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西松建設に聞く、土木建設分野におけるCLASの有効性

2023年03月06日

準天頂衛星システムサービス株式会社は一昨年(2021年)11月28日~12月13日の約2週間、熊本県の立野ダム工事現場において、CLAS(センチメータ級測位補強サービス)を活用したケーブルクレーンによる材料運搬制御の測位精度を検証しました。この精度検証は、通信環境が不安定な場所で作業を行うダム工事現場において、CLASを活用することにより安定した高精度測位を実現するためのもので、立野ダムJV工事事務所及び西松建設株式会社が検証に協力しました。今回は、この精度検証に参加した西松建設の戸田泰彰氏(技術研究所 先端技術グループ 係長)、井上洸也氏(機材部 機電課)、田中勉氏(技術研究所 先端技術グループ 上席研究員)、梅木清文氏(立野ダムJV工事事務所 課長)の四氏に、利用者側から見たCLASを活用したクレーンの位置制御の実用性について話を聞きました。

戸田氏、井上氏、田中氏、梅木氏

左から戸田氏、井上氏、田中氏、梅木氏(提供:西松建設株式会社)

衛星測位でケーブルクレーンを自動運転制御

ケーブルクレーンとは、2地点に張られたワイヤロープに沿ってトロリを走行させる形式のクレーンで、ダム工事などの急峻な場所において資材運搬やコンクリート打設を行う際に用いられます。トロリの水平方向の移動や吊り荷の上昇・下降の動きは、ウインチでワイヤを巻き上げて制御します。
これまでは、オペレーターが手動でトロリの動きや荷の上げ下げを制御し、吊り荷の到着位置付近にいる人が目視で確認しながらオペレーターと連携して目標地点に荷を届けていました。これを衛星測位による自動運転制御に置き換えることで、目視確認して位置を調整する作業を省くことができます。

立野ダム

立野ダム(提供:西松建設株式会社)

ケーブルクレーンの自動運転制御には、ウインチの巻き取り量で吊り荷の位置を把握する方法もありますが、ここでは、より高精度に位置を把握するため、衛星測位によって位置情報を取得することにしました。
「ワイヤの巻き取り量で吊り荷の位置を推定する方法だと、ワイヤケーブルが吊り荷の重さでたわんでしまい、誤差が生じます。衛星測位なら緯度・経度・標高の絶対位置を取得できるので、複雑な補正をせずに、高精度な位置取得が可能です」(戸田氏)

検証では、ワイヤロープの片端が移動する軌索式ケーブルクレーンのトロリを使いました。この方法では、片側に主索塔、もう片側に軌索塔を2塔設置し、2つの軌索塔の間に軌索ケーブルを張り、そこを走行トロリが行き来します。走行トロリと主索塔の間には主索ケーブルが張られ、主索ケーブルに沿って吊り荷を運ぶためのフックブロックを吊るした横行トロリが行き来します。なお、今回は吊り荷としてコンクリートバケットを運びました。

軌索式ケーブルクレーンのイメージ図

軌索式ケーブルクレーンのイメージ図(提供:西松建設株式会社)

タブレット端末の画面

タブレットで目標地点を指定すると自動的に吊り荷が届く(提供:西松建設株式会社)

RTKと同程度の高精度測位が可能

検証では、フックブロックにCLAS対応アンテナと受信機を設置して、実際の現場作業(コンクリート運搬)の最中においてCLASでのFIX率と測位精度を確認しました。CLAS対応受信機は三菱電機株式会社のAQLOC-Vを使用し、RTK(リアルタイムキネマティック)測位をリファレンスとして同時に計測して、CLASの測位結果を評価しました。

工事現場の全景とアンテナ・受信機取付位置

工事現場の全景とアンテナ・受信機取付位置(提供:三菱電機株式会社)

検証の結果、ダム天端よりも上部だけでなく下部に吊り荷を下した状態でもFIX率や測位精度はほとんど劣化することがなかったと確認できました。RTKをリファレンスとした水平精度は約4cm、垂直精度は約9cmの結果が得られ、FIX率は98%前後となりました。

評価基準のイメージ

評価基準のイメージ(天端を境界とした)(提供:三菱電機株式会社)

水平精度、垂直精度、FIX率

天端(標高282m)を境とした水平精度、垂直精度、FIX率(提供:三菱電機株式会社)

戸田氏はこの結果について、「ダム工事の現場ではマルチパスにより高精度測位が難しいと予想していましたが、CLASでもRTKと遜色のない測位結果が得られました。これなら十分に使える精度です」と高く評価しています。

ダム工事はモバイルネットワークの通信圏外で行われることが多く、通信環境が不安定となりがちな谷間での作業も想定されるため、基準局が不要なCLASによるクレーン位置制御が、大きく期待されています。また、RTKとは異なり、補正情報を得るためのランニングコストがかからないことも魅力となっています。
さらに、軌索式ケーブルクレーンを高精度測位を活用して自動制御する今回のシステムを使えば、将来的には、コンクリートを打設する位置ごとに、配合種別、空気量、圧縮強度といった種々の品質管理データを位置情報に紐付けて細かく管理することも可能となります。たとえばコンクリートにひび割れなどのトラブルが発生した場合に、打設場所ごとのコンクリートの品質を調べることができ、原因究明の一助となります。

西松建設ではバケットだけでなくトロリにもGNSSアンテナと受信機を設置し、移動中の吊り荷が横方向に振れる角度やスピードを把握する研究も行っています。バケットが振れる動きをリアルタイムで取得することにより、振れの角度や角速度、振れ方向を制御パラメータとして使用し、横行トロリを加減速する制御(状態フィードバック制御)のシステムを開発しているのです。
「移動中の吊り荷の振れ幅は、ワイヤの巻き取り量をもとに位置を推定する従来のやり方では得られない情報です。この状態フィードバック制御システムにも、CLASを活用できると考えています」(戸田氏)

トロリにアンテナを搭載

トロリにアンテナを搭載して吊り荷の振れ幅を把握(提供:西松建設株式会社)

重機の位置情報把握にもCLASの活用を検討

今回の検証結果を受けて、西松建設では次回以降のダム工事において、現在のRTKからCLASへの切り替えを検討しています。また、ケーブルクレーンの他の重機にもCLASによる高精度測位を活用する可能性も考えています。
「ダム工事の現場では、ケーブルクレーンの他にクローラクレーン(キャタピラで走行できる自走式クレーン)やラフテレーンクレーン(タイヤ型の自走式クレーンで、運転席でクレーン操作も行える)も使用され、複数のクレーンが近接して配置されることがあります。各クレーンの先端部の位置をCLASにより把握することで、クレーンの接近を検出し、安全管理に役立てることも検討しています」(井上氏)

ラフテレーンクレーンの上部先端にアンテナを搭載する場合、伸縮ジブ(伸縮可能な腕の部分)に給電ケーブルを取り付ける必要があります。これはラフテレーンクレーンだけでなく、クローラクレーンなど他の伸縮ジブが付いている機種でも起こる問題であり、西松建設では将来的に給電などの課題を解消し、今よりも手軽にCLASによる高精度測位を行えるようになればと期待しています。

さらに、同社では建設・工事現場において重機のエンジン回転数を位置情報と共にリアルタイムでモニタリングし、低燃費運転を支援するシステムを開発しており、これにもみちびきの高精度測位を活用することを検討しています。
「エンジン回転数モニタリングシステムでは現在、重機の位置情報を単独測位で取得していますが、単独測位では標高の精度が低く、重機が坂を上っているのか下っているのかを細かく把握できないという課題があります。これをSLAS(サブメータ級測位補強サービス)やCLASに置き換えることで標高を細かく取得でき、システムをより高度化できるのではないかと考えています」(井上氏)

西松建設では、今回の精度検証を経て、工事現場におけるCLASによる衛星測位を拡充することを積極的に検討しています。今後7機体制構築でみちびきの衛星数が増え、安定して衛星測位ができる環境づくりが進めば、さらに活用の幅が広がることが期待できます。

(取材/文:片岡義明・フリーランスライター)

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※記事中の画像・図版提供:西松建設株式会社、三菱電機株式会社

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