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[実証2024-4] 北海道ガス:CLASとLiDAR・SLAMのハイブリット運用による都市ガス供給エリアでのGNSS活用標準化

2025年09月29日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。今回は、2024年度に北海道ガス株式会社が実施した「CLASとLiDAR・SLAMのハイブリット運用による都市ガス供給エリアでのGNSS活用標準化に向けた実証」の取り組みを紹介します。プロジェクトを担当した同社 技術開発研究所 技術開発グループ 技術企画チームの板野愉朋課長(統括リーダー)と船水孝洋氏に話を聞きました。

取材写真-1

左から板野氏、船水氏

ガス導管を使って各家庭にガスを供給する都市ガス事業は、人口が密集する都市部における重要なインフラとなっていますが、その作業には今も紙の帳票類や、目視確認による記録・集計の人的作業が多く残っています。こうした労働集約型業務の改善が必要であることに加え、担い手となる作業員の減少やデジタル技術の進展、顧客のライフスタイルの変化といった外部環境の変化に対応するため、業界内でデジタル技術を使って保安業務を効率化する「スマート保安」に取り組む動きが広がっています。

札幌を拠点として小樽や千歳、函館、北見などの道内各地区に都市ガスを供給する北海道ガスは、スマート保安への取り組みの一環として2021年度にGNSSを活用して埋設ガス導管の漏洩検査の結果を自動記録する「ガス導管漏洩検査管理システム」を開発しました。その後、モニター導入と改良を経て2023年度に本格運用を開始しています。
埋設ガス導管検査の移動軌跡をネットワーク型RTK(リアルタイムキネマティック)測位により誤差数cmの範囲で自動的に記録でき、作業報告書作成までの一連の業務をデジタルデータ上で運用することで業務時間を削減できるシステムであり、北海道ガスでは自社に加えて他のガス事業者にもシステムを導入できるよう働きかけを進めています。

図版-1

ガス導管検査管理システムの仕組み

同社は、埋設導管の位置情報データを取得して3Dモデル化したものをAR(拡張現実)でカメラ画像に重ね合わせて表示したり、導管新設工事の際に取得する位置情報を竣工図書の作成やマッピングシステムへの情報登録に活用したりするという将来ビジョンを描いており、都市ガス事業においてGNSSを今後さらに本格的に導入していく考えです。
一方で、GNSSの本格的な利用には、1)機材の導入・運用コストの低減と、2)市街地でのマルチパス(GNSS電波の乱反射)対策が課題であり、これを解決するためにCLAS(センチメータ級測位補強サービス)による高精度測位と、LiDAR(レーダースキャナー)計測及び点群解析技術による高精度自己位置推定の導入が有効であるとの方針により、今回の実証を実施しました。
「CLASを導入することでランニングコストを削減でき、併せて災害時に携帯電話回線が使用できなくなっても高精度測位を利用できます。近年はCLASに対応した受信機の価格が下がってきており、導入を検討することにしました」(船水氏)

今回の実証では、CLASの導入に向けた実用性を検証したほか、市街中心部の広い範囲におけるマルチパスエリアの特定、LiDAR計測と点群解析技術を組み合わせたマルチパス環境下での高精度自己位置推定について実証・評価しました。
まずCLAS導入に向けた実用性検証では、札幌市内及び近郊にてCLASの測位精度を測定しました。計測方法は、CLAS対応受信機とネットワーク型RTK対応受信機が同じアンテナで受信した信号で比較できるように、CLAS対応のアンテナ1台が接続された分配器に対して、これら2台の受信機を並列で接続する構成で計測しました。受信機は、CLAS対応は三菱電機株式会社の「AQLOC」、ネットワーク型RTK対応は株式会社コアの「QZNEO」を使用しました。

受信機-1

AQLOC

受信機-2

QZNEO

計測者はアンテナと受信機を搭載したバックパックを背負い、双方の受信機がFIXした状態から対象エリア内を徒歩で移動し、移動軌跡を記録しました。札幌市内は札幌駅周辺(中心部)、地下鉄北24条駅周辺、JR新札幌駅周辺(繁華街エリア)、厚別東地区、JR森林公園駅周辺、平岸地区(郊外エリア)の6ヵ所、近郊エリアはJR北広島駅周辺の合計7カ所で実証しました。

実証時のスナップ画像-1

計測中の様子

郊外エリアのJR森林公園駅周辺では、CLASは97%と高い割合のFIX解が得られ、ネットワーク型RTKと比較した測位結果の相対距離もエリア全体を通して10cm未満の数値で推移しました。一方で、JR北広島駅周辺ではCLASのFIX解は75%、平岸地区では52%と割合が低下し、繁華街エリアである地下鉄北24条駅周辺では19%、JR新札幌駅周辺では33%、さらに市内中心部の札幌駅周辺では2%と大きく悪化しました。

図版-2

CLAS測位結果(森林公園駅周辺)

図版-3

CLAS測位結果(北広島駅周辺)

次に、実証を行った7カ所におけるCLASとネットワーク型RTKそれぞれの測位結果をガス導管漏洩検査管理システムに適用し、検査結果の比較を行いました。検査結果の判定方法については、取得した作業者の歩行軌跡と埋設ガス導管の位置情報を照合し、歩行軌跡に対して半径2.5m以内の埋設ガス導管を検査完了と判定します。この結果、ネットワーク型RTKによる現行システムでの検査完了数を基準とした場合のCLASによる検査完了数の割合はすべてのエリアで97%以上となり、CLASとネットワーク型RTKでほぼ同様の結果が得られることが確認できました。

図版-4

CLAS測位結果をガス導管漏洩検査管理システムに適用

さらに徒歩移動による測位検証のほかに、静止状態におけるCLASの測位検証も行いました。札幌市内の既知点10点において一定時間の計測を実施した結果、4カ所でFLOAT解のデータ数がFIX解のデータ数を上回ったものの、FIX解については既知点座標に対してX軸・Y軸それぞれ5cm未満の精度で安定した測位結果を得ることができました。

続いて札幌市街の中心部において、マルチパスの影響により測位精度が低下するエリアを特定しました。対象エリアを50m×50mのメッシュに分割して、ガス導管漏洩検査時に取得して記録していたネットワーク型RTKの過去3年分の測位結果に対して、メッシュ内の測位結果の記録全体に対するFLOAT解及びその他の測位の割合をメッシュごとに算出したヒートマップを作成しました。
それによると、高層ビルが建ち並ぶ札幌駅から大通、すすきのにかけてのエリアにおいてFLOAT解の割合が多く、広範囲に測位精度が低下していることが確認できました。円山エリアや山鼻エリアにおいて一部中層~高層マンションが多く存在するエリアでも測位精度の低下が見られました。この結果について船水氏は、次のように説明します。
「札幌駅周辺や集合住宅が多いエリアで精度が悪くなるのは予想どおりでしたが、地下鉄駅の周辺や樹木が多い場所など、郊外においても測位精度が低下するエリアが多く点在することは想定外でした」

図版-5

マルチパスが発生するエリアをヒートマップ化

続いて、LiDAR計測と点群解析技術を組み合わせてマルチパス環境下における高精度自己位置推定の検証を行うために、まずベースマップの作成手法としてMMS(モービルマッピングシステム)及びLeica製の3Dレーザースキャナー「RTC360」、LiDARを搭載するiPad、国土交通省が推進する3D都市モデル整備プロジェクト「PLATEAU」で提供されている3D都市モデルデータを用いた仮想LiDAR計測の4つの方法で取得した点群モデルを検証しました。
このうちiPadによる計測では得られる点群の密度が小さく、計測距離が長くなると累積誤差と歪みが大きくなる傾向が確認されました。また、PLATEAUのデータをモデルにした点群データでは、札幌市の3Dモデルの詳細レベル(Level of Detail:LOD)はLOD2で特徴点の少ない箱型形状の建物が連続する点群データとなってしまうため、今回はMMS及びRTC360による計測で得られた点群データのみを使用することにしました。

実証時のスナップ画像-2

MMSによる計測(左)、RTC360による計測(右)

MMS及びRTC360での計測により作成したベースマップの点群モデルをもとに、株式会社マップフォーのバックパック型3次元マッピングシステム「SEAMS」の現地計測データを使ってマッチングによる自己位置推定を行いました。一般に提供されているSEAMSはネットワーク型RTK測位を採用していますが、今回は本実証の共同実施者であるアイサンテクノロジー株式会社の協力のもと、マップフォーに依頼してCLAS対応を図りました。現地で計測する際には、まずCLASで現在地を測位した上で、その位置を基準として点群データとのマッチングにより自己位置推定を行いました。

図版-6

ベースマップの点群モデル

実証時のスナップ画像-3

SEAMS計測の様子

実証時のスナップ画像-4

図版-7

自己位置推定による移動軌跡(黄色線)

札幌市内において移動しながらSEAMSによる計測を実施し、複数の精度評価用マンホール上で20~30秒間静止して自己位置推定を行ったところ、各マンホールで多少の精度のばらつきはあるものの、全体として20~60cm程度での誤差で座標の取得が可能であることが確認できました。
「自己位置推定そのものの誤差は10cm程度とかなり高精度ですが、MMSとRTC360で作成したベースマップの点群データに誤差が発生したために20~60cm程度の誤差となりました。対策としては、ベースマップを作成する際に基準点を設けて位置を補正する処理を行うことで、さらに高精度の自己位置推定が可能になる見込みです」(船水氏)

図版-8

移動軌跡と評価用マンホール位置

LiDAR計測と点群解析技術を組み合わせた高精度自己位置推定には、3D LiDAR計測器の導入コストや、点群データの処理負荷(計算に時間がかかる)、計測器のサイズ(大きくて重い)などの課題があります。実際に導入するには検査員の作業負荷を下げる必要があり、LiDAR機器のグレードを下げた廉価な製品を使った場合にどれぐらいの精度が出せるかなどを今後検証していく方針です。
また、ガス導管漏洩検査管理システムのCLAS対応には、ネットワーク型RTKに比べて初期位置を測位するまでの時間が若干長いという課題があり、今後は運用面も含めて導入に向けた検討を進めていくことになります。

取材写真-2

板野氏

「CLASはランニングコストがかからず災害時に威力を発揮するという特徴があり、地下埋設インフラの保安や災害対応など、CLASのメリットを活かした使い方を考えたいです。業界として高齢化と人材不足が進んでおり、自動化・省力化を進める必要があります。こうした実証事業を通じて私どもの取り組みを世の中に知っていただき、地下に埋設したインフラがより安全に使用できる社会を実現したいと思います」(板野氏)

取材写真-3

船水氏

「今回はガス漏洩検査を検証しましたが、最終的には埋設物に絶対座標を付けて管理することを目指しています。CLASを活用してガスだけでなく他の埋設管も一緒に可視化できれば、工事の安全性向上や効率化につながると思います」(船水氏)

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※記事中の画像・図版提供:北海道ガス株式会社
※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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