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[実証2025-3] 東北大学:津波避難施設用バルーン型避難標識の自動掲揚システム

2026年09月07日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
今回は、2025年度に東北大学 災害科学国際研究所 津波工学研究室が実施した「津波避難施設用バルーン型避難標識の実用化に向けた自動掲揚システムの開発」を紹介します。研究室に所属する東北大学大学院 博士後期課程3年の成田峻之輔氏に話を聞きました。

成田氏

突発的に発生する津波による犠牲者を大きく減らす対策として津波避難ビルや津波避難タワーの整備が進んでいます。これらの避難施設は、高台への避難が困難な人の緊急的な退避先として多くの人に活用されることが期待されていますが、一方でその所在地が分かりにくく有効に活用されない恐れもあります。
そこで成田氏は、津波避難施設の存在を事前周知するだけでなく、津波が発生した際に避難施設の場所を大胆に提示する必要があると考え、津波警報が発表された際に津波避難施設の場所を知らせる目印としてアドバルーンのようなバルーン型避難標識を自動的に掲揚するアイデアを思い付きました。装置の起動にはみちびきの災危通報(災害・危機管理通報サービス)を利用し、事前に設定した災害情報を受信すると、無人で迅速にバルーン型避難標識が掲揚される仕組みの実現を目指しました。

図版-1

実証事業の概要

成田氏の博士論文テーマは、バルーン型避難標識をどの場所にどれくらいの高さで掲揚した時に地上からどう見えるかを、デジタルツインの3D都市モデルのデータを活用してシミュレーションすることです。具体的には、VR(仮想現実)による津波避難システム及び機械学習による効果推定により、バルーン型避難標識の配備や設計を最適化する研究を行っています。今回の実証事業はその一環として、バルーン型避難標識の自動的な掲揚が実際に可能かどうか検証することを目的の一つとしました。

図版-2

3D都市モデルのデータを活用して配備や設計を最適化

成田氏は、災危通報で装置を起動させようと考えた理由を次のように説明します。
「みちびきの災危通報は無償で配信されており、瞬時に広域に対して情報を伝達できます。将来的にバルーン型避難標識の社会実装を目指す上で、みちびきを使えば人が操作することなく自動的に装置を起動させることが可能と考えました」

実証事業は津波工学研究室が主体となり、災害系や機械系など多様なバックグラウンドを持つ東北大学の学生で構成される技術チーム「津波バルーンプロジェクト」が技術開発を行い、仙台市、消防特別救助隊、バルーン販売事業者、ガス機器製造事業者、高圧ガス事業者、セラミックス素材メーカー、係留気球の開発経験を持つ教員(北海道大学)など産官学の様々な組織と連携して進めました。

今回の開発では、事前に設定した津波警報や緊急地震速報、発表地域などの情報に基づいて、受信内容が設定した項目に該当する場合にトリガーとして全自動で起動し、起動後2~3分以内に最高で約30mの高さにバルーンの掲揚が完了する試作機の実現を目指しました。開発は「バルーン製作」「災危通報の受信機能」「ヘリウム充填機能」「昇降機能」「照明機能」の5つの部門に分けて行いました。

バルーンのサイズは直径約2.1mの球形で、総重量を3.5kg程度にすることで1.5~2.5kg相当の余剰浮力(バルーンの重量を超える部分の浮力)を確保しました。また、最大25%程度の体積増加を許容できる引張性の高い素材を採用して温度変化に伴う体積変化に耐える仕様にすると共に、ヘリウム漏出を防ぐための逆止機能カプラをバルーンの封入口に装着して高速のガス噴射に耐える仕様にしました。さらに掲揚中の天候悪化や津波警報の解除、救助活動時を想定し、バルーン内部のヘリウムガスを抜いて浮力を喪失させる機構として、バルーン天頂部に遠隔から自動開放できるダクトを設けました。

図版-3

起動後2~3分以内に約30mの高さまで掲揚

避難施設であることを伝達する表示機能として、強風への耐性を維持するために垂れ幕は使用せず、緑色の球体表面に縦70cm×横60cmの白抜きのピクトグラムを4方向に表示しました。夜間でも視認できるよう、バルーンには照明機能も搭載しました。

写真-1

緑色のバルーンに白抜きのピクトグラムを表示

災危通報を受信して装置を起動させる受信機は、みちびきのL1S信号の受信に対応したu-blox製のGNSS受信モジュール「MAX-M10S」を使用しました。また、MAX-M10Sから出力された航法メッセージから災危通報を抽出し、津波警報を検知してバルーン掲揚のシーケンスを出力させる機器は、太陽光発電や蓄電池で駆動できるように低消費電力での待機が可能なシングルボードコンピュータ「Raspberry Pi Zero 2W」を使用しました。

図版-4

受信機能の構成図

受信機能の開発ではまず災危通報の受信精度を検証しました。仙台市内にある開発部門の担当者の自宅と、宮城野区中野にある津波避難タワーの屋上にMAX-M10SとNEO-M9N(u-blox製)を設置(津波避難タワーにはMAX-M10Sのみ設置)し、2025年10~11月の約2週間、受信した災危通報を記録して、それぞれの受信記録の差を検証しました。

写真-2

津波避難タワー屋上に受信機を設置して精度検証

その結果、総受信数782のうち、何らかの理由で受信に8秒以上遅延が発生するケースが約6%あったものの、緊急地震速報2件と津波警報3件はいずれの場合でも欠損や遅延が生じることなく受信できました。また、津波避難タワーでは受信できたものの担当者自宅では受信できないケースが最大で約0.8%あり、受信環境が良好でない場合は欠損が生じる可能性があることも分かりました。成田氏は、この結果を次のように評価しています。
「津波避難タワーでは全ての情報を欠損なく受信できました。沿岸部にある津波避難タワーは上空が開けている場所が多く、衛星電波の受信環境が良好でみちびきとの相性もよいと確認できました。遅延は発生しましたが、バルーン型避難標識はあくまでも避難をサポートする設備なので、多少の遅延が発生しても許容範囲内と考えています」

受信機のほかに、電磁弁を制御してヘリウムガスを高速でバルーン内部に充填する装置や、バルーンの上昇・停止・下降を制御して規定高度へバルーンを掲揚する昇降機を開発しました。昇降機は、浮力や風の抵抗力が働くバルーンを安定してすばやく昇降させるために高トルクのモーターを使用する必要があり、サイクロイド減速機(滑らかなサイクロイド曲線を持つ歯車を利用した減速機)を活用して高トルク・高仕事率を達成しました。

図版-5

ヘリウムガスの充填装置

図版-6

昇降機(左)、サイクロイド減速機(中央・右)

安全対策としては、事故が発生するとバルーンが空中に放出される恐れがあり、機械的な故障や誤作動による放球事故が起こらないように二重・三重の対策を行いました。一方、避難標識として効果的に機能するよう、起動の際には可能な限り高圧ガスを急速に充填し、すばやくバルーンを掲揚させる必要があり、安全性とスピードの両立を図ることが大変でした。あまりにも早くガスを入れるとバルーンが破損する可能性があり、何回も充填試験を繰り返して試行錯誤しました。

夜間にバルーン本体を明るく光らせる照明機能には、余剰浮力を損なわない軽量で、かつ発火・発熱リスクが低い超薄型・小型リチウムイオン二次電池「EnerCera(エナセラ)」を採用し、16のLED光源を搭載しました。LEDは指向性の高い砲弾型で、バルーン内部に向けて光を照射することで、バルーン表面全体を散乱光で明るく照らして、白抜きのピクトグラム部分を暗い影にしました。バッテリーの並列化や点滅処理によって点灯時間は2時間ほど持続できるようにして、掲揚中に昼から夜になる場合や、夜が明ける場合を想定して地上から遠隔で点灯を制御できるようにしました。

写真-2

バルーンに照明機能を搭載

装置全体を動かす電源には、地震や津波などによる停電を想定し、ポータブル電源を使用しました。災危通報による起動が複数回発生すると装置が二重に動作して不具合が発生する恐れがあるため、特定の状態を保持できるラッチリレーを使用して、リセットされない限り起動しない仕様にしました。また、赤色回転灯やスピーカーで装置が動作中であることが分かる仕組みも設けました。

写真-3

各部門の開発担当者と成田氏(前列中央)

今回の実証実験にあたり、専用のウェブサイトを開設したほか、案内チラシを市や町内会を経由して実施地域周辺の住民向け回覧板に掲載しました。また、メディア向けにプレスリリースを配信すると共に、みちびきアンバサダーを務めるVTuberの宇推くりあさんとコラボレーションして、2026年2月14日に実証実験を事前告知する予告配信を実施しました。これにより実証実験当日の配信では、視聴者から応援や感想、アドバイスのコメントが258件寄せられました。

宇推くりあさんとコラボしたYouTube配信

2026年2月17日、津波浸水が想定される沿岸部の津波避難タワー屋上に装置を設置し、災危通報の試験配信時にすばやくバルーン型避難標識を自動的に掲揚する試験を実施しました。14時から緊急地震速報や津波警報の試験配信を数回行い、最初の5回はダミー情報を配信し、この配信に対して装置が起動しないことを確認して、6回目においてバルーンの起動が行われるべき宮城県に対して発せられた津波警報を14時35分に配信したところ、想定通り装置が起動しました。

写真-4(起動開始直後の様子)

この時、ガス充填が完了するまでの間にバルーンを固定する装置が4カ所中2カ所で解除されないトラブルが発生し、2分40秒ほど装置を緊急停止させましたが、不具合を修復後、起動5分13秒後に屋上部から高さ約30mへの掲揚を完了しました。不具合によって中断した時間を除くと実質的に起動から2分37秒で掲揚が完了したことになり、津波発生時に3分以内でバルーン型避難標識を完全自律的に掲揚するシステムは技術的に実現可能であると確認できました。

さらに実施場所の周辺が暗くなり始めた18時に、無線通信による制御でバルーン本体を上空で明るく光らせる実験を実施しました。点灯開始から実証実験終了までの2時間、点灯と消灯を繰り返す操作をして、照明が機能し続けることを確認しました。なお、今回の照明方式では、バルーン全体が光って掲揚されることが分かる一方で、掲揚した状態においてバルーンに表示されるピクトグラムの視認はやや難しいことが分かりました。

写真-5

点灯試験

写真-6

点灯した状態で掲揚

実験終了後は、ヘリ救助時や警報解除時にバルーンをどう回収するかを今後検討するために、バルーン天頂部にあるダクトを開放して自然脱気を行いました。これにより、現状のダクトでの自然脱気では脱気速度が遅く、完全にヘリウムを脱気することが難しいため、脱気用ダクトの設計や脱気方法に改良の余地が残りました。

実験後、今後の実用化を見据えてバルーン型避難標識の自動掲揚装置1基当たりの導入コストを概算したところ、装置本体のみで数百万規模、消耗品であるヘリウムガス交換には約6~7万円の費用がかかると推定できました。実現への課題としては、強風や雷が発生した時に安全にバルーンを掲揚できないことに加えて、バルーンを安全に脱気して回収・格納する機能を搭載する必要性、経年劣化やガス漏出の懸念、筐体の耐震性や小型化、受信機の設置環境により災危通報を正常に受信できない可能性があることなどが挙げられます。

成田氏は、こうした課題を解決して安全性などを高めれば高めるほど、コストに反映して高価になる可能性がある一方、ものづくりが得意な企業と連携して製品の規格化と量産化を実現すればコストカットが見込めるとも考えています。
「地上通信網に頼らず使用できるみちびきの災危通報は、受信機さえあればランニングコスト不要で利用できるのがメリットで、過度の冗長性が求められない低コストで中小規模防災インフラの自動化との相性がよいと思います。災危通報を受信して避難施設から案内が自動的に放送されたり、ふだんは閉まっている扉の鍵が自動で解錠したり、高いところへ登るための緊急はしごを自動で下ろしたりと、バルーン型避難標識以外にも様々な使い方が考えられます」(成田氏)

今回の実証事業を踏まえてバルーン型避難標識の技術を確立し、2028年度には実用化・実運用の達成を目指しています。また、バルーン型避難標識だけにこだわらず、災危通報を活用して災害時に自動的に街の安全性を高められる様々なサービスの実現に向け、今後も研究開発を進めていく方針です。

写真-7

プロジェクトメンバー一同

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:東北大学 災害科学国際研究所

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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