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[実証2021-2] シーエーシー:みちびき×ブロックチェーンを用いた配達員保険システム

2022年07月19日

内閣府及び準天頂衛星システムサービス株式会社は毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。今回は、2021年度に事業化推進枠の実証事業として株式会社シーエーシーが行った「みちびき×ブロックチェーン(*)を用いた配達員保険システム」を紹介します。
(*)ブロックチェーン:ビットコイン等の暗号資産管理に用いられる基盤技術で、情報通信ネットワーク上の端末同士を直接接続し、暗号技術により取引記録を分散的に処理・記録して改ざん耐性を高めたデータベースの一種

同社は1966年に独立系ソフトウェア専門会社として発足し、現在は金融業や製造業向けのソリューションサービスやクラウドサービス、運用サービスなどを提供しています。今回実証事業を担当した部門(ビジネス統括本部 デジタルソリューションビジネスユニット)は、ブロックチェーン技術やAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)などを活用した社会課題の解決に取り組んでいます。同部門のデジタルITプロダクト部 ブロックチェーン推進グループの薮下智弘氏(グループ長)、劉昊(リュウ コウ)氏(プロジェクトマネージャー)と、エンジニアリングテクノロジー部の韓昱琦(カン イクキ)氏(開発メンバー)に話を聞きました。

薮下氏、劉氏、韓氏

左から薮下氏、劉氏、韓氏

SLASでフードデリバリー配達員の位置把握

飲食店がスマホアプリなどで注文を受け、指定された住所に料理を届けるフードデリバリーサービスの配達員を最近、街中でよく見かけます。昔からある出前形式(店の従業員が配達する)に加えて、近年増えてきたのが注文の受付と配達、決済などを業者(フードデリバリー会社)が代行するサービスです。サービスの市場拡大に伴い、特に自転車での配達において、配達員が歩道走行禁止の区間を走ったり、スピードを出し過ぎたりすることで起こる事故も目立ってきました。

同社は、みちびきのSLAS(サブメータ級測位補強サービス)を活用して、予め設定した推奨ルート逸脱や逆走等のルール違反を判定してスコア計算するスマホアプリを実装し、配達員の走行状況をモニタリングすることで、こうした事故を減らすと共に、配達員の走行状況をブロックチェーン上で共有して保険料を自動的に計算する保険システムを開発しようと考えました。同社は、昨年度のみちびき実証事業公募にシステムを提案し、採択後に東京都江戸川区の市街地で実証実験を行いました。
「ちょうどコロナ禍で、フードデリバリーサービスの配達員が街中に増えてきた頃でした。自転車の場合、車より正確にトラッキングしなければならず、GPSより高精度に測位可能なみちびきのSLASを採用しました」(薮下氏)

実験中の様子

実験中の様子

実験機材に株式会社コアのSLAS対応受信機「QZNEO」を選び、自転車に受信機とスマートフォン、モバイルバッテリーなどを装着して走行しました。QZNEOにSLAS対応アンテナをケーブルで接続し、それをハンドルバーの上に設置しました。受信機とスマートフォン、モバイルバッテリーは、フレーム上部(トップチューブ)に装着したケースに収納しました。劉氏によると、最初アンテナをハンドルバーに直接取り付けたところ、測位誤差が大きく出てしまい、間に金属の板を敷いたら精度が安定したそうです。

QZNEOとアンテナ、スマートフォンなどを自転車に搭載

QZNEOとアンテナ、スマートフォンなどを自転車に搭載

QZNEOで測位した位置情報は、Bluetooth経由でスマートフォンに送信され、専用アプリからモバイル回線を通じてインターネット経由でクラウドへ送られます。クラウド上で、収集された配達時の位置情報をもとにルート逸脱やスピード超過などの違反行為があったかどうかを評価し、スコアが計算されます。

基準座標をもとに配達時の走行状況を判定

SLASの位置精度を検証する前に、まずは実証実験で走行する予定ルートの道路基準座標を測定しました。自転車の危険運転を検証する基準点として、道路の縁石に沿ってRTK測位(固定点の補正データを移動局に送信してリアルタイムで高精度に位置を測定する方法)で2~3mおきに位置情報を取得したり、自転車専用レーンの場合は横幅を計測したりしました。

道路基準座標を取得

道路基準座標を取得

それをもとに道路基準座標(自転車走行が可能な領域の中心点の座標)、走行可能領域(自転車専用レーンなどの自転車が走行可能な領域)、拡大走行可能領域(測位中の誤差などを考慮して走行可能領域を拡大した領域)を設定し、ルート逸脱や逆走(反対車線走行)の有無を判定しました。走行可能領域は道路の幅員により変化し、自転車専用レーンがある道路では走行可能領域は専用レーンの幅員となり、専用レーンがない場合の走行可能領域は自転車走行に必要となる1~2mになります。

道路基準座標・走行可能領域の説明図

ルート逸脱判定のための距離計測方法。走行中の位置から一番近い2つの道路基準座標を特定して距離dを計算し、拡大走行可能領域「derail_area」と比較して推奨ルート以外で走行しているかを判定する

スコアは、走行中に取得した位置情報や速度の情報に基づき、推奨ルート以外を走った場合や、スピード超過を起こした場合は減点します。今回の実証実験では、2車線の道路で拡大走行可能領域以外を走行すると10点、逆走などは20点の減点とし、センターラインのない道路で速度30km/h以上の状態が10秒以上連続した場合は5点、歩道で速度10km/h以上の状態が10秒以上連続した場合は10点の減点、というルールにしました。

速度超過で5点減点となり、95点となった場合

速度超過で5点減点となり、95点となった場合

推奨ルート以外を走行し20点減点となり、80点となった場合

推奨ルート以外を走行し20点減点となり、80点となった場合

路上駐車の車を避けるために一時的に自転車専用レーンからはみ出して走行した場合は、回避後すぐに自転車専用レーンに戻れば、逸脱したと判定されないようなアルゴリズムになっています。
「測位誤差や障害物回避なども想定し、一定時間連続してルートから外れないと逸脱と判定されません。許容量を設けてアルゴリズムを構築しています」(劉氏)

歩道上で連続50秒以上スピード超過し50点減点された場合

歩道上で連続50秒以上スピード超過し50点減点された場合

情報共有可能な保険料算出システム

今回の実証では、集計した配達員のスコアから保険料を算出するシステムを構築しました。保険料の計算は、グループ内全員の配達スコアから偏差値を出し、基準値から離れている割合に応じて保険料を変動させます。配達員が保険情報を確認できるように専用のウェブアプリを開発し、保険の加入状況やグループ加入状況、配達スコアの一覧なども確認できるようにしました。ルールを守って走行すると、配達員は「保険料が安くなる」インセンティブを得ることができ、ルール遵守への意欲向上につながります。

システム概要

システム概要

また、フードデリバリー会社間で配達員の配達情報などを共有できるよう、ブロックチェーン技術を用いた情報共有システムも開発しました。ブロックチェーン基盤には企業間取引の利用に特化した「Corda」を採用し、フードデリバリー会社が配達記録をCorda上に保存すると、保険会社に共有されます。共有された配達記録からCorda上で自動的に保険料が計算され、フードデリバリー会社と保険会社の双方で共有される仕組みです(配達記録の共有範囲は、フードデリバリー会社がコントロール可能)。

「複数のフードデリバリー会社が配達員の情報を共有しなければ、保険システムとして成立しません。既存の仕組みではライバル会社同士で信頼性のあるデータを共有するのが難しく、ブロックチェーン技術を採用しました。実証では、配達員のスコアをブロックチェーン基盤上できちんと共有できることが確認できました」(薮下氏)

保険料に関する画面サンプル

保険料計算結果(左)と各配達員の保険料の確認画面(右)

精度向上や受信機コストが課題

薮下氏は、今後の課題を「カーブが頻繁に続く道や道路幅員が変化するような複雑なルートにおいても安定して正確な判定が行えること」として、ルート逸脱の判定アルゴリズムを改善したいと話します。また、SLAS対応受信機のコストも課題の一つに挙げています。
「受信機のコストに見合うメリットが“保険料が安くなる”だけでは少々弱いので、たとえば配達時に得られるリアルタイムの移動データ・地図データを販売するなど、他の利用方法も含めて検討しています」(薮下氏)

事業化する際のもう一つの課題が、ルートの道路基準座標の取得です。判定を行う道路の縁石や自転車専用レーンの位置を予め計測するのは手間と時間がかかります。将来的には自動運転用の高精度3次元地図などを利用する方法も検討しています。
劉氏は、SLASによる測位を「非常に安定しており、GPSのように突然大きな誤差が出ることもなく良好」と高く評価しています。一方で、遮蔽物が多いところなど特定の場所で誤差が大きくなる点に課題も感じており、今後、受信機コストが下がったらCLAS(センチメータ級測位補強サービス)による測位も検討しているそうです。
薮下氏も、配達員向けシステムは住宅街で使われることが想定されるため、高い建物や木など遮蔽物があるとどうしても誤差が大きくなるとした上で、「今後、みちびきの衛星数が増えて、こうした誤差が少しでも改善されてほしい」と将来の7機体制に期待を寄せています。

同社は今後、大手保険会社やフードデリバリーサービス事業者と協議しながら、システムの事業化を進めていく方針です。
(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※本文中の画像・図版提供:株式会社シーエーシー

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