コンテンツです

[報告] 琵琶湖のトライアスロン大会でSLASを活用した実証実験を実施

2022年08月19日

滋賀県南西部の琵琶湖岸に位置する守山市と野洲市で2022年7月2日に開催されたトライアスロン競技大会「Lake BIWA Triathlon in Moriyama」で、みちびきのSLAS(サブメータ級測位補強サービス)を活用した実証実験が行われました。
大会には全550名の選手が参加しましたが、通常の男女別年齢別の各クラスに加え、今回の実証のために「みちびきクラス」が設けられ、抽選で選ばれた希望者と招待選手の計75名がエントリーしました。みちびきクラスの選手には、トライアスロン用に新たに開発した全天候型のSLAS対応GNSSデバイスを装着してもらい、スイム、バイク、ランの全種目を通じてリアルタイムに全選手の位置情報を正確にトレースすることで、競技運営上の課題解決の検証を行いました。
実証実験を行ったのは、屋外大規模スポーツイベントの計時・運営支援などで多くの実績を持つ株式会社ネオシステムと、東京2020オリンピック競技大会・セーリング競技の運営支援でSLASを活用したトラッキング/可視化システムが使われた実績を有するN-Sports Tracking Lab合同会社です。大会主催者である実行委員会と開催地の滋賀県守山市、野洲市のほか、内閣府宇宙開発戦略推進事務局、準天頂衛星システムサービス株式会社、一般財団法人日本情報経済推進協会の協力のもと実施されました。

横井代表と清本社長

ブイにSLAS対応GNSSデバイスを装着する様子を説明するN-Sports Tracking Lab合同会社の横井愼也代表(左)、実証実験を実施した株式会社ネオシステムの清本直社長(右)

バーチャルトライアスロンの実現性を検証

今回の実証実験の目的は、選手ごとに異なるスタート時間で競技を行い、SLAS対応GNSSデバイスで取得したログを集約して、全ての選手が同時にスタートして競技を行ったように仮想的に再現する「バーチャルトライアスロン」の実現性を検証することでした。この日は一斉スタートでなく5名ずつ5秒おきのローリングスタートで行われ、レース状況は各選手のSLAS対応GNSSデバイスのデータを集約し、リアルタイム位置ビューア(HAWKCAST)を用いてWebサイト上でライブ中継することで、運営スタッフのコース誘導や選手関係者の応援に活用されました。レース終了後には、各選手のスタート時刻差を補正して一斉スタートを仮定した場合のトラッキング軌跡「バーチャルトライアスロン」がWeb公開されました。

HAWKCASTリアルタイムビューア

HAWKCASTリアルタイムビューア。各選手のゼッケン番号が示され、青い枠で競技エリアを示すジオフェンスが表示されている

バーチャルトライアスロンの表示画面

バーチャルトライアスロンの表示画面。3D地図上に描画され、地図を回転するなど任意の角度からレースを観戦できる

大会前の展示イベントでみちびきをアピール

開催前の6月30日と7月1日に実行委員会によるブース展示やイベントが行われました。みちびきブースも開設し、ネオシステムを中心に参加者、関係者に対して今回の取り組みの情報発信を行いました。N-Sports Tracking Labが提供するHAWKCASTシステムは、リアルタイムの位置情報をWebインターフェイスで提供するもので、遠隔地からでもレースを“観覧”できます。イベントでは、大会視聴用URLをQRコードで選手たちに提供し、家族や友人への共有を呼びかけました。
説明を受けた参加選手からは、「トライアスロンの練習や試合参加できるのは家族の協力があってこそ。遠方の家族にもリアルタイムで頑張りを見てもらえるのは嬉しい」といった声も聞かれました。

みちびきブース

実証実験の概要を説明し(左)、端末を付ける位置(=赤丸部分)を実演(右)

洋上ブイの設置作業にも測位システムを活用

スイムコース図解

岸から半径100mの円上に第1ブイ(ブイ3)を設置

開催前日の午後にスイムコースの設営作業が行われました。スイムでは4基のブイ(浮体)を2周回する1.9kmのコースが設定されます。設営作業で効率的にブイを移動・設置するため、各ブイにSLAS対応GNSSデバイスを装着し、スタート/ゴール地点や既設ブイとの直線距離をHAWKCASTの画面上で確認しつつ、陸上から無線で指示を送り、土嚢(どのう)を結び付けてブイを沈めて固定しました。

設営作業

水上作業を担当するライフセーバー(左)にHAWKCAST画面を見て無線で指示(右)

「これまではおおよその位置にブイを仮置きしてからジェットスキーでコースを周回し、GPSウォッチなどの簡易距離計測機能で概算して、コース長が目標の10%以内に収まるよう調整を繰り返していました。今回はWeb画面でブイ間距離の合計が950mに近づくよう指示し、一発でピタリと決まりました。作業の手間も時間も半分以下で済みました」(コース設定を指揮した中村義治氏)

中村氏画像

周回コース長(ブイ間距離の合計)が952mを示したところで設置作業終了(左)。「手間も時間も半分以下」と語る中村氏(右)

この日は最高気温36.9度Cを観測しており、作業の大幅効率化はスタッフの疲労軽減にも役立ちました。後の検証で、1つ目のブイを置いてからコースが決まるまで約20分でコース設定が完了したことも分かりました。

早朝5時半からGNSSデバイスを配布

選手への計時デバイス配布

みちびきクラス参加選手に配布

大会当日の7月2日、早朝5時半から選手への計時デバイス配布が始まりました。以前から計測システムとして使用されているRFID(無線タグ)に加えて、みちびきクラス参加選手にはSLAS対応GNSSデバイスが配布されました。測位信号の受信と位置情報の送信が確実に行えるよう、最初のスイムでは水没しないようにスイムキャップ内の後頭部に配置し、続くバイクとランでは、スーツの背ポケットなどに入れるよう依頼しました。

配布されたデバイス

配布されたSLAS対応GNSSデバイスの試作機。防水処理を施した上でパックに収め選手に渡す(左)。スイムではキャップ後頭部へ(中央)、バイク/ランでは背ポケットへ収納した(右)

端末装着の負担感についてゴール後の選手に聞いたところ、「トレーニング時からウォッチ型などの端末を付けているので、特にジャマにはならなかった」といった感想や、「より正確なトラッキングデータがもらえるなら嬉しい」といった声もありました。

計測時刻の比較検証

主催者発表コース順の通過時刻を自動的に記録。実証実験ではRFIDと0.1秒間隔で記録するSLAS対応GNSSデバイスによる計測時刻の比較検証もテーマだった(資料提供:N-Sports Tracking Lab)

午前7時にレース開始。まずはスイムから

スイムレース

スイムレースのスタート

スタートは午前7時。コロナ対策で密集を避けるため、一斉スタートではなく5名ずつ5秒おきのローリングスタートとなりました。スイムのスタートを見届けた後、関係者はホテルの観覧室で選手たちの軌跡を大画面モニターに表示して、レースを見守りました。

HAWKCASTシステム

HAWKCASTシステムに表示されたスイム競技中の選手のリアルタイム位置データ(毎秒更新)

観覧室から見た景色

ホテルの観覧室から見た景色。赤線がスイムコース

観覧室の様子

実証実験の概要を関係者に説明(左)。スマートフォンでライブ中継を見ながらレースを観覧する栢木進・野洲市長(右)

猛暑のためレース距離を短縮しつつ、無事終了

バイクのレース

バイク競技の様子

バイク競技中の選手のリアルタイム位置データ(毎秒更新)。選手は緑色、運営スタッフは黄色などで色分けして表示される

選手はスイムの後、田園地帯の一般道などをバイク/ランで走るコース設定でしたが、レース当日は猛暑日(この日の最高気温は37.3度C)となり、熱中症警戒アラート発令を受けてバイクを80kmから58km、ランを20kmから12kmに距離を短縮して実施され、大きな事故なく無事終了しました。

ラン競技の様子

ラン競技の様子(左)。ゴール後、選手に軌跡を説明(右)

HAWKCASTリアルタイムビューア

ラン競技中の選手のリアルタイム位置データ(毎秒更新)

選手の居場所を見つけて応援できる

当日ライブ中継した選手のトラッキング軌跡の画面について、現地で見守る選手の家族、関係者にとっては、応援する選手が今どこにいて、周回コースなどでいつ目の前を通過するのかが事前に分かるという利便性があり、遠方でライブ中継を見る家族や親類、友人などにとっても、選手のレース状況をリアルタイムで把握して応援できるという利点がありました。競技の運営側にとっても、選手管理がしやすい上、今回は審判やスタッフにも受信機をつけて軌跡をトレースしたため、スタッフの配置状況把握や、緊急時の派遣判断支援などの運営管理にも役立つというメリットがありました。

同時スタートを再現する「バーチャルレース」

比較画像

ローリングスタート(左)とバーチャルレースの同時スタート(右)

各選手のスタート時刻差を補正して一斉スタートを仮定する「バーチャルトライアスロン」の画面では、5秒おきだったスイムのスタートを同時スタートとして再現するこができるだけでなく、バイクからスタートした場合のレースや、ランからスタートした場合のレースを再現するなど、競技ごとにバーチャルレースを視聴することも可能となります。これにより選手は、自分が得意な競技や苦手な競技をより正確に把握することができ、観戦者にも新たな観戦体験を提供することができます。
このバーチャルレースは、同じコースであれば時間を問わず作成できるため、過去のコースレコードの選手とあたかも同時に競うことも可能になり、スポーツの新しい楽しみを創出できます。

バーチャルレース画面

バイク(左)とラン(右)のバーチャルレース

関係者の期待を集め、大会運営に十分な貢献

栢木・野洲市長

栢木・野洲市長

観覧した野洲市長の栢木進氏はトラッキングシステムへの期待を語りました。
「特にトラッキング・表示システムに興味を持ちました。市内では過去に徘徊高齢者の事故も起きており、少しでも早く見つけてあげたいという思いもあります。監視の道具と嫌がる人もいますが、こうしたスポーツ大会などで浸透すれば、受け入れられやすくなるのではないかと期待しています」

宮本・守山市長

宮本・守山市長

また、守山市長の宮本和宏氏もこうコメントしています。
「個人的にも自転車が趣味で、瀬戸内しまなみ海道のサイクリング大会に参加したこともあります。写真や動画と同様にGPSのトラッキングデータも景観や空気感を思い出す“よすが”になることを知っています。今回参加した皆さんも、ぜひ琵琶湖でのレースを思い出して、また訪問していただきたいと思います」

システム開発を担当したN-Sports Tracking Labの横井氏は、今回の実証実験を次のように振り返ります。
「レースに加えて、猛暑の中での準備作業にも測位システムを活用していただき、こうした大会運営に貢献できるという手応えを強く感じました。レース当日はデータ欠測が出た端末もあり、原因が端末不具合か、携帯ネットワーク障害の影響なのかを今後検証します。計時性能に関しても、RFIDによるシステムと比較検証して、さらに信頼性や使い勝手を高めていきます」

また、実証実験のとりまとめを行ったネオシステムの清本直氏も、次のように話しています。
「今回の実験で、3種の異なる競技の集合であるトライスロンに、SLASデバイスを利用することで競技運営が大幅に効率化すると同時に新たな競技の楽しみ方が提供できることが確認できました。早期に実際のサービスとして提供できるように準備を進めていきたいと思っています」

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

参照サイト

※リアルタイムビューア及びバーチャルトライアスロン画像提供:N-Sports Tracking Lab

関連記事