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[実証2023-2] 北相木森水舎:社会実装に向けたみちびき利用による林業重労働作業「下刈り」の自動化

2024年06月10日

内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。
株式会社北相木森水舎は、2023年度みちびきを利用した実証事業として、林業における造林作業の中でも特に重労働とされる「下刈り」を効率化させるために、みちびきのCLAS(センチメータ級測位補強サービス)を活用した草刈機の自動化に取り組みました。この「社会実装に向けたみちびき利用による林業重労働作業『下刈り』の自動化」について、同社で代表取締役CEOを務める野本浩幸氏に詳しく話を聞きました。

野本氏

野本氏

北相木森水舎は長野県南佐久郡の北相木村を拠点として、林業の素材生産(伐採)や造林、森林土木工事などに携わっています。約3年前の2021年7月に同社を設立した野本氏は、大手製鉄会社に在籍して工場の操業エンジニアを務めた経歴を持ち、機械技術やITに詳しいことから、林業に関する技術コンサルティングも提供しています。
林業では、立木を伐採して丸太として販売する素材生産の部分が、チェーンソーや重機によって機械化が進み、生産性が向上してきた一方で、植栽や下刈りといった造林作業で機械化が進まず、課題の一つとなっています。中でも、苗木を植えてから4~5年間は、成長を阻害する周囲の雑草木を刈り払う「下刈り」作業が欠かせず、人力による過酷な重労働である上に、夏季に行われることもあって熱中症・スズメバチによる被害や刈払機による事故などが頻発し、林業に携わる若年層の離職原因にもなっています。

解説図版

機械化された素材生産作業

解説図版

人力による造林作業

そのため、今まで刈払機を使って人力で行っていた下刈り作業の自動化は急務であり、野本氏は、みちびきのCLASを活用してこの作業の自動化を図り、省人化と安全性の向上を図れないかと考えました。
「下刈りは人海戦術で行っており、真夏の炎天下で一日中、草刈り機を持って振り続けるという壮絶な作業であり、今のままでは誰もやりたがりません。ぜひ機械化して自動化しなくてはと思い、実証事業に応募しました」(野本氏)

下刈り作業

過酷な下刈りの作業を自動化

下刈りを行う斜面は、傾斜が急で整地されていない場所が多く、草丈が高く堅い藪に対応できる頑丈な草刈機が必要です。さらに、苗木を避けながら雑草木だけを刈り取らなければならず、苗木を植える標準的な間隔である2m前後(約1.8~2.3m)の間を走行可能な小型機でなければなりません。
そこで今回の実証は、公称60度の急斜面を登坂する能力があり、機械幅1.14~1.54mの小型サイズで、かつクローラー駆動という草刈機、イタリアのMDB社製「LV300 PRO」を選びました。リモコンで操作でき、草を巻き込んで細かく粉砕しながら刈り取るハンマーナイフ式であり、スピンターンによる小回りもできるなど、下刈りに使うための条件を満たしていました。

LV300 PRO

実証に採用したLV300 PRO

傾斜30度

30度の傾斜を走破できる

次に草刈機に搭載するCLAS対応受信機の性能を、下刈りの現場で検証しました。草刈機には予め苗木の位置を登録して、それを避けながら雑草を刈り取る必要がありますが、山林におけるみちびきCLASの性能は未知数でした。そのため、事前に3種類の異なるメーカーのCLAS対応受信機を用意して、性能検証としてFIX率と測位精度の高さを比較して、実証で使用する受信機を選定しました。

受信機検証の様子

現場で受信機の性能を比較検証した

続いて草刈機の動作特性を検証しました。LV300 PROを手動で走行させて、傾斜に沿った縦走行と、等高線に沿った横走行を比較したところ、横走行は傾斜20度程度で横滑りが発生し、地面の条件によって滑りの量も大きく異なるため、横走行の自動化は難しいことが分かりました。一方、縦走行では25~30度程度の斜面まで登坂可能で、安定した走行が可能なため、斜面において草刈機を自動走行させる場合は、縦走行で往復する形が適しているという結論に至りました。

自動化可能な植栽地の条件(傾斜や植栽間隔、地面の状況等)を勘案の上、自動化に適した走行方向を検証し、縦方向に走行させることに決定

草刈機の検証-1
草刈機の検証-2

草刈機の動作特性を検証する様子

以上の事前検証を踏まえて、自動化システムの開発に取り組みました。草刈機には、CLAS対応受信機とアンテナをそれぞれ2台搭載しました。アンテナは草刈機の前後に設置し、2点の位置情報をもとに車両の方位角を検出することができます。また、2つのCLAS対応受信機にはエッジコンピュータが接続され、これにより草刈機の動作が制御されます。エッジコンピュータには、Bluetoothにより自動運転の設定を行うための携帯端末と、手動運転用のプロポ(コントローラー)が無線接続されます。
携帯端末からウェイポイント(走行経路上の地点情報)を設定することにより、エッジコンピュータがCLASの高精度位置情報をもとに方向制御、及び速度のPID制御(比例制御、積分制御、微分制御の3つを組み合わせた制御方式)を行うことで、苗木を避けて雑草木だけを刈り取る自動運転が可能となります。

システム図解

CLAS対応受信機とアンテナを2つずつ搭載

今回の実証では、まず平地の舗装された駐車場においてウェイポイントを指定して走行を行い、正しく動作することを確認しました。さらに山間部での走行に備えてPID制御パラメーターの調整、及び操舵プログラムの改良を行っていたところ、プロポや携帯端末との通信を行うための受信機にトラブルが発生したため、実証期間内に山間地で実際に自動での草刈り作業を試すことはできませんでした。その結果、雑草木の少ない冬季の林業現場において、草刈りを伴わない移動体測位の実証のみ実施する形となりました。
この実証では、長野県が提供している航空レーザーデータ(数値標高モデル)を背景地図として使用し、苗木が植えられている最大25°程度の斜面においてウェイポイントを設定し、苗木間のほぼセンターを走行させました。FIX完了後に延べ600m、最高速度1.2m/秒で走行させたところ、走行時間967秒の間、FIXが継続したことが確認されました。測位精度も誤差が約4.0cmと、高い精度で走行できることが確認できました。

軌跡図版

移動体測位の軌跡

野本氏はこの結果について、「苗木の植栽間隔が現行制度の最大間隔となる2.23mの場合であれば、測位方式としてCLASを採用することに問題はないことが確認できました」と好評価です。また、林業の現場は斜面や木により電波が遮蔽され、マルチパスが起きやすい環境のためミスFIXが起きやすくなりますが、2台のCLAS対応受信機を使うことで、1台がミスFIXした場合に、2つのアンテナ間の距離を演算することでミスFIXを検知可能であるという知見も得られました。

植栽間隔の検討図

植栽間隔2.23mに対して考え得るマージン及び誤差

今回は実証期間内に実際に自動で草刈りを行うまで至りませんでしたが、野本氏は今後も開発を継続し、操舵プログラムを改良してPID制御パラメーターの調整を進めることで、2024年夏までに、草や葉によって測位環境が悪化する環境において改めて公開実証実験を行う予定です。また、今回の成果をもとに苗木と草刈機の位置と方角を携帯端末に表示し、オペレーターによる手動運転を支援するためのガイダンスシステムを開発し、2025年には製品化する予定です。
草刈機の自動化については、現状では走行中の横滑りへの対策が課題となっています。滑りが発生した場合に備えて衛星測位以外のセンサーや制御機器を搭載するのは使用条件が過酷なため難しく、滑りが発生しない10~15度程度の斜度であれば自動化が可能な見通しです。ただ、自動化が商用レベルで実現するまでにはまだ時間がかかると、野本氏は見ています。また、今回は林業の下刈りを想定した実証でしたが、今後は中山間地の農地における草刈りに今回のシステムを展開することも検討しています。

今回、みちびきのCLASを利用した点について野本氏は、「FIXしさえすれば、CLASの測位精度なら下刈りの用途に全く問題なく使用できます。そして、皆伐した場所であればかなりFIXするということも確認できました。CLASの良さは林業の事業者にあまり知られていませんが、無料で簡単に使えるという点がとても魅力的です」と語り、今後CLASの補強対象衛星が多くの衛星測位システムに広がることに期待を寄せています。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

参照サイト

※本文中の画像・図版提供:株式会社北相木森水舎

※内閣府は準天頂衛星システムサービス株式会社と連携して毎年、みちびきの利用が期待される新たなサービスや技術の実用化に向けた実証事業を国内外で実施する企業等を募集し、優秀な提案に実証事業の支援を行っています。詳細はこちらでご確認ください。

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