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CLASを活用したハタケホットケの水田雑草対策ロボット「ミズニゴール」

2025年06月16日

2024年度に内閣官房が開催したビジネスアイデアコンテスト「イチBizアワード」で最優秀賞を受賞したのが、みちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)に対応した水田雑草対策ロボット「ミズニゴール」です。開発した株式会社ハタケホットケは、2021年10月に創業したばかりのスタートアップ企業で、有機栽培に取り組む米作農家に向けてミズニゴールなどの製品を提供しています。同社を起業し代表取締役を務める日吉有為氏に、製品の特徴や開発した理由、今後の展望などを聞きました。

日吉氏

ハタケホットケの日吉氏

ミズニゴールは、水田圃場の中を走行し、水を濁らせて光合成を阻害することで雑草の成長を抑制できるロボットです。走行時には水を濁らせるだけでなく、本体に取り付けたブラシで田面を引っかくことにより、生えたての雑草を物理的に除草することもできます。(上のYouTube映像は、ハタケホットケによるPR動画)

ミズニゴールには手動で操作するラジコン型と、みちびきのCLAS対応で自動走行するGNSS自動走行型の2種類があります。ラジコン型、自動走行型ともに10アール(1000平方メートル)の水田を約15分で除草できますが、自動走行型の場合、人が関与するのは機械を置く時と回収する時の約5分程度で済み、約3ヘクタールの水田を1日で除草することが可能です。これを3~5日おきに繰り返すことにより1台で9~15ヘクタールをカバーでき、稲が大きくなるまでの初期除草にかける農家の労力を大幅に削減できます。

ラジコン型(2022年モデル)

自動走行型(2025年モデル)

本体は軽量に設計されており、基本的に車輪が稲を踏んでも問題はありません、大型の車輪で走行するので、水位に関係なく使用できます。土の深さや泥の粘土質にも拠りますが、標準タイプのバッテリー1本で約60~90分間作業でき、本体は防水仕様なので雨の日でも使用できます。

未走行区画(左)と走行区間(右)の比較。右側には雑草が生えていない

日吉氏が製品のアイデアを思い付いたのは、5年前に都内から現在の長野県に移住して、水田の農作業を初めて体験したことがきっかけでした。化学肥料や農薬を使わない有機農業の米作りにおいては、人力により木製の棒をチェーンで引っ張って水田の水を濁らせ、光合成を阻害することで雑草の繁殖を防ぎます。ただ、この方法では10アール当たり約90分の作業時間がかかり、農家への負担が大きい点が課題でした。

負担の大きい除草作業

遠隔操縦のラジコン型

試作機を製作したホフマン氏

課題の解決に向けて日吉氏が思い付いたのが、遠隔操縦で圃場の中を動いて水を濁らせるラジコンのロボットです。知人でエンジニアのケンジ・ホフマン氏(現在はハタケホットケ取締役)に相談し、その3日後、ホフマン氏の手によりラジコン操作で水を濁らせるロボットの試作機が完成しました。
最初の試作機はベビーカーの車輪を流用した四輪のロボットで、さっそく圃場を実際に走行させましたが、直進できたもののタイヤが半分ほど泥に埋まって、舵を切って曲がることができませんでした。対策として四輪から三輪に変更した上でタイヤを大型化し、左右の回転差で方向を転換する構造に改良したところ、水がしっかりと濁り、除草が行えることも確認できました。これが2022年4月のことで、ミズニゴールと命名してプレスリリースを発表し、レンタル予約を募ることで製品化に至りました。

圃場を走行して水を濁らせる

「クラウドファンディングも行い、リターン(返礼品)として米などを出品しました。その中の一つとして参加費10万円(長野県内限定)でミズニゴールの使用体験を募集したところ、何と5人が応募してくれました」(日吉氏)
それだけ困っている人がいるのだと改めて認識し、日吉氏は引き続きミズニゴールの改良に着手しました。

走行中のミズニゴール(2024年モデル)

ラジコンに続く機能改良として日吉氏が目指したのは、自動走行化でした。その実現に欠かせないのが、高精度な位置情報の取得です。一般的なGPSの単独測位では誤差が大きく、本体が圃場から飛び出してしまう恐れがありました。専門家を探していく中で知り合ったのがエンジニアの中山徹也氏であり、同氏の協力により開発したGNSS自動走行型はRTK(リアルタイムキネマティック:固定点の補正データを移動局に送信してリアルタイムで高精度に位置を測定する)測位ではなく、みちびきのCLASによる高精度測位を採用しました。
CLASを採用した理由について日吉氏は、「RTKでは基準局を設置するコストがかかるため、低コストで運用できるCLASにしました」と説明します。GNSS受信機にはCLAS対応のu-blox製受信機「NEO-D9C」を搭載したオリジナルの基板を採用し、2024年から試験的にレンタル提供を開始しました。

自動走行型を開発中のスタッフ

GNSS自動走行型の使用に当たっては、事前にハタケホットケから製品の利用者である農家に位置座標計測器が送付されます。受け取った利用者は、自動走行を行う圃場の角に三脚を設置した上で、その位置座標を計測します。計測器は最大20角形までの位置座標を計測できるため、さまざまな形の圃場に対応できます。

座標計測器。計測結果はQRコードで表示される(右枠内の画面)

この位置座標計測器には、ミズニゴール本体と同じCLAS対応の受信機が搭載されています。みちびきの高精度測位によって計測された結果はポリゴンデータ(線で構成された多角形の面データ)に変換され、QRコードが表示されるので、これをスマートフォンのカメラで撮影してハタケホットケに送信します。
ハタケホットケは、受け取ったポリゴンデータをもとに走行データを作成し、本体に走行データを読み込ませた状態にして、顧客にミズニゴールを納品します。現場では、あらかじめ登録した圃場の番号をセットして走行させるだけで、CLASの高精度測位によって圃場からはみ出さないように除草を行うことができます。

自動走行のルート例(現在は左のルートを採用)

自動走行のルートは、圃場の端から端へ往復走行させながら横にずらしていくルートなども試しましたが、最終的には、最初に圃場の外形に沿って一周させて、そこから少しずつ内周に向かって渦巻きのように周回しながら進むルートを採用しました。これなら最初の一周だけ人が付いて圃場の外へ飛び出さないよう監視するだけで、後は放っておいても圃場からはみ出す危険性が少なく、端から端への往復走行に比べて方向転換の角度も少なくて済むため、スムーズに作業を進めることができます。

ミズニゴール(2025年モデル)

ハタケホットケは今年に入って、ミズニゴールGNSS自動運転型の2025年モデルを発表しました。ここでのもっとも重要な改良は、自動運転制御システムの精度向上です。
従来モデルではCLASの測位が正確に行われているにも関わらず、水田の土の状態に対応して速度を制御するシステムや、方向を計測する磁気コンパスの精度が低かったため、測位した位置と実際の位置がずれてしまうことがありました。そこで制御システムや磁気コンパスを改良し、位置の精度を大きく向上させたのです。他には成型方法や部材を変更して耐久性・耐水性を向上させると共に、軽量化を実現しました。また、稲に優しい形状と素材の車輪を採用することで、稲への負担も軽減させました。

ミズニゴールはこれまで、小規模農家向けのレンタルや、自治体の地域サポーター制度を活用した農家間のシェアレンタルによる提供でしたが、2025年から試験販売も開始しました。販売モデルの購入者には、同社の預かり保守メンテナンスへ加入してもらい、今後の機能改良への対応もフォローする方針です。今年夏までに最大100台(2024年モデルの改良型も含む)の提供を予定しており、2026年には改良を加えた最新モデルの量産化も計画中です。
ミズニゴールの今後の改良点としては、車輪に装着するブラシの除草効果を高める機構や、ある程度成長した雑草も取り除けるアタッチメント、水田にとって有害なジャンボタニシの駆除機能などに取り組んでいるほか、同社が開発中の他の製品にもCLASの採用を検討しているとのことです。
「ミズニゴールは有機栽培のためのロボットですが、これを使うことで化学肥料や化学農薬を使用するのと同等以下の手間とコストになれば、有機栽培に乗り換える生産者が増えて市場が一気に拡がります。それを目指して頑張りたいと思います」(日吉氏)

ハタケホットケの創業スタッフ(左から平田彰取締役、日吉氏、ホフマン氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像提供:株式会社ハタケホットケ

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