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GNSSによる高度タイミング用途と、みちびきの役割

2018年10月27日

通信業界や放送業界では高精度の時刻同期に対するニーズが高まり、それを実現する手段としてGNSSに寄せられる期待も大きくなっています。そうした中で日本電信電話株式会社(NTT)と古野電気株式会社は10月23日、ビル街や山間部でもオープンスカイに近い、高い時刻同期精度が得られるGNSSレシーバの新製品を発表しました。GPS/みちびきとGLONASSに加えガリレオに対応し、みちびきは3号機を含む4機同時受信に対応。販売開始は2019年4月を予定しています。

VF-05とGF-8705の外観イメージ

今回の試作機(VF-05、左)と量産機(GF-8705、右)の外観イメージ(写真提供:古野電気株式会社)

そこで今回は、この分野で先端的な研究開発に取り組み、本製品の開発にも関わったNTTネットワーク基盤技術研究所の吉田誠史氏(ネットワークアーキテクチャプロジェクト主幹研究員)に「高度タイミング用途におけるみちびきの役割」というテーマで話を伺いました。

▽NTTネットワーク基盤技術研究所 吉田誠史氏

「高度タイミング用途におけるみちびきの役割」

── 最近は住宅街でもこんなアンテナを見かけるようになりました。これって携帯の基地局ですよね?

吉田 おそらくそうですね。四角いのが通信用のアンテナで、とんがっているのが、時刻同期を行うためのGNSSアンテナのレドーム(耐候用カバー)です。

── 今から16年前の2002年に刊行され、衛星測量のバイブルとして読まれている『新・GPS測量の基礎』(土屋純・辻宏道著、社団法人日本測量協会)には、「一般家庭はもとよりちょっとした科学工業目的でも、その同期精度はあまりにも高すぎるので、(中略)使って悪いことはないにしろ、過剰性能である」と書かれていますが、今やすっかり事情は変わってしまったのでしょうか?

吉田 様変わりしました。GNSSの高精度な時刻同期に頼らなければ、もはや通信ネットワークもデジタルテレビ放送も、証券取引所のシステムや発送電網も成り立ちません。社会基盤を支えていると言っても過言ではないと思います。私どもが取り組んでいる、モバイル通信の基地局を例にご説明しましょう。

── よろしくお願いします。

時刻同期の精度は「3マイクロ秒以内」

吉田 すでにGNSSは、モバイル基地局が求めるマイクロ秒オーダーのタイミング同期精度を満足する手段として、世界中で利用されています。精度に対する要求も、通信需要の増大と共に高くなっています。その一例が、最近日本で新たに始まった3.4GHz帯でのモバイル通信のサービスです。40MHz幅の5つの帯域が3社に割り当てられています。

── よく聞く700~800MHzや1.5~2GHzに比べ、さらに高い周波数帯ですね。

1.7GHz帯及び3.4GHz帯の割り当て結果

1.7GHz帯及び3.4GHz帯の割り当て結果(出典:総務省)

吉田 一般に周波数が高いほど、多くのデータを送れるようになります。しかし周波数が高くなると、電波の直進性が高くなり、遠くまで飛ばなくなる。そこで基地局を密に配置する必要が出てきます。その際に問題となるのが、隣接する自社基地局や、隣り合う周波数帯を使う他社の基地局との干渉です。

── 他社との調整も必要になる、とは?

吉田 これまでは、事業者に割り当てられた周波数帯の境界部分に「ガードバンド」と呼ばれる緩衝領域を設けることで対処してきました。しかし3.4GHz帯では周波数リソースをフルに使用するために、カードバンドを設けずに帯域を目一杯使っています。この周波数帯で使用されているのが「TD-LTE(Time Division duplex Long Term Evolution)」と呼ばれる通信方式です。TDとはTime Division Duplex(TDD、時分割多重または時分割複信)のことで、時間で区切って上りの下りの通信を行う、周波数利用効率の高い方式です。

── 単線の路線で上り下りの列車を運行させるようなものですか?

吉田 似ていますね、イメージとしては単線の路線が密集している操車場でしょうか。端末から基地局に向かう「上り」と、基地局から端末に向かう「下り」の通信データを列車に例えると、自社路線での衝突事故はもちろん、すぐ隣りの路線を走る別会社の列車との接触事故も避けたい。そのため、みんなでダイヤを遵守し、あるタイミングでは上り列車だけ、あるタイミングでは下り列車だけを同期して走らせる、というイメージです。

── であれば隣の線路と干渉する心配も少なくなりますね。どのくらいの時間刻みで通信データをやりとりしているのでしょうか?

吉田 通信データのひとまとまりである「1フレーム」の長さは10ミリ秒(100分の1秒)となっています。さらに1フレームは長さ1ミリ秒の「サブフレーム」10個で構成されており、サブフレーム単位で上り通信と下り通信が分離されています。

── サブフレームが1ミリ秒ということは、つまり最短1000分の1秒で上り下りが入れ替わる場合もあるということ?

吉田 そうです。データの衝突を避けるためには、その1ミリ秒のサブフレームの送出タイミングを、各基地局間で一致させる必要があります。スモールセルと呼ばれるカバーエリア3km程度の小さな基地局の場合、時刻同期の精度は3マイクロ秒以内と定められています。

── 100万分の3秒!

吉田 そうなるともはや、マスタークロックは電波時計などで使用されている標準電波(JJY)では不十分でGNSSしかありません。

── 頼るべき最後の時計がそれなんですね。

吉田 さらに最近では、基地局設備の主要部分を電話局舎内に起き、電波を送受信する小型設備を「張り出し基地局」として、物理的に分離するやり方が広がっています。システムを構成する機器すべてを高度にタイミング同期させるために、マスタークロックから高精度の時刻情報を各機器に配布する「PTP」という仕組みが必要になります。PTPで避けられない誤差も勘案すると、マスタークロックとなるGNSS受信機にはますます高い時刻精度が求められます。システム全体で3マイクロ秒以内、つまりプラスマイナス1.5マイクロ秒の精度が求められます。これを実現するにはGNSS受信機ではさらにひと桁上の、±100ナノ秒が要求されることになります

張り出し基地局の例

張り出し基地局の一例

張り出し基地局の例

ITU-T G.8271.1で規定される時刻動機バジェット

システム全体で±1.5マイクロ(1500ナノ)秒のうち、GNSS受信機には±100ナノ秒の時刻同期精度が求められる(提供:NTTネットワーク基盤技術研究所)

統計処理による衛星選択アルゴリズム

── 100ナノ秒って、1000万分の1秒......

吉田 そうです。

── しかし、ケタを数えるととんでもないことのように思えますが、電波がその間に進むのは約30m。衛星から受信機までの距離(擬似距離)の誤差と考えてみると、GNSSできちんと測位ができているなら、その精度はすでに実現されており、そんなに高いハードルとは言えない気もします。

吉田 オープンスカイで受信環境が良いなら、そうです。しかしモバイル通信の基地局は、人口が密集しデータ通信の需要の多い都市部に設置したい。当然、周囲には建物があり、開空率が制限され、マルチパスの影響も避けられない。

── 直接見える衛星の数が限られ、あちこちに反射した信号が遅れ遅れでやってくる。これは測位でも悩ましい問題です。

吉田 そういった環境でも高い精度を確保しようというのが、私たちの研究テーマです。アプローチはいくつかありますが、まず最初が「GNSS衛星信号受信特性推定技術」。GNSSアンテナの設置工事を行う前に、いくつかの候補地点で撮影した全天写真から、見通し状態の可視衛星がなるべく多く、長時間、受信できる地点を判定するものです。

マルチパス信号の影響評価のためのモデル受信環境

マルチパス信号の影響評価のためのモデル受信環境(提供:NTTネットワーク基盤技術研究所)

── それなりの工事コストもかかるので、事前に「いい場所」が分かるのはありがたいですね。しかし、どう工夫しても条件が厳しい場合もあるのでは?

吉田 開空率の制限された可視衛星の少ない受信環境で精度を大きく悪化させる原因が、不可視衛星の反射波です。ビル陰に隠れ、見通せないはずの衛星からの反射波は、大きく遅れてやってきます。そうした衛星をなるべく使用しないようにする「枝刈り」も重要です。

── なるほど、枝刈りと呼ぶんですか。

GNSS衛星信号受信特性推定技術

GNSS衛星信号受信特性推定技術(提供:NTTネットワーク基盤技術研究所)

吉田 ただアーバンキャニオンと呼ばれるようなビルの谷間では、枝を刈りすぎると衛星が必要数に満たない場合も出てきます。測位と同様に、4衛星以上を受信できて初めて、3次元座標xyzに加え、時刻tという4つの未知数が求められる訳ですから。

── どう対処を?

吉田 不可視衛星の信号であっても、伝搬遅延時間の小さいものなら最小限許容するというアプローチです。反射波が混ざる場合でも、アンテナの近くで反射した信号なら時間遅れは小さく、精度劣化への寄与も小さい。「統計処理による衛星選択アルゴリズム」と呼んでいます。

── 「補欠合格」で定員を満たすような、現実的なアプローチ?

吉田 そうなるでしょうかね(笑)。ビルの谷間の開空率が小さい場所だけでなく、窓からアンテナを張り出した、空が半分しか見えていないような場所でも検証を行っています。精度の大幅な改善が確認できています。

GNSSレシーバー試作機の性能評価結果

GNSSレシーバー試作機の性能評価結果(提供:NTTネットワーク基盤技術研究所)

「可視衛星1機は血の一滴」

── 「枝刈り」+「補欠合格」は効くんですね。

吉田 効きます。ただ、そうだとしても直接見えている可視衛星があるかないかは、精度維持にはすごく大きい。タイミング同期の分野では「可視衛星1機は血の一滴」と言っています。

── 血の一滴......

吉田 なので、高仰角から信号を降らせてくれるみちびきは、本当にありがたい存在です。仰角が高ければ、可視衛星として受信できる可能性が高まりますし、マルチパスがあったとしても影響は小さいので。

── なるほど。真上からの信号ならビルの谷間でも見えやすいし、見えないとしてもビル壁での反射なら角度は浅いから、距離差も小さい。合否ラインを大きく下回ることはない訳ですね。

マルチパスの低減でタイミング同期の精度も向上

吉田 タイミング同期の用途では、みちびきの「最悪値がそれほど悪化しない」性質にも大変助かっています。GLONASSやガリレオなどを積極的に使っていく「マルチGNSS」のアプローチも考えられますが、異なるシステム間には最大数十ナノ秒程度の時刻オフセット(ずれ)が存在していますから......

── 国によって、いわば“時差”がある。

吉田 可視衛星数が少ないと、その“時差”の影響を有効に補償することができません。一方でGPSと一体運用されている分、みちびきにはその心配がなく、GPSの補完だけでも大きな存在意義がある。少なくとも日本国内においては、精度や信頼性の観点から、GPS+QZSSのコンビネーションがベストの選択だと思っています。

4K8K時代には「GNSS同期が前提」

── 今年春の展示会「Interop Tokyo 2018/Location Business Japan 2018」(千葉・幕張メッセ)では、通信業界だけでなく放送業界でも高精度時刻同期のニーズが高まっている様子を見ることができました。4K8Kなど高解像度の映像製作では扱うデータ量が激増し、撮影・録音・編集や蓄積などに関わる機器すべてを高精度に同期させておく必要があるそうです。「4K8K時代はGNSS同期が必須というより前提だ。それがないと、そもそも画が出せない」という声も聞けました。

吉田 まったくその通りだと思いますし、次世代高速通信の「5G」でも同じような状況です。また金融分野でも、アルゴリズム取引やHFT(高頻度取引、High Frequency Trading)などで高精度タイミングの需要は高まっていましたが、さらに今年1月、EUで第2次金融商品市場指令(MiFID II)が施行されました。これはEU域内で行われる金融取引の記録に、高精度なタイムスタンプの付与を義務付けるもので、サーバーがEU域外にあってもルールが適用されます。これを受け、日本国内でもデータセンターにおける時刻同期のマスタークロックがGNSSに置き換えられつつあります。

── まさに「時は金なり」ですね。

吉田 地理的に離れたデータセンターでデータベース処理を行うグーグル社のCloud Spannerなども、原子時計レベルの高精度なタイムスタンプが大前提で、GNSSなしには実現不可能なものです。「GNSSによる分散型RDB」はプロの間でも注目され始めています。

── ふだんは意識せずに暮らしていますが、思いのほか多くの局面で、高精度タイミング同期のお世話になっているのかもしれません。

吉田 みちびきの重要性も、ますます大きくなっていると思います。

NTT武蔵野研究開発センタ

NTT武蔵野研究開発センタ(東京・武蔵野市、提供:NTT情報ネットワーク総合研究所)

(取材/構成:喜多充成・科学技術ライター)

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