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みちびきを活用した「はやぶさ2」帰還カプセル回収の詳細を聞く

2021年02月01日
カプセル回収作業の様子

昨年12月6日未明、オーストラリアのウーメラ砂漠に着地した探査機「はやぶさ2」の帰還カプセルは、速やかにその位置が特定されました。JAXA(宇宙航空研究開発機構)に持ち帰ってカプセルを開封したところ、カプセル内には大量の小惑星試料が確認され、現在は詳細な科学分析に向けた準備作業が進められています。昨年暮れに掲載した、回収ミッションにおける「みちびき」の貢献を紹介する記事に続き、今回はカプセル着地位置の特定に大きな役割を果たした「DFS(Direction finding system =電波によるカプセル方向探査システム)」の計画立案を中心的に進めたJAXAの伊藤大智氏(2020年3月より内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室に出向中)に話を聞きました。

写真最前列中央が伊藤氏(後述のDFS総合機能確認試験完了後に撮影した試験メンバーでの集合写真。2020年2月にJAXA内之浦宇宙空間観測所内で撮影、提供:JAXA)

▽カプセルが帰還した瞬間、どんな気持ちだった?

カプセルの帰還に合わせて、JAXAはYouTubeのイベントライブ配信専用チャンネルでその様子を実況中継しました。その内容を参考に、まずは帰還の模様を伺いました。

「はやぶさ2」地球帰還 実況ライブ

── カプセル帰還の瞬間、伊藤さんはどこにいましたか?

(伊藤)たくさんのスタッフが集まっていた管制室の、その隣にある運用室にいました。ウーメラ砂漠に展開するDFS 5局のアンテナ方位角(azimuth、アジマス)等をネットワークで収集し、リアルタイムで見える仕組みを作っていたので、その画面を注視していました。

── Web中継の映像をプレイバックしてみると、帰還カプセルの火球が見えた瞬間に「おおーっ!」と歓声が漏れていました。でもDFSの仕事は始まるのは、尾を曳く火球が消え、カプセルのパラシュートが開き、送信機の電源が入り、ビーコン信号が出てからですよね。

(伊藤)その電波をキャッチできるかが、回収がスムーズに進むかどうかの分かれ目なんです。

── 映像ではそれを知らせる「入感!」の声で、火球確認時よりさらに大きな歓声と拍手が沸き起こっていました。

(伊藤)私が見ていた画面では、各アンテナの受信レベルが分かります。ビーコン信号送信開始とともに各局の受信レベルの数値が一斉に立ち上がったため、運用室にいた同僚に伝わるよう「入感!」と発声しました。

── Web中継に小さく入っていた声は伊藤さんだった?

(伊藤)管制室のカプセル担当と、現地本部、運用室の3拠点をWEB会議でつなげていたため、管制室に私の声が入ってしまいました。音声伝達よりネットワークのほうが速いため、現地より先になってしまいました。

── はやぶさ初号機から、進化した部分の一つですね。

(伊藤)DFS各局が衛星電話を使い、毎分00秒のカプセル方位角(*1)をウーメラの現地本部に口頭で伝える手法が正規手段で、ここは初号機から変わっていないです。ネットワーク経由でのデータ伝送は今後に向けた改善活動の一つで、今回はバックアッププランの位置づけでした。一方で、音声でのやりとりは作業管制にも大きく役立ったため、その重要さを再認識したところです。

(*1)カプセル方位角:DFSアンテナの2つの八木アンテナで受けた電波の受信レベル差から、アンテナ方位角を補正したもの

── 後の評価では、DFSによる推定位置の誤差は約200m程度だったそうですね。

(伊藤)誤差200m台はDFSの性能から考えるとちょっと出来過ぎだったかもしれませんが、現地の担当者はみな「本番は訓練通りだった」と語っています。準備の賜物だと思っています。

── では続いて、その準備の中身と、みちびきの貢献を伺っていきます。

▽どうやってカプセルの位置を探すの?

JAXAはオーストラリアの広大な着地予想エリアを取り囲む形で5つの方向探索局(DFS)を設置。帰還カプセルが発するビーコン信号を受信し、その方角を本部に報告しました。

着陸想定エリアの地図

約100×230kmの楕円状に着陸想定エリア(青線)が設定され、その中にDFSが5局(▲印)配置された。他にもマリンレーダーによる方向探索(4局)、光学観測(地上・航空機)、ドローン(固定翼無人機)が同エリア及びその周辺に展開された(JAXA記者説明会資料より)

パラシュート展開後の追跡システム(図版)

パラシュート展開後の追跡システム。フィールドの5つのDFSがカプセルのビーコンをアンテナで追尾し、その方位角を本部で集約してカプセルの座標を特定した(提供:JAXA)

── DFSによる位置推定の仕組みは、1)各局で計測したビーコン信号の方位角を本部に集約、2)各局を起点として方位角に合わせた直線を地図上に引き、3)直線の交点をカプセル推定位置とする、というものですね。

(伊藤)はい、やっているのは三角測量そのものです。上空からヘリで探すことを考慮すれば、カプセル推定位置の誤差は1km以内に抑え込みたい。そこで重要なのが各局の絶対方位角(真北を0度としたときの方位角)を正確に把握することでした。

── 数十km先のビーコン信号を捉える訳ですから、わずかな角度の違いが大きな差を生んでしまいます。

(伊藤)頼りにしたのが、みちびきの補強信号を使って得られた正確な座標情報でした。DFSアンテナの座標と、校正用の電波を出すコリメーションアンテナの座標を正確に求められれば、これら2点を結ぶ直線の絶対方位角が信頼できるものになります。それを拠りどころに、システムが固有に持つ誤差要因を潰していく校正作業(*2)をしっかり行うことで、得られる値が信頼できるものになっていきます。

(*2)校正作業の1つに、アンテナのローテータ角と絶対方位角を合わせこむ作業がある。コリメーションアンテナから電波を出し、それをDFSアンテナの2本の八木アンテナで受信するのだが、2つの信号の差が0となり、かつその中で和が最大となるローテータ角を絶対方位角となるよう補正する。この補正後のローテータ角が前述のアンテナ方位角となる

測量による絶対方位角の測定(図版)

測量による絶対方位角の測定。DFSアンテナとコリメーションアンテナの座標を測量すると、測量値からDFSアンテナからのコリメーションアンテナの絶対方位角が分かる(図版:伊藤氏提供図をもとに作成)

── 1点ではなく、2点の座標を使うところがミソですね。2点あれば「分度器を当てる基準線」が設定できます。

(伊藤)実は現地ではDFSアンテナと、約200m隔てたコリメーションアンテナに加え、さらに約100m隔てた位置にチェックアンテナという設備も設け、それぞれの正確な座標を得ていました。DFS 5局・各3点の正確な座標を、みちびきの補強信号を活用して求め、念入りな準備を行えたからこそ、正確なカプセル位置推定が実現した訳です。

現地での設置状況

カプセル回収ミッションで現地に展開したDFS・N1局のコリメーションアンテナ(左)とDFSアンテナ(右)の設置状況。現地での最高気温は47℃に達し、屋外作業が制限されるケースもあった(提供:JAXA)

▽今回みちびきが活躍できたのはなぜ?

みちびき初号機が種子島から打ち上げられたのは2010年9月11日ですが、はやぶさ初号機のカプセルは同じ2010年の6月13日にすでに地球に帰還していました。

── 10年前のはやぶさ初号機の回収ミッションでは、みちびきはまだ使えませんでした。

(伊藤)かなり負担の大きい作業だったと聞いています。高価な測量用の受信機を複数台持ち込み、現地で測位衛星のデータを取得しますが、結果が得られるのは、悪路を何時間も走って宿舎に戻り、パソコンでデータ解析を行った後になります。そしてまた翌朝出発し、数時間かけて次のサイトに向かう、という繰り返しで....

── みちびきを使えば、現場で即時に正確な座標が分かる訳ですね。

(伊藤)それによって作業負担は大きく軽減し、今回は午前と午後で2局の測量を終えることができた例もあったようです。

── 長期間のミッションではすごく重要なポイントです。ところでみちびきの利用は、計画の初期から入っていたのですか?

(伊藤)私が回収ミッションに加わったのは回収班が結成された2018年度からで、JAXA新事業促進部(J-SPARC)の担当者に紹介されて存在を知り、すぐにみちびき対応の受信機を借りて、現地調査に持ち込みました。2018年12月でした。

── ウーメラで実際に試してみた訳ですね。

(伊藤)そうです。そもそも人がいない場所であり、通信手段も限られますので、測位衛星の電波だけ受信すれば測位信号も補強情報も得られるというのは、他にない強みです。現地の試験では、クルマの屋根に設置した測位アンテナを、屋根上のスタッフが巻き尺に合わせて「10cm動かします」と声をかけて動かしてみました。すると車中のモニターでもほんとに10cm動き、その正確さに驚きました。

── みちびきの2~4号機からL6信号で送られているMADOCA補強信号を使った高精度単独測位となる訳ですね。最初の測位解が得られるまでに少し時間はかかるそうですが。

(伊藤)現地でのテストも踏まえ、「受信機の電源を入れて約30分間アンテナを静置し、最後5分間の表示値を記録する」という作業手順を作りました。これを踏襲すれば、特に測量の知識も必要なく、正確な座標値が手に入ります。また、いったん値を得られれば、受信機電源ONで測位衛星の信号を受信し続けたまま移動すれば、次の地点でもすぐ値が求められます。

── カプセルの回収地がオーストラリアであることも、大きなポイントでした。

(伊藤)そうですね。探査対象である小惑星リュウグウの軌道の関係から南半球にしか地球帰還させられなかったのですが、その地球帰還地点が、みちびきのよく見えるオーストラリアだったのは、偶然とはいえ幸運でした。時差がほとんどないので準備のやりとりも助かりましたし、オーストラリア宇宙庁を始め、現地の協力体制もパワフルだったと聞いています。

── 日豪関係の強化に多少なりともみちびきが貢献している訳ですね。

(伊藤)そう思いますし、もっとできると思いますね。

オーストラリアでのリハーサル

カプセル帰還のちょうど1年前となる2019年12月、オーストラリアでのリハーサルでは、みちびきのMADOCA補強信号を用いた測量と、初号機で用いた手法である事後処理キネマティック測量の比較評価を行い、性能を確認している(提供:JAXA)

また2020年2月には、JAXA内之浦宇宙空間観測所でDFS総合機能確認試験を実施。ビーコン発信機を搭載した気球を放ち、ロケット追尾用のレーダで位置を確認しながら、内之浦と都井岬(宮崎県串間市、北東約30km)の2つのアンテナでビーコン信号を追った。レーダで求めた座標とDFSで求めた座標を比較し、DFSシステムの性能評価を実施した。試験の準備作業として、みちびき対応受信機で測量(写真上左)を行った後に、コリメーションアンテナの設置組み立てを行い(写真上右)、DFSアンテナを設置した(写真下)。都井岬のアンテナ奥で草を食むのは、現地で野生生息している御崎馬(みさきうま)(提供:JAXA)

内之浦でも同様に測量(左)の後、アンテナの設置組み立てを行った(右)

JAXA相模原キャンパスでの訓練

2020年夏にはJAXA相模原キャンパス周辺で酷暑の中、ウーメラ砂漠での作業を想定した訓練が実施された(提供:JAXA)

▽次のミッションは、いつ?

── 小惑星サンプルリターンの連続成功で、この分野は“日本のお家芸”だと言われつつあります。今後はどんな計画が動いているのでしょうか。

(伊藤)火星の衛星であるフォボス、又はダイモスからサンプルリターンを狙うMMX(Martian Moons eXploration)計画で、2024年打ち上げ、25年到達、29年帰還というスケジュールが公表されています。カプセル回収に関しても現在の手法にこだわらず、事前検証を実施しながらさらに進化させる必要があります。

MMXミッション

── 日本独自の宇宙アセットであるみちびきを活用し、“お家芸”を磨くことになると。

(伊藤)今回の回収ミッションでは、衛星単独で高精度測位ができるみちびき/MADOCAの利用が、地の利も含め非常にフィットしました。こういう事例を知ってもらい、さらに多くの人に活用してもらえればと思っています。現在、私は内閣府に出向し、みちびき初号機後継機(QZS-1R)の開発業務に関わっています。後継機を確実に軌道に載せ、より多くの人に使ってもらえればと思っています。

(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)

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※ヘッダ画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)