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視覚障害者をサブメータ級でみちびく、「あしらせ」のこれから

2020年02月25日

内閣府の主催により、宇宙の資産を活用した新たなビジネス創出を目指すアイデアコンテスト「S-Booster 2019」。3回目を迎えた今年度、アジア・オセアニアの各地から300件もの応募の中で見事、最優秀賞に輝いたのは、みちびきのサブメータ級測位補強サービス(SLAS)を活用した視覚障害者向けの歩行サポートツール「あしらせ」でした。昨年11月に行われた最終選抜会の模様は、以前当サイトでもご紹介しました。今回はその「あしらせ」を提案した千野歩(ちの わたる)氏ほかチームメンバー4人に会い、開発に至った経緯を話してもらいました。

左から千野氏とチームメンバーの田中裕介氏、米谷史氏、徳田良平氏

左から千野氏とチームメンバーの田中裕介氏、米谷史氏、徳田良平氏

会社員としての“放課後活動”

「あしらせ」は、みちびきのサブメータ級測位補強サービス(SLAS)で得られた正確な位置情報をもとに、歩行ナビゲーションのための情報を生成し、視覚障害者の足裏や足の側面に振動で伝えるインソール型のデバイスです。本田技研工業株式会社に勤務する千野氏は、以前から温めていたこのアイデアを社会実証につなげようと、社内外に呼びかけ一緒にモノづくりに関わってくれる仲間を募り、チームSensinGood Lab.を立ち上げました。
「業務に支障のない範囲で、組織にとらわれずチームを作り、自由な発想でモノづくりに取り組める、いわば会社員としての“放課後活動”が盛んに行われているんです」(千野氏)

あしらせプロトタイプ

あしらせプロトタイプ(最終選抜会のプレゼン資料から)

米谷氏

米谷氏

自動運転のシステム開発関わっていた千野氏は、自己位置推定や経路生成、ハイブリッド車のモーター制御などに関する技術やデバイスに通じていました。最初に仲間として加わった同じく本田技術研究所の米谷 史(まいたに あや)氏は車両内装などのスタイリング、UX(ユーザーエクスペリエンス)、デザインに関わるアートディレクターです。

「メンバーの役割をバンドに例えるなら、私がドラムで組み込み制御エンジニアの徳田(良平氏、本田技術研究所)がベースでしょうか。二人でシステムのインフラ部分を支えます。さらにシステム設計を担当する田中(裕介氏、ETC株式会社)はギターとしてメロディーを奏でる立場で、千野がマイクを握るボーカルですね」(米谷氏)

みちびきに背中を押されてスタート

開発の動機について、千野氏はこう語ります。
「視覚障害のある方々に話を聞くと、知らないうちに道路の真ん中を歩いていたとか、毎日同じ道しか歩けないといった不安の声が出てきます。行動範囲を拡げることを諦めてしまっていたのです。それを解決する歩行支援の仕組みを作りたいと思いました」(千野氏)

左から田中氏、千野氏

左から田中氏、千野氏

システムのカギとなるのは、ビーコンなどのインフラに頼らず、自分の正確な位置を知ることができる小型のデバイスでした。それを探す中で、みちびきのサブメータ級測位補強サービスに出会いました。

「自動車のレーン認識などにも使われようとしているこのサービスなら、小さな機器で正確な位置情報を把握でき、歩行ナビゲーションも実現するのでは、と思いました。『あしらせ』はみちびきに背中を押されてスタートしたんです」(千野氏)

足を感覚器とする新たなUIを模索

徳田氏

徳田氏

現在のメンバーで開発をスタートしたのは昨年(2019年)始めのことで、千野氏は当時、株式会社本田技術研究所(グループのR&Dを担う)に在籍していました。社内外のビジネスアイデアコンテストに応募を続け、システムを磨いていきました。この「あしらせ」の大きな特徴は、振動で足に情報を伝えるデバイスである点です。

「視覚障害のある方たちは、周囲や路面の状況を知るために耳を澄まし、白杖(はくじょう)の反応に神経を集中させています。そして足を運動器としてだけでなく、感覚器としても使っています。足に情報を伝えながら、感覚器としての役割も邪魔しないようにしなければなりません」(徳田氏)

「複数のモーターを配置して、振動の数やパターンで異なる情報を知らせます。そのモーターをどう配置し、足のどの位置に振動を伝えれば効果的なのか。それが大きな問題でした。たまたま鍼灸院で見つけた神経の経絡図を参考に検討して、効率的な配置を見つけました」(米谷氏)

インソール型のデバイスであるため、「忘れて出かける心配がなく」「靴を履き替えても使用でき」「常に玄関の定位置で充電可能」などのメリットも生まれました。

日常を変えずにストレスなく使い続けるためのUX設計

日常を変えずにストレスなく使い続けるためのUX設計(最終選抜会のプレゼン資料から)

今後の課題の一つは「マルチパス対策」

駅や交差点などで見かける視覚障害者誘導用ブロック、通称「点字ブロック」は、日本で生まれたものです。経路を示す線状の「誘導ブロック」と注意喚起を促す点状の「警告ブロック」の2種類がJIS規格で定められ、それをもとに国際規格が定められ、世界に広がりました。

「日本発の点字ブロックは、視覚障害者の大きな助けとなっています。(最終選抜会の)プレゼンで『あしらせ』を、靴の中に仕込んだ仮想点字ブロックだと説明したのは、点字ブロックのように多くの人の助けになってほしいと思ったからです。一方で課題もまだまだ残っています。人が動き回る場所にはビルや壁があり、インソール型のデバイスだと、電波を受信するのは地面に近い低い位置になります。マルチパスによる精度低下が避けられません」(千野氏)

(最終選抜会のプレゼン資料から)

(最終選抜会のプレゼン資料から)

これに対しては、自動運転の技術なども応用しながら、GNSS以外のセンサー情報を組み合わせて、自己位置推定の誤差を補正する手法を磨き上げていきます。千野氏らは今後、S-Booster 2019の賞金をプロトタイプ製作に投入し、フィールドでの試用と評価を重ね、開発を次のステップに進めたいと語っています。

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

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※本文中に使用した資料画像提供:SensinGood Lab.