コンテンツです

[実証2023-1] OST:みちびきを利用したAIによる漁業操業情報の自動作成

2024年05月29日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は2023年度にオーシャンソリューションテクノロジー株式会社(OST)が実施した「みちびきを利用したAIによる漁業操業情報の自動作成の実証」の取り組みを紹介します。同社はみちびきのSLAS(サブメータ級測位補強サービス)に対応した自社開発のIoT機器を船舶に設置し、取得した船舶の航跡をもとにAI(人工知能)を活用して操業情報を解析することで、水産資源評価に役立つ漁獲努力量の高精度な推定を実現しました。水上陽介代表取締役と、実証の実務を担当した菅浩二取締役のお二人に話を聞きました。

水上氏

水上氏

菅氏

菅氏

同社は長崎県佐世保市を拠点として、全国の漁業者に向けて漁業者支援サービス「トリトンの矛(ほこ)」を提供しています。トリトンの矛は、漁船のブレーカーに連動して、操作不要で自動的に衛星測位によって航跡を記録し、記録した航跡をもとにアプリを使って電子操業日誌を自動で作成できるサービスです。操業位置を記録し、海況情報を可視化することにより、効率的かつ生産性の高い漁業の実現を支援しています。
また、トリトンの矛によって得られた操業データは、自治体や研究機関に提供され、漁獲努力量(操業時間、漁具投入回数、縄長・針数など)を算出することで水産資源量の推定にも活用され、漁獲可能量を設定する判断材料としても役立てられています。

サービスの提供は2022年9月に始まりましたが、当初は一般的なGPSを搭載しており、測位誤差により、まだ洋上にいるのに陸の位置に表示されたり、数百メートル離れた場所にずれたりすることがありました。そこで2023年からトリトンの矛で取得した位置情報をもとに操業中の細かい挙動をAIで解析する取り組みを新たに始めるに当たって、みちびきを利用した実証事業に応募し、SLASを導入することを決めました。
「一般的なGPSではAIが正しく判断できないケースが頻発したため、もう少し測位精度を高めないと我々の考えるサービスは提供できないという結論に至り、SLASを導入しました」(菅氏)

航跡図

位置情報の精度問題が発生したため(左)、SLASを導入して正常な航跡を取得(右2点)

SLASに対応したIoT機器は市販のGNSSトラッカーではなく、同社が自社開発したものを使いました。洋上では携帯電波が圏外となるエリアが多く、通信できない場合には、取得した位置情報データをすぐにクラウドへ送信せず、キャッシュデータとして一時的に保存しておかなくてはなりません。市販のGNSSトラッカーではキャッシュ容量が少なく、将来の様々な用途に対応するためにはカスタマイズする必要があり、自社内で開発環境を整えました。
SLAS対応のGNSSモジュールは、u-blox「MAX-M10S」を搭載したSparkfun社のGNSS基板を採用しました。IoT機器をコントロールするCPU基板にはRaspberry Pi(ラズベリーパイ)4、4G(LTE)通信モジュールにはSierra wireless社の製品を採用しました。このほかに加速度センサーや角加速度センサー、温度・気圧センサーなどを搭載し、同社が独自に開発した船舶用特殊電源基板も採用しています。これらの機器を使って、SLASで30秒ごとに取得された位置情報が同社のクラウドシステムへと送信される仕組みです。

仕組み図

IoT機器のブロック図

基板やセンサーはアンテナと一緒に白い箱型のケースに収められ、全国各地の計10隻の漁船に搭載されました。内訳は、長崎県の2隻(佐世保市と宇久小値賀)のほか、宮城県が3隻(気仙沼市)、その他の地域が5隻です。長崎県では主に延縄(はえなわ)漁・引き縄漁・一本釣漁、宮城県では主に刺し網漁と、各地で異なる多様な漁法で行われました。

準備作業

IoT機器の動作確認(左)と漁船への設置作業(右)

漁船に設置した機器

漁船に設置したSLAS対応のIoT機器(赤丸部分)

実証では、SLAS対応のIoT機器によって取得された航跡データをもとに、同社が開発したラベリングツールを使って、30秒ごとに取得された位置情報に対してラベリング作業を実施しました。ラベリングに当たっては、各漁業者に直接会ってヒアリングを行い、航跡を見ながら操業中の情報を細かく分類しました。

ヒアリング

漁業者へのヒアリングの様子

ラベリングの分類は、1)準備、2)仕掛け投入、3)休憩、4)仕掛け待機、5)仕掛け回収、6)操業、7)片付け、8)操業以外、9)集魚、10)試し釣り、11)不明の計11種類で、それぞれ色を割り当てて航跡を色分けした状態で見ることができます。ラベル付けされた結果を学習データとして、1隻につき3~4本の結果をAI解析エンジンに読み込ませました。

ラベリング

ラベリングの種類

ラベリングされた学習データをもとに、AIエンジンが、新たに取得した航跡データに対して出港から帰港までの挙動を推定します。これにより従来よりも詳細に漁獲努力量を推定でき、操業効率の改善や正確な資源評価が可能となるほか、消費者への漁獲物トレーサビリティも提供できます。
「たとえば漁場に行く途中で船がトラブルを起こし、実際の操業時間が短い場合があります。それでも漁獲量が多ければ資源が豊富ということになり、逆に長い時間をかけても漁獲量が少なければ資源が少ないということが分かります。今まではこのような粒度の細かいデータを得ることはできなかったのですが、SLASの航跡データとAIを組み合わせることで、その分析が可能となりました」(菅氏)

ラベリング結果

ラベリング結果:延縄(はえなわ)漁(左)、イカ釣り漁(中)、一本釣り漁(右)

AI解析結果

ラベリング結果をAIエンジンにローディング

実証では、学習後のAIエンジンを使って実際に航跡データから操業情報を自動作成し、漁業者へのヒアリングによってラベリングされた学習データと、AIによる判定結果の差を比較・検証しました。その結果、実際のヒアリング結果を正とした場合、AIによる判定結果における80~100%という高い精度で、両者の整合性が確認できました。すでに実証事業の期間は終了しましたが、同社はその後も操業データへのラベリング作業を継続し、AIエンジンの更なる高精度化を目指しています。

結果の整合性を確認

AIによる推定結果とヒアリング結果を比較検証し、整合性を確認

今回使用したu-bloxのMAX-M10S(GNSSモジュール)は、L1S信号から災危通報(災害・危機管理通報サービス)を受信してデコードする機能も備えています。そのため、災危通報の試験用データ受信の実験も行い、情報が正しく出力できたことを確認できました。
災危通報は一つの通報情報が複数の衛星から配信されるので、重複した情報を受信する場合があります。また、通報情報が何度も繰り返して配信されるため、すでに受信した情報と新規の情報を区別する必要もあります。受信したデータを一時的に保存して、そこからきちんとした文章に作り替える仕組みを作るのに苦労したといいます。

災危通報は、2024年4月1日からJアラート(全国瞬時警報システム)及びLアラート(災害情報共有システム)の配信を開始しました。海上無線を持たない漁船の場合、携帯電波の圏外エリアでは、Jアラートのミサイル発射情報等や、Lアラートの避難情報を取得するのは難しいため、みちびきの災危通報が漁業関係者の不安の解消に大いに役立つと期待されています。

機器とPC画面表示

災危通報の実験

実証の結果を踏まえて、SLAS対応のIoT機器はすでに約200台を製造し、SLAS対応以前に提供してきたIoT機器も、SLAS対応製品に順次置き換えています。また、AIでラベリングした結果は、研究機関に提供して資源評価に役立てるほか、ヒアリングした漁業者に許可を取った上で、新規就労者に対してベテラン漁業者の操業情報として提供することも検討しています。その先駆けとして、東京と大阪で開催された新規就労者募集イベントにおいて、参加者へ操業情報を見せたところ、とても好評だったそうです。

同社は今後、AIエンジンの更なる精度向上を目指していきます。現在は漁港ごとにAIエンジンのアルゴリズムを構築していますが、今後はどの漁港にも適用できる汎用のアルゴリズムに置き換えていく予定です。それにより海外展開も目指す方針です。
インドネシアは2025年に違法操業を監視するVMS(Vessel Monitoring System:船舶位置監視システム)の設置が義務付けられますが、同社はこれを商機として、違法操業の監視だけでなく資源量の推定にも役立つVMS代替システムとしてアジアにおいて販路を拡大する方針です。海外展開ではSLASの代わりにみちびきのMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)への対応をめざし、2024年度中にテストを検討しています。

また、現在は取得した位置情報をLTE回線で送信する仕様ですが、将来はLPWA(省電力広域ネットワーク)を使って、沖合でもリアルタイムに位置情報を取得できるようにしたいと考えています。このほか、みちびきの高精度測位を落水者の救助にも活かすことも検討しており、トリトンの矛で落水時の位置情報を記録し、CLAS対応ドローンで遭難者を捜索するシステムを開発中といいます。

水上氏は、これまで海洋分野で衛星データの利活用が進まなかった理由として、海洋事業者のデータが蓄積されていない点を挙げています。今後、トリトンの矛によってみちびきの航跡データや漁獲量のデータが蓄積されれば、それが衛星データの利活用を促進する重要なポイントになると話します。
「みちびきの高精度測位は、製品を差別化する上でとても有効です。これから7機体制、そして11機体制に増えることを楽しみにしています」(水上氏)と、みちびきに大きな期待を寄せています。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※本文中の画像・図版提供:オーシャンソリューションテクノロジー株式会社

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

関連記事