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[実証2023-7] 山口放送:災危通報を活用した被災対応FMラジオ放送システムの実証

2024年10月21日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。今回は、2023年度に山口放送株式会社が実施した「『みちびき』災害・危機管理通報を活用した被災対応FMラジオ放送システムの実証」の取り組みを紹介します。同プロジェクトについて山口放送の惠良勝治技術局長(取締役/ラジオ局長)に話を聞きました。

惠良氏

山口放送の惠良氏

ラジオ放送は受信機が安価で家庭や職場、自動車などに広く普及しており、インターネット環境が不要で乾電池でも数日動作できるため、災害時にも多くの人へ情報を伝えることができます。特にFMラジオ放送は送信所が高所にあり、自家発電機により停電時でも放送を継続できることから、災害・危機管理情報(災危情報)を伝達する手段としても優れています。
山口放送(エフエムKRY)は総務省による2014年からのAMラジオ放送の災害・難聴対策を目的としたFM補完放送の制度整備に従って、2015年からFM補完中継局を整備しています。この中継局整備において、日本通信機株式会社及び株式会社NHKテクノロジーズと共同で、みちびきから受信する時刻同期システムを開発し、従来は実現不可能であった同じ周波数でエリアを拡げる「FM同期放送」を実現しました。同システムは現在、全国多くのFMラジオ局に採用されています。

みちびきの時刻情報を活用したFM同期放送

山口放送に限らず、ラジオ局のネットワークにおいて災危情報を伝達する場合、まず気象庁から地上回線でスタジオに伝送され、そこから専用回線でFM送信所(親局)に伝送します。そして専用回線、又は放送波を利用して中継局に伝送し、さらに中継局からFMラジオ放送を行うことで、ラジオ受信機で聴くことが可能となります。しかし、この放送ネットワークの一部が被災により途絶した場合には、災危情報を放送することができなくなってしまいます。
2024年1月に発生した令和6年能登半島地震では、放送ネットワークの一部が被災したことでラジオ放送が継続できない事例が確認されたほか、山口放送においても過去に同様の事例が発生したことがあるそうです。そこで山口放送の惠良氏は、大規模災害での伝達手段の確保が必要であると考えて、今回の実証において、現状のFMラジオ放送ネットワークの一部が途絶した場合でも、みちびきの災害・危機管理通報サービス(災危通報)を活用して、自動放送により災危情報を途切れなく提供できるFMラジオ放送システムの構築に取り組みました。

山口放送の放送ネットワーク

今回開発したシステムの概要について、惠良氏は以下のように説明します。
「災害によって親局と中継局を結ぶ専用回線が途絶すると、送信所や中継局が被害を受けていなくても放送が無音になってしまいます。みちびきの災危通報を活用することで、衛星から直接、情報を入手して放送することが可能となります」

今回の実証事業では、以下の4つのパターンを想定して機器の改修と実験を行いました。

(1)気象庁等から演奏所(スタジオ)まで送られてくる地上回線が被災した場合
 →演奏所(スタジオ)でみちびきから受信した災危通報をFM送信所(親局)に送信します。

(2)演奏所(スタジオ)が被災して無線の専用回線が不通となった場合
 →演奏所(スタジオ)で災危通報を直接受信し、災危情報をFM送信所(親局)に送信します。

(3)FM送信所(親局)が被災して無線の専用回線が不通となった場合
 →FM送信所(親局)で災危通報を直接受信し、災危情報を中継局に送信します。

(4)FM送信所(親局)が被災して放送波が不通となった場合
 →中継局で災危通報を直接受信し、災危情報を放送します。

4つの被災想定パターン

上記の(1)~(3)のパターンを想定し、地上回線や無線の専用回線を通じて伝達されるラジオ放送の音声が途切れた場合に、自動的に切り替えてみちびきの災危通報を音声に変換して出力する「FM災危通報装置(音声入出力型)」を開発すると共に、(4)のパターンを想定して、放送波が途切れた場合に自動的に切り替えてみちびきから受信した災危通報を放送波に変換して出力する「FM災危通報装置(放送波入出力型)」を日本通信機株式会社と共同で開発しました。
みちびきから受信した災危通報を音声化するに当たっては、音声生成AIを使わず、あらかじめアナウンサーの声を「10 時」「00 分」「錦川中流域の」「氾濫警戒情報が」「発表されました」などと細切れに録音し、それらを組み合わせることで自然な発話を目指しました。
「災危通報のすべてのコードに対して、弊社のアナウンサーの声を録音し、実際に受信するコードに合わせて該当する音声をつないでいくという処理を行いました。AIを使った音声ではなく録音音声を使ったのは、地元で聴き慣れたラジオのアナウンサーの音声で届けるほうが被災者が安心していただけると考えたからです」(惠良氏)

FM災危通報装置の内部構成。音声入出力型(上)と放送波入出力型(下)

被災想定(1)~(3)を想定した室内実験

演奏所(スタジオ)及びFM送信所(親局)、中継局のいずれかが被災して専用回線が遮断した場合の被災想定(1)~(3)について、室内の有線接続による実験を2024年2月9日の15~17時に行いました。[大雨特別警報の告知]→[氾濫警戒情報の告知]→[氾濫警戒情報の解除]→[大雨特別警報の解除]という順番で2回繰り返して放送したところ、みちびきの災危通報の信号をFM災害危機管理通報装置(音声入出力型)が受信し、警報の発表及び解除を音声で出力できることが確認できました。

被災想定(4)を想定した室内実験

一方、FM送信所(親局)又は中継局のいずれかが被災して親局から中継局へ放送波を送信できなくなった場合の被災想定(4)については、室内の有線接続による実験を2023年10月31日の10~12時に行いました。[氾濫警戒警報の告知]→[氾濫警戒警報の解除]の順に3回繰り返して放送したところ、みちびきの災危通報の信号をFM災害危機管理通報装置(放送波入出力型)が受信し、警報・解除の情報を放送できることが確認できました。

さらに2023年11月23日の10~11時には、山口放送の「錦FM実験局」にて、被災想定(4)の公開実験も行いました。錦FM実験局は岩国市錦町広瀬を見渡す山頂に設置され、山口局からの放送波を受信して実験しています。実験は、山口県に大規模災害が発生し、山口局が被災して放送波が送信できなくなったという状況を想定し、エフエムKRYの錦FM実験局がみちびきの災危通報を利用して緊急放送を実施しました。

岩国市にて公開実験を実施

岩国市錦ふるさとセンターにて地域住民が試聴

緊急放送では、山口放送アナウンサーによる以下の音声が自動で流れました。

<警報告知>
「この放送は日本の独自衛星 みちびきからの緊急放送です。放送設備が復旧次第、通常放送を再開します」「この放送は、日本の独自衛星 みちびきからのテスト放送です。10時0分、錦川中流域の氾濫警戒情報が発表されました。住民の方は注意してください。テスト放送を終了します」

<警報解除>
「この放送は日本の独自衛星 みちびきからの緊急放送です。放送設備が復旧次第、通常放送を再開します」「この放送は、日本の独自衛星 みちびきからのテスト放送です。10時40分、錦川中流域の氾濫警戒情報が解除されました。テスト放送を終了します」

この緊急放送を避難所である「岩国市錦ふるさとセンター」で地域住民が試聴し、問題なく受信できることが確認できました。

当日は防災イベントも開催

実験当日は実験を行うだけでなく防災イベントも開催し、会場には地域住民や行政関係者など約80名が参加しました。会場を訪れた一般参加者へのアンケートによると、「心強い」「災害時の情報の大切さを再認識した」「初めてみちびきを知る良い機会になった」「情報収集の手段が増えそうなので大変良いと思う」といった好評価が寄せられたそうです。また、今回の緊急放送では、男性アナウンサーと女性アナウンサーの2種類の音声を放送したところ、参加者の感想はいずれも「聞き取りやすい」という結果となりました。

同社は今後、今回の被災対応FMラジオ放送システムを総務省及び中国総合通信局と共に技術基準に採用されることを目指しており、採用後はコミュニティFMを含めた全国のラジオ放送局への導入も目指しています。FMラジオ放送は世界共通の方式であるため、みちびきを受信可能なアジア・オセアニア地域においても同様のFM放送システムの利用が可能であり、今回開発したシステムを海外向けに提供することも検討しているそうです。

惠良氏

実用化に当たっては、技術検証だけでなく、同時期に多くの災危情報が配信された場合や、短時間に頻繁に情報が更新された場合の対応などについて、能登半島地震での配信信号なども参考にしながら、どの情報を優先的に放送するか順位を設定してアルゴリズムを構築する必要もあります。

FMラジオ放送は送信エリアがAMラジオに比べて狭いことから、エリアごとの災危情報放送が可能となるため、放送すべき情報の優先度を細かく設定し、送信所ごとの災危情報放送を行うことで、地域に応じた詳細情報の提供が可能となり、災害への安全性が固まると考えられます。また、今回開発したシステムは被災時に自動的にみちびきの災危通報に切り替わる仕組みでしたが、スタジオから中継局を遠隔制御してみちびきの災危通報に切り替えられるようにすることも検討しています。
「みちびきの災危通報はJアラート(ミサイル発射情報等)やLアラート(避難情報)の配信も新たに始まり、今後は提供する情報を地域ごとにどんどん細分化していただければ活用範囲も広がると思いますので、これらの情報をどのように活用していくかを引き続き考えていきたいと思います」(惠良氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:山口放送株式会社

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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