトを継続して、いずれは海洋ブイを再投入したいと考えています」
今回は航空機への持込み制限でバッテリーの容量が限定されましたが、次回、再投入する際はフィリピンにて大容量で小型のバッテリーを現地購入する方法を検討しているとのことです。

取材写真-3

笹川氏

今回の実証事業では、2025年11月にインドネシアのジャカルタで開催された国連宇宙部(UNOOSA)のGNSSワークショップにてアークエッジ・スペースが発表を行ったほか、並行してインドネシア大学で開催されたイベント「GNSS-EXPO」にもインターナショナルコミッティのメンバーとして招待を受けました。また、アークエッジ・スペースによるニュースリリースが、海外のGNSS専門雑誌に記事として掲載されるなどの反響がありました。
2026年2月にオンラインとフィリピン現地発表のハイブリッド形式で開催した「QZSS&GNSS利活用セミナー」は、オンラインで450名(常時接続数250)、現地では定員50名が満席となる盛況となりました。フィジー共和国のフィジー測量局(FGI)を訪問した際にも、MADOCA-PPP対応海洋ブイの説明を行いました。このような情報発信により各方面から海洋ブイに関する問い合わせが寄せられ、インドネシアからは海洋ブイによる津波検知のデモンストレーションの要請もあったとのことです。

実証写真-4

フィリピンで開催したセミナー

実証写真-5

フィジーFGIにて機器を説明

今回の実証は、アークエッジ・スペースにとって測位技術の受信側サービスを開発した初めての本格的事業となります。非常に有意義な経験が得られたという保田氏に、今後の展望を聞きました。
「これからフィジカルAIの時代となり、いろんな場所にセンサーが配置され、それが衛星経由で情報として集められて、AIで解析されて新たな洞察が導かれ、それがまた地上のセンサーやドローンにフィードバックされて相互に連携していきます。その時にMADOCA-PPPのような高精度測位は非常に役に立つ技術であり、遠隔地で装置を単独で動かすのに、衛星を使った通信と組み合わせるというのは非常に大きな手段だと思います。今後、海だけでなく様々な使い方に取り組んでいきたいと考えています」(保田氏)

みちびきのサービスエリアと重なるアジア地域において、MADOCA-PPPを活用したサービス展開を長年模索し、みちびきを利用した実証事業に何度も参加してきた笹川氏も、みちびきの普及に向けた道筋を次のように説明します。
「みちびきに対応した製品が安価でないとなかなかサービスを導入できません。我々もこの点で、受信機メーカーに協力していきたいと思います。MADOCA-PPPは地上の通信が難しい海域や山域などで有効な技術であり、このようなエリアはIoT衛星が活用できる場ですので、アークエッジ・スペースとしても非常に重要な技術であると考えています」

同社によると、今回の実証事業を通じてフィリピン宇宙局との信頼関係が醸成され、みちびきやIoT衛星の共同活用を含む基本合意書(MOU)の締結を行うことが決定したそうです。今後は両者が連携し、災害対策や安全保障を目的とした実務的なシステムを共同で開発していく方針です。また、フィリピンの国土地図・資源情報局 水路部(NAMRIA-HD)は検潮所の増設に関心があり、今後も海洋ブイによる検潮システムの継続研究を実施していくことで合意しました。
同社は他にも、海外の山岳地域の通信圏外エリアにおいて、地すべりなど堆積土砂の変位をMADOCA-PPPとIoT衛星の組み合わせによってモニタリングするサービスを検討しており、これに関心を寄せているフィリピン火山地震学研究所(PHIVOLCS)と今後の実現に向けた話を進めていくとのことです。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:株式会社アークエッジ・スペース

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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