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農業食料工学会が農機の高精度測位でセミナー開催 [前編]

2017年01月06日
ハチ公と上野英三郎博士の銅像

東京・文京区にある東京大学農学部(弥生キャンパス)には、ハチ公と飼い主の上野英三郎博士の銅像が建っています。ハチ公は渋谷駅で飼い主を待ち続けた忠犬として知られており、この銅像はその没後80年に当たる2015年3月に建立されました。一方、飼い主の上野博士は日本における農業工学の創始者の一人であり、圃場(ほじょう)区画を直線・直角に整備することで農業生産性を向上させる考え方を日本に広めた人物です。
2016年12月20日に東京大学農学部の弥生講堂で、農業食料工学会が「超低コスト高精度RTK-GNSS測位技術の動向」と題したセミナーを開催しました。このセミナーの模様を前・後編の2回に分けてお伝えします。

1周波RTK方式の情報交換が目的

農業食料工学会は、今から80年前の1937年に農業機械、農業施設及び農業機械化に関する学術進歩を図る目的で設立されました。当初は農業機械学会でしたが、4年前に現在の名称に改められ、農業機械、食料・食品工学、IT・メカトロニクスの3つの部会が立ち上げられました。今回のセミナーは、このうちIT・メカトロニクス部会が主催しました。

会場風景

農作業車両の自動走行や作業支援には衛星測位が必須となりますが、このセミナーでは、従来の2周波RTK方式(RTKはリアルタイムキネマティックの略。基地局の補正データを移動局に送信してリアルタイムで高精度に位置を測定する方法)に比べて圧倒的に安価なモジュールで実現可能となった「1周波RTK方式」について、技術的な背景や実証事例などを紹介しながら、情報交換や参加者間の交流を行いました。
セミナーを主催した東京大学大学院 農学生命科学研究科の海津裕准教授は、前述の上野博士を「われわれ農業工学研究者の直系の先輩」であると評します。その業績があるからこそ、GNSSを利用して農機をまっすぐに走らせる技術やシステムが現代に意味をもつと言えるのでしょう。

2周波RTKと1周波RTKでは精度に差はない

── 東京海洋大学 高須知二氏

高須氏

IT・メカトロニクス部会の部会長を務める京都大学農学研究科の飯田訓久教授による挨拶に続き、東京海洋大学 客員研究員の高須知二氏が「オープンソースRTKソフトウェアRTKLIBの開発と応用」のテーマで講演しました。PC上で動作する測位演算ソフトウェア“RTKLIB”の作者である高須氏は、RTK法の原理や背景をGPS/GNSSの信号構造から説き起こし、ソフトウェアの来歴について紹介しました。
“RTKLIB”は、もともと高須氏が東京海洋大学での講義のため自作したソフトウェアです。2006年4月に最初のバージョンが作られ、2009年1月にオープンソース化(改変可能な形での公開)し、マルチGNSS対応や各社の受信機への対応、多様なデータフォーマットへの対応を行うなど、機能追加とバージョンアップを重ねてきました。
低価格の測位モジュールが登場したこともあって、高須氏は「測量用に使われてきた100万円超の2周波RTKの受信システムと、1万円前後で実現する1周波RTKのシステムで、精度に差はない。TTFF(=Time To First Fix、初期位置取得時間)こそ高価な2周波受信機にかなわないものの、10年前の2周波RTKと現在のマルチGNSS環境下の1周波RTKでは、私の実感として変わらないパフォーマンスが得られている」と、この分野で起きている“価格破壊”の現状を自身による実測データと共に紹介しました。
さらに「システムのパフォーマンスはアンテナ性能に大きく左右されるので、この部分にはコストをかけるべき」など実践的な注意点なども示しました。

マルチパスを軽減する実験結果を報告

── ユーブロックスジャパン 奥田信一氏

奥田氏

ユーブロックスジャパン株式会社シニアフィールドアプリケーションエンジニアの奥田信一氏は「高精度RTK測位モジュールNEO-M8P」とのテーマで、最新の測位モジュールの概要や性能を解説しました。
特に参加者の興味を集めたのが、マルチパスを軽減するためアンテナ下部に取り付ける直径10cmほどの金属板「グランドプレーン」の実験結果でした。低価格のパッチアンテナを使い、グランドプレーンがある場合とない場合、自動車のルーフなどで代用した場合などで比較するとTTFFに顕著な差が生じていました。またRTKの基準局(固定局)の設置条件がシステム性能を大きく左右するとの報告もなされました。

次回の後編では、セミナーの後半に行われた具体的な事例紹介の部分を紹介します。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

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