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みちびきを活用した時刻同期がFMラジオの技術革新に貢献

2021年01月12日

測位衛星が出す信号には、衛星搭載の原子時計による非常に高精度な時刻情報が含まれており、これを利用すればマイクロ秒(100万分の1)オーダー以下の誤差での正確な時刻同期が容易に実現します。これにより「オールドメディア」と呼ばれていたアナログラジオ放送の世界にも技術革新が生み出されました。同一周波数で複数局から電波を出す「FM同期放送」において、放送波の送出タイミングを精密に調整し、切れ目なく広域をカバーする放送サービスが実現したのです。開発に当たった山口放送株式会社(KRY山口放送)と日本通信機株式会社の担当者に、開発の背景や仕組みの概要、現場で感じたみちびきのメリットなどを聞きました。

干渉を避け、隣接局では周波数を変える

本州最西端に位置する山口県は、中国山地の支脈が瀬戸内海と日本海の分水嶺を構成し、標高400~500m程度の丘陵性山地が広く散在しています。高いタワーのアンテナで広域をカバーできる平野部と違い、山間地をくまなくカバーするには峰々に多くの中継局(親局からの放送電波を中継・送信するアンテナ設備)を配置する必要があります。
たとえばNHK山口では、AMラジオ放送(第1・第2)のために8局8波(675~1377kHz)を要しています。AMよりも高い周波数(=直進性の高い電波)を使うために1局のカバーエリアが限られるFM放送では、16局15波(81.3~85.9MHz)で県域全体をカバーしています。

このように多くの周波数が使われているのは、隣接局との干渉を避けるためです。スキー場のゲレンデで「♪恋恋人人はササンタクタクローース」と聞こえるのと同じ理由で、異なるスピーカー(局)から時間差で到達する音楽(放送内容)が、音声品質を低下させてしまいます。防災上重要な役割を担うラジオ放送で、このようなことが起こらないよう、「隣接局では周波数を変え、干渉を避ける」という運用が全国で一般的に行われてきました。

エリア図

KRY山口放送のFM放送エリア図(2018年12月末現在)

しかしKRY山口放送は、そうした運用法とは異なる、一般的ではない手法を編み出しました。2015年7月から始まったワイドFM(FM補完放送)に向けた放送施設の整備を通じ、下関から岩国に至る瀬戸内側の8局で92.3MHz、長門や萩など日本海側の5局は86.4MHzと、わずか2波で県内全域をカバーする体制を整えたのです。
ワイドFMは、アナログテレビ放送で使われていた帯域の一部を充当して、従来のAMラジオ番組をFM放送用の周波数帯(90~94.9MHz)で放送するものです。都市型難聴、外国波混信、地理的地形的難聴などへの対策に加え、災害時のネットワークの強靭化に向けたFM補完中継局の整備も並行して行われました。

独自のアプローチで県内全域をカバー

惠良氏

惠良氏

KRY山口放送の惠良勝治氏(技術局長)はこう語ります。
「同一周波数での干渉が問題となるのは、隣接するA局B局から同じ強さの電波が届くエリアで、かつ遅延時間差が存在する場合です。各局の出力や地形の違いもあり、等電界エリアがかならずしもA・B両局と等距離ではないため遅延時間差が生じ、その時、電波の強さが同じレベルだと極端に聞きづらくなってしまいます」

FM同期放送の技術的要件

FM同期放送の技術的要件(2020年3月、総務省 情報通信審議会 情報通信技術分科会 放送システム委員会報告)

そこで等電界エリアにA・B局の電波が同時に到達するよう、A局とB局の送出タイミングを積極的に変えることにしました。1マイクロ秒で電波は約300m進むため、それを勘案して送出タイミングを調整したのです。
KRYのワイドFMでは、日本海側の局は外国局との干渉を避けるため86.4MHz、瀬戸内側の局は四国や九州の局との干渉を避けるため92.3MHzと2波を使っています。中継回線の遅延も考慮しつつ、それぞれの周波数について中央局からいちばん遠い局を基準とし、各局からの送出タイミングを設定していきました。
「“GNSSによる時刻同期”という、どこでも使用できる原子時計レベルの正確な時計があることで、このアイデアを現実のものとすることができました」(惠良氏)

大平山送信所

中継局の大平山送信所(赤丸内がGNSSアンテナ)

放送波を受信分析する測定器も開発

開発に関わった日本通信機株式会社の河野憲治氏(取締役技師長)に、放送設備業界におけるGNSS時刻同期技術の利用について聞きました。

河野氏

河野氏

「大量のデータを送る地上デジタルテレビ放送では、正確な周波数維持が求められるため、GNSS機器から得られる10MHzの標準周波数が不可欠の存在となっています。これはルビジウム原子時計などと並び、デジタル放送の大前提となるインフラです」(河野氏)

一方で時刻同期のための1PPS信号(=Pulse Per Second、毎秒発信される同期信号)は、これまであまり使われていませんでした。河野氏によれば、今回は周波数と遅延タイミングの精密な調整に加え、FMステレオ放送で使われる19KHzのパイロット信号の位相調整にもGNSSによる1PPS信号を使用し、0.1マイクロ秒オーダーでのタイミング調整を行っているそうです。

機器テストの様子

日本通信機で行われた機器テストの様子

「今回の共同開発を機に、実際のフィールドに持ち出して放送波を受信分析する測定器も開発しました。これで取得した正確なデータをもとに、中継局からの送出タイミングを精密に決めることができます」(河野氏)

両社の共同開発によるGNSS時刻同期機能を備えた測定器「FM SFN ANALYZER(MODEL:5775A)」は、わずかなD/U(Desired/Undesired:目的とする電波とそうでない電波の強度の比率)を確保して、放送を休止せずに遅延時間差等の必要データを取得可能な機器。これにより、放送業界で権威のある第46回放送文化基金賞(個人・グループ部門放送技術賞)を受賞しました。

放送文化基金賞の授賞式

放送文化基金賞の授賞式にて。恵良氏(左)と河野氏(右)

みちびきは真上から信号を届けてくれる

最後に今回の開発にあたって感じたみちびきのメリットについて話してもらいました。
「中継局のアンテナ設備は、当然ながらもっとも良い場所に放送アンテナが置かれます。GNSSアンテナはタワーの下方に置かれることが多く、全天が見渡せることはまずありません。そんな条件下でも真上から信号を届けてくれますし、タワーを背負う位置に設置しても天頂~南側の空が開けた場所なら、常にみちびきも見えており、たいへん心強い存在です」(河野氏)

準天頂軌道をとるみちびき3機(初号機、2号機、4号機)と静止軌道のみちびき3号機は、日本から見ると天頂付近から南の地平線付近までに配置されています。このため、天頂~南側の空が開けている場所にGNSSアンテナを置けば、みちびきの信号を良好に受信することができます。
また、GNSS時刻同期によるFM同期放送は、限られた周波数資源を有効に使う手法として注目を集めているほか、災害時に同一周波数で放送を行う臨時災害放送局の検討にも使われています。
「いちばんメリットを受けるのは聴取者の方です。移動中もチューニングを変えることなく放送を聞き続けられるようになるなど利便性は大きく向上しました。いざという時に大きな役割を担うラジオにとって、これは重要な技術です。全国の放送局やコミュニティFMなどでも役立てていただければと思います」(惠良氏)

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

参照サイト

※画像提供:山口放送株式会社/日本通信機株式会社(総務省出典の図版を除く)

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