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「自動運転と衛星測位」を金沢大・菅沼准教授に聞く

2017年04月12日

2015年2月、能登半島の先端に位置する石川県珠洲(すず)市で、自動運転車による実証実験がスタートしました。普通車タイプの自律型自動運転車を用いた、大学による市街地実験としては日本で初めての試みです。地元自治体との緊密な連携のもと実験を進めたのは、国立大学法人金沢大学。今回は、同大学の角間キャンパスを訪ね、実験の中核を担った同大学新学術創成研究機構自動運転ユニットリーダーの菅沼直樹准教授(計測制御研究室)に、プロジェクトを通して得られた知見や衛星測位技術への期待などを伺いました。

金沢大学の角間キャンパス

きっかけは米国での自動運転コンテスト

菅沼氏は、金沢大学工学部を経て、大学院時代から車載カメラの画像処理を手始めに自動運転の研究に関わり始めました。今日のように自動運転が脚光を浴びる以前の「宣伝しても宣伝しても無視され続けてきた」時代を知る菅沼氏にとって、昨今の自動運転への注目は手のひら返しのような不思議な感覚だと言います。

金沢大学の菅沼准教授

金沢大学の菅沼准教授

「大きな節目はDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency、米国防総省高等研究計画局)のアーバンチャレンジという自動運転車のコンテストでした。スタンフォード大やカーネギーメロン大などの有名研究室の参加で、市街地を自動運転車が走れるようになった。それまでの技術のとのいちばんの違いは“高精度地図”を多用することでした。地図といっても単なる地物の形状だけではなく、それが交差点内であるとか、この白線は停止線であるといった“アノテーション(annotation、意味)付き”の地図です」(菅沼氏)

人間も初めての場所での運転には戸惑いますが、一度でも走ったことのある場所ならば不安は軽減します。自動運転車をその場所に“慣れさせる”ため、アノテーションが付加された高精度地図が積極的に使われるようになったわけです。
菅沼氏は自ら手を動かして自動車を改造し、1998年ごろから大学の構内で、そして地元の自動車学校の教習コースを借りて、周囲の状況を把握しながら自律的に走行ルートを決めるソフトウェア「パス・プランナー」(軌道生成)の設計と改良を重ねました。

過疎と高齢化が自動運転車へのニーズに

日本では2013年秋にCEATEC JAPAN、東京モーターショー、ITS(Intelligent Transport Systems、高度道路交通システム)世界会議と大きな展示会が相次ぎ、自動運転車のデモンストレーションが多くの人の耳目に触れたことで、一気に自動運転に注目が集まるようになりました。そうした追い風も受けながら2015年にスタートした一般道での実証実験で、フィールドとなった石川県珠洲市には、自動運転車への切実なニーズがありました。

珠洲市ウェブサイト

「公共交通機関に頼れない地域が日本にはたくさんあります。珠洲市でも軽トラックで20~30km運転して病院通いをするお年寄りがたくさんいる。そういう場所での交通手段の確保は切実な問題ですし、逆にそこを通してでないと自動運転車の導入シナリオが描けないだろうとも思っていました。地元珠洲市の泉谷満寿裕市長も、過疎と高齢化をむしろ強みとし、同じ問題に直面する他の地域のモデルになろうという強い意欲をお持ちでした」(菅沼氏)

公道走行試験車両の概要

公道走行試験車両の概要(菅沼氏の講演資料より)

実験当初は市街地と病院を結ぶ約6.6kmのルートを設定して実験が進められました(後に全行程60kmのエリアに拡大)。衛星測位の道具建てとしては、RTK法(Realtime Kinematic、固定点の補正データを移動局に送信してリアルタイムで高精度に位置を測定する方法)の基準局を市役所内に設置し、携帯電話のネットワークで自動運転車と結び、高精度に位置を取得する仕組みが整えられました。

公道走行開始直後の走行状況

公道走行開始直後の走行状況(菅沼氏の講演資料より)

初期位置はGPSでないと分からない

「実験から2カ月後の(2015年)4月中旬には完全自動での往復走破を達成しましたが、ここでは実はGPSは使っていないんです。やはりきちんと衛星の信号を受信できないと精度が出ないので、山間地は厳しい。過疎地だと携帯電話ネットワークが安定せず、基地局と情報のやりとりができない。最初はRTKに頼っていたのですが上手くいかず、いっそGPSを止めてみたところ、往復13kmの自動走行が上手くいったんです」(菅沼氏)

菅沼氏は、この辺りの事情について専門学会誌「自動車技術」に、(オルソ画像と呼ばれる、航空写真のように上空から道路を撮影したような画像を活用して自己位置推定およびデジタル地図入力を事前に行った上で)「自動運転時はリアルタイムにLIDAR(*)から得られるオルソ画像と、過去に作成したこのオルソ画像を時系列的に照合することで、GNSS衛星測位情報にほぼ頼ることなく自己位置を推定することが可能となる」と記しています(**)。

* 全方位レーザにより障害物検知と自己位置推定を行う、全周レーザー距離計測器
** 「自動車技術」Vol.71・No.1/2017年1月号(公益社団法人自動車技術会)所収「自動運転自動車の高齢過疎地域への社会導入に対する期待と課題」(菅沼直樹・米陀佳祐)

金沢大学の菅沼准教授

衛星測位を自動運転に適用する際の問題点が浮き彫りになった格好ですが、一方で「自動運転には衛星測位は不要」とするのは早計すぎるといいます。
「走行中はGPSに頼らなかったとしても、走行開始の初期位置はGPSでないと分からない。また短期的な位置情報では精度が出なくとも、長期的に見たらすごくきれいに位置が分かるシステムです。INS(Inertial Navigation System、慣性航法装置)の情報や高精度地図と照らし合わせながら使えば、すごく精度の良い情報が得られることが分かりました。また位置を参照するための高精度地図の製作時には衛星測位に大きく頼ることになります。後処理で、より精度を高めることができるわけですから」(菅沼氏)

難題に直面しつつ知見とノウハウを蓄積

実証実験では、こうしたGNSS活用に関する知見のほか、「とまれ・この先17m」といった難解な予告標識や、逆光で見えないLED信号機、自動運転車がめずらしくて足が止まってしまった横断歩行者、といった難題に直面しながら、貴重な知見とノウハウを蓄積しつつあります。

現在の公道走行状況

現在の公道走行状況(菅沼氏の講演資料より)

それらを背景に菅沼氏は、前出論文のまとめで、「技術、法律、社会受容性の三位一体の検討に加え、自動運転システムの社会導入に適切な保険システムの整備を行い、これらをパッケージとして社会導入を測っていくことが重要」であり、「将来の日本の地方社会が抱えるモビリティに関する諸問題を、自動運転自動車という新しいのりものを通して解決することができればと考えている」と述べています。

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

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