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大地震後のエベレスト再測量で、みちびき活用の可能性を探る

2018年12月17日

世界のどの場所でもGNSSは測量に欠かせないものとなっています。ネパール政府は、2015年の大地震で沈下した世界最高峰、エベレスト(チベット語でチョモランマ、ネパール語ではサガルマータ)の再測量を、最新のGNSS技術を用いて行おうとしています。このプロジェクトについて、ネパール出身でGNSSセキュリティーの専門家である、東京大学空間情報科学研究センター特任准教授のマナンダー・ディネス氏に話を聞きました。

東京大学のマナンダー特任准教授

東京大学のマナンダー特任准教授

8848mは、インド政府が1955年に測量した数値

世界最高峰であるエベレストの標高として一般に知られる「8848m」は、インド政府による1955年の測量で得られた数値です。以降、現在まで何度も測量が行われていますが、使われた技術の違いや継続する地殻変動(造山運動)の影響で、時期により異なる値が記録されています。直近では2005年に中国科学アカデミーが「8844.43±0.21m」という値を公表していますが、現在のエベレストの標高はそれとも異なると考えられています。

「大きな理由が、2015年4月25日11時25分(現地時間)に起きたMw(モーメント・マグニチュード)7.8のゴルカ地震です。ネパールでは9千人近い死者と2万2千人を超える負傷者が出ました。エベレストでも雪崩が起き、21名の登山者が亡くなっています。この壊滅的な地震の後に、エベレストの標高がどうなっているかは、登山関係者や科学者・研究者にとどまらず、世界中の人たちの関心事となっています」(マナンダー氏)

そこでネパール政府は2017年12月、GNSS測量に関する最新技術の動向を探るため、首都カトマンズで国際ワークショップを開催しました。同国の測量局が旗振り役となり、中国、インド、イタリア、日本、ニュージーランド、スイス、米国から専門家が参加し、GNSS技術に関する情報共有や標高測量における課題の洗い出しなどを行いました。

標高とは、ジオイド面を基準にした高さ

そもそもGNSS測量で標高を求めるには、受信データを解析して求められる数値以外に、異なる種類の「高さ(Height)」の情報が必要です。GNSS測量で求められるのは「楕円体高」と呼ばれる、地球を近似した回転楕円体を基準面とした高さです。この回転楕円体はあくまで仮想的なもので、土地の高さを示す「標高」は、ジオイド面と呼ばれる「地球重力の等ポテンシャル面」を基準とした高さです。

h:楕円体高、N:ジオイド高、H・標高(図版:ネパール政府測量局資料より)

日本国内では、全国規模の高品質な重力データを元にした、ジオイド面の高さ「ジオイド高」が高精度なモデルとして整備されています。ジオイド高も楕円体高も、いずれも回転楕円体面を基準としています。したがってある地点の「楕円体高」と「ジオイド高」の両方が求められれば、それらを引き算することで、楕円体の影響を消去したジオイド面からの高さ、すなわち「標高」を求めることができます。

h)  楕円体高=       楕円体面からの高さ
N)-ジオイド高=ジオイド面の、楕円体面からの高さ
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H)    標高=ジオイド面からの高さ

みちびきの強みを世界に示す実例となる

エベレストの標高測量でも、事情は全く同じで、エベレスト山頂の楕円体高からエベレスト直下(鉛直方向)のジオイド高を引き算することで、エベレストの標高を求めることができます。前者はGNSS解析により、後者はインド洋の海岸線から水準測量を重ねることなどで求めることができ、後者の作業は現在進行中といいます。さらに山頂が氷雪に覆われている場合は、その影響を取り除くため、地中レーダーによる精密なデータ取得も必要です。

「困難なのは、山頂に滞在できる時間が25分間程度に限られることです。山頂にはいつも強風が吹き、気温が低く、観光登山の人で混雑し、持ち運べる酸素も限られます。短時間のうちに解析に必要なデータを取得できるかは、大きなチャレンジです」(マナンダー氏)

GNSS測量に関しては、ベースキャンプに設置した基地局と、山頂の移動局で同時刻に取得したデータを、下山後に解析して正確な値を求めます。その際に重要となるのが、ベースキャンプに設置した基地局の座標を正確に求めることです。標高5~6千mに位置するベースキャンプでは、データ通信の手段が限られるため、衛星から測位信号を降らせる「みちびき」の活用が提案されました。

図版提供:グローバル測位サービス株式会社/日立造船株式会社
図版提供:グローバル測位サービス株式会社/日立造船株式会社

昨年12月の国際ワークショップでは、日立造船株式会社の柿本英司氏が、みちびきのカバーエリアと共にエベレスト山頂からみちびきがどう見えるかを示した。東の空が開けた場所なら十分な仰角が確保でき、みちびきが提供する測位信号を受信できる。無線通信手段が存在しないエリアでも高精度単独測位が可能であることを示唆するもの(地図及びスライド提供:グローバル測位サービス株式会社/日立造船株式会社)

K・ゴータム氏

今夏、東京海洋大で開催されたGNSSサマースクール2018には、ネパール政府測量局からも参加者があった。写真のK・ゴータム氏は主任測量官(Chief Survey Officer)を務めており、測量士で最初のエベレスト登頂者として、今後行われる山頂の測量でも中心的な役割を担う予定

「課題はまだたくさんありますが、このプロジェクトに興味が湧き、参加してみたいという方はぜひご連絡ください。みちびきを使っての測位実証は、GNSSについてハイレベルの専門家にとってもタフなチャレンジとなりますが、みちびきの強みを世界に示す、すぐれた実例となるでしょう」(マナンダー氏)

(取材/文:喜多充成・科学技術ライター)

※ヘッダ画像:ネパール政府測量局資料より

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